第21話 愛花とカレー祭り

 テーブルは、愛花さんラブリーカレーライスの他に、ワイングラスの牛乳、曲線美自慢のカトラリーと先程のランチョンマットにお手拭きで彩られていた。


「召し上がれ。ハートがもりもりだよ」


 胸の前でハートを作る。おーい。安売りするなよ。誰がって、俺が許さないんだからな。以上心の声、コンマ2秒。


「愛花さんと拙い補佐役の俺で拵えました。冷めない内に召し上がってください」


 頭を下げた。そして、愛花さんの隣で、雪の前につくと、和んだところで、切り出した。


「――雪よ。お前次第なんだ」


 俺の質問に、雪は俯くばかり。カレーライスを目で殺してしまいそうだ。


「何度でも言おう、雪次第だと」


 愛花さんが、とうとう、リュックのタネを明かそうとしたので、とめた。俺が伝えることに意味があるんだ。


「草間東雲教授の娘ではないのは分かったな。雪」


 冷めていくカレーライスの前で、四人は静まり返った。


「手紙、ありがとう……。誰かが書いてくれたんだね」


「母さんからの贈り物は、まだ、あるんだ。母が持っていた雪のへその緒と連れ去られるまでの母子手帳。BCGや天然痘を受けた気配がある」

「今、天然痘、打つんだ? もう終わったのにね」


 おすまし雪が、さらりと答える。


「テロリスト対策ですよ」

「雪さん……。どこでお育ちになったの? 草間教授。教えてください」

「まあ、危険な土地にも暮らしたな」


「そんな、危険な日々を過ごしていた雪に、このハート柄のノートの話で和んでもらいたい」


 カレーがつかないように、雪の隣へ座った。


「ハート柄のノートは、お前の遺影もおけない母の癒しだな」


 中を見るかと訊くと、首がもげそうな程、縦に振った。


「セピア色のスナップ――想い出だよ」

「私の写真……」


 雪は、手を震わせながら、産科を退院する母、自宅での初めての一枚、祖父母らともショットを。

 何かあるのが分かるのか、俯いて、涙だけで、独りごちを始めた。


「――ママ」


 ん? 聞き間違いか?


「ママ、ママ……! ママが私を抱っこしている。ママがミルクを飲ませてくれているよ」


 当たり前に、おむつもかえますよ。


「ママ、ママ。ねえ、ママは、どこで暮らしているの? 弘前とか?」

「いるのは、宇都宮だ」


 想像以上に動揺しているな。草間教授は、やはり金の人なのか?


「ああ……。会いたいよ。ママに、会いたい――!」


「初めて、お月さまがきたとき、一人で処理をして、寂しかった。教授に話しても、お赤飯とか炊いてくれなかった」


 そして、続けた。


「私、結婚相手は、日頃から見合いは嫌だと断っているのに、押し付けられるのに困ってる。だから、雅也みたいなお金があるからいいだろう星人をつかまえたんだ」

「そうか……。雅也を恨んでやっても一向にかまわないよ」


 俺が恥ずかしいけれども、兄弟だからいいかと、頭を撫でてみた。


「ふみゅ」


 愛花さんが、優しく背中をさする。


「そんなことがあったのね……。分かったわ、、分かったからね――」

「カレーライスだ! 食べるぞ」


 俺の一声で食べ始めてくれないかな。


「カレーライスなんか、手抜きだと思っていたが、お腹が鳴るまで待たなければならないとはな」

「東雲教授! そうですよ」


 ミニお玉、エール! フリフリダンスッスよ!

 と、その後に真顔になると、こうだ。


「召し上がってください。私達、二人での初めての共同作業だよ」

「愛花さん! お、俺達は、まだ交際もしていないじゃないですか?」


「いったじゃない」

「南のデパートまででしょう?」


 鉄板だ。鉄板ギャグすぎか。


「む! これは?」

「草間教授? いかがですか?」


 雪は、熱いらしく、冷ましてばかりだ。


「違うんだよ。雪」


 教授が旨そうに二口目をほおばる。


「違う! 今までこの家で食べてきたカレーライスのどれでもない。名店の味でもない……。なんだこれは?」


 三口目で何かに気が付いた。


「隠し味もビターチョコレート他、色々入れてあるのですよ、教授に雪さん」


 愛花さんは、さいっこうの女神スマイルで、東雲教授をお玉でゆるーく突っついている、

 東雲教授が、ニワトリか鳩みたいに、首をカクカクと捻っている。


 教授は、カレースプーンをカチャリとお皿に落としてしまった。隣の雪が覗き込む。


「あ、あやあやあや、綾乃のカレーライスだ……! 以前、銀座の店にあったカレーをライスにしたら旨いんじゃないかと言ったら、直ぐに工夫して拵えてくれた。……あの味だね」

「……そうですね。俺達、レシピ通りに拵えました。綾乃母さんのです。雪の母親の」


 年甲斐もなく身を震わせる。


「ふおおお! 体に電気が走るぞい」

「草間教授、ママに会いたい。ママの味を知りたい」


 男泣きと赤ちゃん泣きが、交互に押し寄せてくる。


「何だ。この仕掛けたような罠は? 俺は蛾なのか? お前らは蜘蛛か?」


 ラブリーカレーに八つ当たりを込めているのだろうか。らぶりいな、愛花さんが可哀想だな。


「蜘蛛ではありませんよ。いうなれば、リリーズナイトかな?」

「ばっかもん! からかうな。百合というのも分からん」


 愛花さんが、一番に食べ終わった。


「今年亡くなった私の母の名は、百合子。だからよ」

「雪もママに会いたかった……。ママのお名前は、皆月綾乃という方なのね。生きていたら、生きていたら、一目だけでもお会いしたい」


 さめざめと泣く雪を俺は初めてみた。


 外は雨。二人ともきっと辛いはず。


「草間教授、暫く雪さんをお借りしてよろしいですか?」

「……仕方があるまい」


「ゼミも欠席いたします」

「今始まったことではないな」


 しわぶき一つで嫌な予感の返事をいただいたよ。


 そして、驚きの言葉を皆が耳にした。


「この綾乃に宛てた手紙の主は、自分の内縁の妻であってな。働き口として置いてあったが、子ができぬので、なかなか結婚できなかったんだよ」


「なんだって?」

「なんですって!」

「ええ」


 驚かない者などいなかった。


「ということは、私は、二人の母に愛されていたの?」

「そうなるな。雪よ」

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