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 俺は清水に近付き、最後の挨拶をする。


「清水さん、大変お世話になりました」


「御愁傷様。それで、明日からどうするの?大学卒業までまだ半年あるんでしょう。親に扶養してもらえる年齢じゃないし、生活できるの?」


「大丈夫、貧乏には慣れてますから。アルバイトなら、また探します。じゃあ、お先に失礼します」


 社長のお嬢さんの家庭教師を引き受けたとは、清水には言えなくて、俺はそのまま店を出た。


 駐輪場でバイクに跨がり、ヘルメットを被る。上着のポケットに押し込んだ茶封筒を開けてみる。いつもは銀行振込の明細書しか入ってないが、わざわざ現金で手渡ししてくれるとは、よほど生活に困っていると思われているようだ。


 MILKYを解雇されたのに、家庭教師の仕事が決まっている安堵感から、焦りは感じなかった。


 今夜くらい、奈央と外食して細やかな贅沢をしよう。


 茶封筒を上着のポケットにねじ込み、バイクのエンジンをふかし、アパートに向けて走らせた。


 朝、スピード違反の切符を切られたばかり。

 制限速度を忠実に守り安全運転だ。


 帰宅すると、奈央が狭いキッチンで夕食の準備をしていた。


 正直、奈央の手料理はあまり上手くない。インスタント食品やレトルト食品、冷凍食品がテーブルに並ぶのは日常茶飯事。


 まだ学生だから仕方がないけれど、たまに料理をすれば塩や砂糖を間違えてしまったり、激辛や激甘はしょっちゅうだ。


 俺はそれを口に押し込みお茶で流し込むわけだけど、正直かなりキツい時もある。でも、一生懸命作ってくれているから文句も言えず、『美味いよ』と気を使って噓をつく。


 女性に対して、それが正解なのか、不正解なのか、三十歳になっても今だにわからない。

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