32

 冷たい眼差ししか見たことのない社長が、妙に可愛らしく見える。近寄りがたい鉄仮面がとれ、飾らない素顔に親近感を持った。


「真ちゃん。あれ?礼に見とれてんの?」


 空に突っ込まれ、俺は慌てて視線を逸らした。


「空、真面目に勉強してる?ダメだよ。西本先生を困らせたら」


「西本先生?誰が先生?真ちゃんで十分だよ。ね、真ちゃん。あたしが英語の先生してあげる。本宮先生って、言ってごらん」


 子供のくせに、完全に俺をからかってる。

 俺をバカにし、俺を怒らせる作戦だな。

 その手には乗らないよ。


「空、いい加減にしなさい。ごめんなさいね、西本さん。こんな娘ですが、空と上手くやれそう?」


『上手くやれるはずないだろう』と言いたい所だが、俺はその言葉を喉元に押し込む。


「社長、お嬢さんの学力はかなりのハイレベルですよ。心配しなくても大丈夫です」


「そうなの?一学期の成績表最悪だったのよ。勉強もしてる様子はないし。これで本当に大丈夫なの?」


 空はブスッとむくれ、ボソッと言葉を吐き捨てた。


「……してるよ」


「そうだよな。英語の発音なんて完璧ですよ。次に来る時は、もう少しハイレベルな問題集を持って来ます。ですが、お嬢さんに勉強を教える必要はないかも」


「噓、勉強が遅れてるわけじゃないのね?」


「はっきりいいます。家庭教師が必要な学力ではないと思います。ですが、このままだと高校進学の内部試験は危ういかもしれません」


 社長は俺の言葉の意図が理解できず首を捻った。


 空はルミナ聖心女学院大学附属中学校で、学力はきっとトップクラスだろう。だけど、わざと悪い成績を取るならば、高校進学の内部試験も厳しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る