第20話 愛花と下着エプロン

 キッチンでは、愛花さんがハッピーエプロンを身につけていた。大丈夫だ。ベージュのワンピースの上だから、裸エプロンじゃない。


「愛花さん、何か手伝うことある?」

「うん! 沢山、沢山あるよ」


 えー。俺でも何かの役に立ちますね。


「これ、ピーラーを使ったりして、皮をむいてくれると助かるな」

「OK、OK。これなら俺でもできる。任せてくれよ」


 結構、大変だけれども、ここから先は、愛花さんがメインなんだ。下処理はがんばらないと。


「はい。その間、私は比内地鶏に取り掛かります」

「買い物していたとき、吟味していたね」


 ――杖が三つ四つ聞こえる。咳払いをして、東雲教授がキッチンのテーブルについた。こちらへ目を凝らしている。


「草間先生、雪をおいていかないで」

「おお、雪。隣へお座り」


 雪が、ぺたんこと背もたれの高い椅子に腰掛ける。元々モデルみたいだから、よく似合うな。

 それより、雪って、草間先生とか呼んじゃうんだ。大体、不仲だったのは、どうしたの。

 気が散るが、今は、このキッチンで、二人の幸せについて考えてもらわないと。


 俺の並べたランチョンマットには、小さくうさぎとどんぐりが刺繍してある。


「ランチョンマット、見たことがあるな。こんなもの似ているから、気のせいだろう」

「そうでしょうか。これは、綾乃母さんが独身の頃作ったと聞いています」


 不愉快そうな教授を遮って雪の発言だ。珍しいな。


「ねえ、綾乃お母さんって、私のママなの? 本当のママなの? 今まで知らなかったんだけど、さ」


「ああ、俺は料理をしているけれども、続きを聞かせてくれますか?」

「皆月家の両親が私の生みの親なの?」


「勿論、俺はそう信じているし、母さんは、雪の歌を俺の子守に自然と作ってしまったくらいだよ」


 フライパンの準備をしましたよ。


「あめ色玉ねぎに、俺もチャレンジだ!」


 俺は、焦がさない練習を佐原荘でしてきた。今日はお披露目だ。


「私の駿くんならできる筈だよ」


 愛花さんは、エールの準備らしい。ぽろっと胸元から取り出す。


「はーい。ミニお玉フリフリ、くーるくる。美味しく、美味しく、美味しくなあれ!」


 小声だとはいえ、ここで、魔法少女になったらダメじゃないか。おや? 一回脱ぐのか? 眼福とか思わないよ。俺、ストイックだから。


「はあ?」

「ええ?」


 ほら、東雲教授と雪が目を丸くしているよ。


「駿くん。ちょっと、この普通のピンクのお玉で、なべ底から混ぜていてくださいね」


 本気だったー!


「ハッピーエプロンはどうするの? ビビッドピンクなのも似合っていたよ」

「てへ。それは、ここまでのご活躍でコリアンダー!」


 せっせと着替えて、白いフリルのエプロンになった。

 ちなみに、下着の上からだが……。下着エプロン? 新しいなあ。あ、まさかこれは! そんな下着は、ベランダに干していないでしょう? どんな勝負だよ。俺、自信ないよ。男として。


 後ろを見ると、テーブルに東雲教授が構えている。雪はいいとしてもだよ。教授はもういい年だし、がっついたりしないと思うけれどもさ。


「愛花さん。まーって。待って。東雲教授は、男だよ?」

「ワンピースにこの身を縛れと?」


 大きくはち切れんばかりの前ボタンを外す。トップバストが合わないようだ。ふはーっと吐息をもらす。

 話が、ちょっと違うぞ。


「佐原愛花さんと仰る方、私より、バストがあるのね……」

「見るなー。雪。自分のは、程々なんだよ?」


 まだ、あられもない姿でいるなんて。


「色目で見られても知らないからな」


 照れまくりだよ、俺はな。何気なく、東雲教授から見えないように、俺が割り込んだ。


「駿くんが心配してくれるのか、確かめたかっただけだったりして。うふう」


 ぶっ。可愛いじゃないか。駿くん、心配しまくりです。


「鍋は、十分によく火が通ったな。味つけは、愛花さんの出番だね」

「お任せくださいターメリック!」


 Fカップをよく揺らしているが、ブラジャーが合わないのかな? そんなこと質問したら、ショパン作、別れの曲となりそうだ。


「おい、何だ、この娘は。クミン?」

「東雲教授、彼女は、ちょっと、Fカップお玉フリフリ変わり者なのです。しかし、俺にとっては、かけがえのない方なのですよ」


 教授は、しゅっと髭を弄った後、胸を一つ張る。


「雪もかけがえのない娘だが?」

「じゃあ、雪さんに訊いてみようのコーナー! ミニお玉がマイクで参ります!」


 愛花さんが味付けた鍋に、俺は汗という塩分を加える。


「雪さんは、お父さんをどう思いますか?」

「お金をくれる人だよ」


 金……。初めての雪の本音に痛い響きがあった。


「ああ、でもさ。お玉でインタビューする愛花さんに病みつきだよ、俺。だから乗り越えられる」

「変態じゃないから、大丈夫レッドペッパー!」


 くるくるミニお玉と共に、調子がいい愛花さんをひたすらに俺の心に刻んでいる。


「か、可愛いなあ。いつからだろう。愛花さんにこんな気持ちを抱いたのは」

「らんららーん。私は、お隣にきてから特にだよ」


 スチャスチャ。くるくる。


「というと、隣室が空いて以来ってこと?」

「うん、そう」


 くるりん。


「ああ、もうダメだ……!」


 俺は、白いフリルのエプロン姿を抱きしめた。俺は、女性の経験がない。だからかな? こうして、愛花さんの花の香りを胸一杯に占めるだけで、どこかにいきそうだ。


「駿くん! この魔法のパウダーで、シメよ」


 く、くるぞ! あ、い、か、さーん……。俺は、アンドロメダへと飛ばされた。流刑にもほどがある。


「おっ玉で、おっ玉で、キンコンカーン! はーい。下宿屋佐原荘ラブリーお昼ご飯ですよ」


「今日はお昼も出るんだ! やったね」


 ――そして、雪の話となる。

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