12
俺は清水に近付き、最後の挨拶をする。
「清水さん、大変お世話になりました」
「御愁傷様。それで、明日からどうするの?大学卒業までまだ半年あるんでしょう。親に扶養してもらえる年齢じゃないし、生活できるの?」
「大丈夫、貧乏には慣れてますから。アルバイトなら、また探します。じゃあ、お先に失礼します」
社長のお嬢さんの家庭教師を引き受けたとは、清水には言えなくて、俺はそのまま店を出た。
駐輪場でバイクに跨がり、ヘルメットを被る。上着のポケットに押し込んだ茶封筒を開けてみる。いつもは銀行振込の明細書しか入ってないが、わざわざ現金で手渡ししてくれるとは、よほど生活に困っていると思われているようだ。
MILKYを解雇されたのに、家庭教師の仕事が決まっている安堵感から、焦りは感じなかった。
今夜くらい、奈央と外食して細やかな贅沢をしよう。
茶封筒を上着のポケットにねじ込み、バイクのエンジンをふかし、アパートに向けて走らせた。
朝、スピード違反の切符を切られたばかり。
制限速度を忠実に守り安全運転だ。
帰宅すると、奈央が狭いキッチンで夕食の準備をしていた。
正直、奈央の手料理はあまり上手くない。インスタント食品やレトルト食品、冷凍食品がテーブルに並ぶのは日常茶飯事。
まだ学生だから仕方がないけれど、たまに料理をすれば塩や砂糖を間違えてしまったり、激辛や激甘はしょっちゅうだ。
俺はそれを口に押し込みお茶で流し込むわけだけど、正直かなりキツい時もある。でも、一生懸命作ってくれているから文句も言えず、『美味いよ』と気を使って噓をつく。
女性に対して、それが正解なのか、不正解なのか、三十歳になっても今だにわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます