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 俺はそんな空に、勉強よりも人としてもっと大切なことを教えたくなった。


 俺は立派な人間じゃない。

 一度は社会人になったくせに、リタイアして大学からやり直した。


 気がつけばもう三十歳だ。


 中途半端な人間だけど、親からも兄弟からも、そして友人や恋人の奈央からも、沢山の愛情をもらっている。


 人も羨むような豪邸に住み、何不自由ない暮らしをしている空に、親を信頼し自分をもっと大切にしろと教えてやりたかった。


 空の心の闇の深さを知らない俺は、単純にそう思った。


 部屋をノックする音がして、ゆっくりとドアが開いた。


「勉強進んでる?」


 社長が珈琲とクッキーを乗せたトレーを持ち室内に入って来た。


 さっきと同じ容姿、前髪をピンでとめたままだ。MILKYで見ていた近寄りがたい社長と、目の前にいる社長のギャップに、俺の視線は自然と社長に向く。


 社長は俺の視線に気付き、手でピンに触れた。


「あ、これ?気にしないで。前髪をこうしてとめてないと、何だか鬱陶しくて落ち着かないのよ」


 社長はクスクスと声を上げて笑った。


 社長の笑った顔を、俺は初めて見た。二年間MILKYでバイトをしたが、いつも凛としていて、人を近付けない冷たいオーラを放っていたから、社長は冷血仕事人間だと、ずっと思っていた。

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