第16話 愛花の枕が足りないよ

 さっきのお風呂での眠気を引きずったまま、お赤飯でお腹が一杯になったのもあってか、眠くて仕方がなかった。部屋に入って直ぐさま、布団に飛び込んだ。引き戸なんて、開いているのも同じだから、かんぬきなんか掛けなかった。


「今日は、愛花さんも疲れて夢遊病の徘徊はないといいな」


 一日で沢山のことがあったな。これがおデートなんだろう。だって、愛花さんを想うから、何もかもが新鮮なんだ。心に残ったことを一つ二つ整理をしながら、眠る――。


「おやちゅみフリフリ、むにゃむにゃ。きっとFカップのベリーダンスを夢見るでちゅ」


 何故かバブちゃんになって入眠した。疲れと眠気で、自分でも気が付かないスピードで、深く落ちていった。


 ◇◇◇


 まだ、日の出前だった。熟眠したせいで、早く起きてしまったのか。いつも大学のゼミに参加せず、一人で卒論を書いている。だから、完徹なんてことは、慣れっこだ。この時間、新聞配達のバイクが走ったり一時停止したりするのが、耳に優しい。朝のBGMはこれだ! 『僕の原稿真っ白』のBGMだ。


「昨日は、夢を見なかったな。愛花さんも徘徊しなかったようだし」


 下宿の佐原荘から借りているせんべい布団で目を覚ます。枕元のスマートフォンで、四時二十七分を確認した。まだ、寝ていてもいいよな。体の節々が痛い。寝違えたか、若くもないのに無理しちゃったか。


「もうちょっと、惰眠をむさぼりますか」


 俺は、窓に向かって寝ていた体を仰向けにしようとした。だが、ぷにんっと触れるものがある。


「あん、二度寝しちゃうの? ……くん」


 何か、人肌ってヤツですか? 悪くはないのですが。泥棒さんでもないのですが。俺は、想像が当たっているか確かめに振り返った。


「おひゅ! ふおおお――! あ、ああああ。愛花さん!」


 俺は、この世で一番色の多い、レインボーキャンディーを迫られた気分だ。大人は欲しくないと思うが、孫へのアイテムなのかも知れない。俺は、近所のおじさんに食えと言われて泣いた記憶がある。


「ん、あ……。駿くん。おはよん」

「愛花さん! どうやってここに?」


 それより、どうしてここにだろう? まどろんでいる愛花さんを拝んでしまった! もう、結婚しかないのか、俺達。背後に海しかない、岬の上に立ったようだ。


「ここは、私のお部屋よ。なのに、私のフリルの枕がないじゃない?」

「枕――?」


 俺は、よく部屋を見渡した。愛花さんの枕って、フリルつきなんだ。何? 一緒に寝ているのは自分の部屋だと主張するのか。むさくるしい俺臭漂うのに、枕がないって。じゃあ、俺の匂いとか嫌いじゃないんだ。むむむ。問題がずれてきたから、軌道修正じゃあ。


「愛花さんのお部屋だとしたら、百合の花がないじゃないですか」


 そうだ、悪いけれど、決定的違いを教えてあげよう。だって、俺が間違えたとしたら、恥ずかしいから。それに、誤解されそうだし。何もしていないからな。この超ライダーの枕は、わざわざ栃木から持ってきた枕なんだ。


「百合は今、花粉症のお父さんが預かっていてくれているの」


 凄いです。お父さん。花粉症だというのに。俺は心を入れ替えます。


「駿くん、心張り棒も何もないからじゃない? ここは、不用心よ」


 目をこすって、小さな欠伸をする。きゃわいいー。おっと、可愛いでしたね。猫の顔洗いみたいだね。片手でくにくにと顔を――。は! すっぴんなのか? 綺麗じゃないか……。


「おはよんって、ここは俺のオレンジ柄のせんべい布団の筈だよな」


 愛花さんは、こくこくと頷く。


「たまにお洗濯してあげているでしょう? 私はいつも隣で駿くんを見ていたよ。ノートを書いていて、熱心なのに感心している」


 へえ、見てくれていたんだ。


「ああ、あれは、小説を書いていたんだよ。紙とボールペンって、レトロだろう? アナログともいう。はは」


 趣味の範囲でですよ。


「大学の卒業は、ないと思う。期待しないでくれ。残念だけど、卒業できるか分からない」

「駿くんなら、大丈夫だよ。それに、一年留年しても、私は嬉しいから」


 ん? 何か微妙なことを聞いたか? 

 布団の中で、向き合っているのって、結構恥ずかしいな。愛花さんがピンクのお玉を取り出した。


「まだ、ご飯は作ってないよ」


 フリフリすると、布団の中が知れた。


「裸エプロンじゃないか! どうしたの? お腹冷やすよ」

「この格好をしないと、懐かしレシピが思い出せないのです」


 まさかと思うことがあったが、口にしないことにした。


「あのさ、このハッピーのエプロンは、お母さんのなんだ……」

「愛花さん。よそう。自分で心の傷をえぐるのはやめよう」


 やっぱり、百合子お母さんのエプロンか……。それは、手放せないよ。俺は、無力だ。何もしてあげられない。

 愛花さんから、布団を出た。後ろにリボンのある可愛いエプロンだったよ。

 続いて俺も布団から出て、パンツ一枚で眠る主義だから、猛スピードで着替えた。適当に選んだから、エビフライが寝ているカレーライス柄Tシャツにジーンズ。どれだけ、エビカレーが欲しいんだ!

 せんべい布団は、愛花さんがたたんでくれた。押し入れを開けられたくなかったので、そこはお断りした。


「じゃあ、下へきて。キッチンで一緒にいてよ。もう、告白してくれたんでしょう?」


「こ……」

「こく……?」


「こくは……」

「こくはく……!」


 そのようですね。料亭でガラスの靴は、ガラスのもろささながら崩れ落ちていったっけ。


「あれは、『一世一代、心に残るプロポーズ』をノート一冊分考えてから話したのですが」


 愛花さんって、本当に不思議だ。


「あは。そんなもんだよ。ガラスの靴より、スニーカーって悪くないと思うよ。上出来、上出来」


 俺は、愛花さんの枕になりたいよ。

 腕枕な……。

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