朝起きたら真っ先にすることは、ぬるめのシャワーで汗を流し脳を叩き起こすこと。浴室でシャワーを浴びている俺の横で、奈央が白いタオルを差し出す。


 寝過ごしたことを奈央のせいにして、一人でカリカリしていたのに、八歳年下の奈央の優しさに自分の器の小ささを猛省する。


 どちらが大人かわからないよ。


「……ありがとう。さっきはごめんな」


「いいよ。いつもの事だからね。真、珈琲飲むでしょう」


 奈央は笑いながらキッチンに戻った。俺の性格を知り尽くした奈央は、どうすれば俺が機嫌を直すのかわかっているようだ。


 部屋に戻った俺は、携帯電話を掴みバイト先に連絡をする。バイト先の社長は、アパレル業界では『美人社長』で有名だが、仕事には厳しく誰よりも恐い存在だ。


 俺と年齢は一歳しか変わらないのに、彼女は敏腕社長で俺は学生アルバイト。自分が選択した人生とはいえ、経歴の差は歴然。明らかに勝ち組と負け組だが、いつか敗者復活を果たす。


『はい、MILKY《ミルキー》です』


 やばい。この声は社長だ。

 よりによって社長が電話に出るなんて、何でだよ。今日の運勢は最悪に違いない。


「……社長、おはようございます。アルバイトの西本ですが、すみません道路が渋滞していて、三十分遅刻します」


 俺は社長に見え透いた嘘をつく、俺の隣で珈琲を入れながら奈央が含み笑いをしている。


『渋滞?またなの?まあいいわ。三十分遅刻ね。わかりました』


「すみません。失礼します」


 俺は電話を切ると、「ふぅーっ」と大きく息を吐いた。奈央が洋間の小さなガラステーブルに珈琲カップを置き、声を出してクスクスと笑い転げた。箸が転げても可笑しい年頃、この危機的状況に笑えるなんて、若いって羨ましい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る