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「ところで、自業自得とはいえ急に解雇されたら西本さんも困るわよね。確か、就職の内定も決まったとか。大学卒業後は有名進学塾の講師になるんでしょう」
俺の内定先までよく知ってるな。
さては、情報源は清水だな。
「はい、進学塾の講師ですが」
「教育学部卒業後、学校の教師にはならず有名進学塾の講師、年収は進学塾の講師の方が少ないと思うけど、どうして進学塾を選んだのかしら。まあ、そんなことはどうでもいいわ。西本さんの住所は確か……」
どうでもいいのかよ。
確かに一時期は学校の教師を目指していたが、伯父の進学塾を継ぐと決めたからだ。
奈央とのこともいつまでも同棲ってわけにはいかないし、将来結婚も考えている。
「アパートは三田駅の近くです」
「三田駅ね。私の自宅と近いのね。私の自宅は品川なのよ」
「そう……ですか」
俺には社長が何を意図しているのかわからない。一歩後退りした足を元に戻すことも、退室することもできず中途半端な姿勢で雑談に応じる。
「収入が途絶えると西本さんも困るでしょう。解雇する代わりに、暫く娘の家庭教師をしてくれない?」
「え?社長のお嬢さんの家庭教師ですか?」
「最近、全く勉強しないのよ。私立中学校の三年で附属高校はあるけど、成績がガタ落ちで、家庭教師を雇っても長続きしないのよね。なかなか手強い娘でね。ほとほと手を焼いてるのよ。西本さんみたいに何事にも動じないおっとりしたタイプが、案外調度いいのかもね」
「おっとり……ですか?」
「そうね。良い言い方をすればだけど。今までは厳しいタイプの先生ばかりだったから衝突ばかりして。あの子には意外と西本さんみたいなタイプの方が向いてるのかもしれないわ。この際、溺れる者は藁をも掴むよ」
何だ、俺は藁か。
この際、何の頼りにもならないものでも頼るわけだ。
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