俺もお父さん

第15話 愛花のズバッとエッチ

 佐原荘は弘前にある。駅前から少し小道に入ったところに、料亭燦季があった。


「運転ができなくなったら、代行タクシーも頼めるから、飲んでも大丈夫と最初に話したよね。俺の下戸に付き合ってか、ビールもいただいていないよな」


 話題を告白から引き離そう。決定的に振られても、俺のチキンハートがもう泣いているし。


「お鍋のお出汁がいいの。極上じゃない。少々煮詰まっているけれども。酢の物のジュンサイも大好きなんだ」

「アルコールは、よかったの? 折角だから、飲んでもいいんだよ」


 愛花さん、多分遠慮しているんだな。普段から、倹約を心掛けているから。俺も贅沢させてもらった。今日の日は、二度はこない。だから、数秒でも長く一緒にいたいと思っている。


「駿くん、今はいいよ。アルコールで失敗したくない」 

「ん、じゃあ。生牡蠣を出してもらおうか」


 お鍋の中には、もう何もない。こんなに平らげるお客様は、さほどいないのではないかと思った。お刺身や土瓶蒸しもいただいたのに、何故か、鍋、鍋、鍋だ。


「あは。ケーキの代わりに牡蠣だなんて、渋いデートね」

「す、すみません」


 愛花さんと手を繋ぐ代わりに、俺は濃い鍋の仲になれたと思う。何だろう。世界で一組の鍋夫婦? かあー。あり得ない。


「何だろう。Fカップお玉フリフリぎゅっと抱きつきの洗礼を日々受けていたのに」

「何さ? 駿くーん」


 半月餃子のお目目まで、カウントダウンか! 指令。話題をホライズンにキープするんだ。


「俺でも分かった。想いを伝えるのって、とても考えることが多い」

「私も、色々と考えるよ。今日みたいなときのお父さんの献立は、悩むなんてものじゃない」


 はっ。ここでか。料亭内で、ミニお玉をフリフリして考え事をする。頬が真っ赤な林檎さんになって、唸っている。


「愛花さん、何かの儀式なのですか?」


 首を横に振り、さっとFカップに隠したかと思うと、生牡蠣さんがお越しになった。


「お父さんの好きなものばかりだよ。庭で採れたジャガイモの素揚げ入り大辛カレーライスに水戸納豆の天ぷらを添えて。お魚は大間のマグロと香川のオリーブハマチを惜しげもなく冷蔵庫に入れておきました。ご飯も五穀米にしたよ」


「歩くレシピコンピュータだ!」


「これなら、綾乃母さんの多分レシピ集みたいなハート柄のノートは要らないね。嫁いでくれたら、母さんから、教わったらいい。あ、百合子お母さんも愛花さんに沢山の美味しい楽しいを残していったね」


「私は、レシピは脳内に写真で残す主義ですよ」


 夏休みの最後の日に一つ見つけた宿題みたいに、ちくんとした。


 ◇◇◇


 結局、アルコールはなしで、クラウンが車庫へと目指した。

 間もなく終わってしまうドライブを愛花さんと微笑み合った。少なくとも俺は楽しかったと思いたい。だが、難関は、まだ、ありましたとさ。


「お父さん! 私が車を荒馬にしなかったから、遅くなっちゃった」


 車のウインドウを開けながら娘の言葉を聞いたのは、下宿で門扉に仁王立ちのお父さんだ。


「何時だと思っているんだ……」


 怒鳴りはしなかった。声を殺している。二十余年もの間、娘の可愛い愛花さんを育ててきたのだから、当然だろう。俺が殴られても仕方がない。


「お父さん、まだ、九時よ」

「屁理屈は、荷物をまとめて出てゆけ」


 二言目は、お父さんの寂しさが更にあふれていた。


「クラウンはおいていけよ。あれも娘なんだ」


 ドアが狭いのか。Fカップが邪魔なのか、バストでドアを開けたのかと思ったくらいだ。愛花さんは、明るく運転席から降りた。


「いい物件があるのよね」


 その台詞、どきどきするんですけれども。


 ◇◇◇


 俺は、朝は俺シャワーを浴びたが、じっとりとした汗を流したので、仕舞い風呂に入らせていただいた。


「本当の薔薇の花びらじゃないか!」


 湯舟に、庭にある四季咲きのピンクばかりが浮いている。んー眠くなっているので、いいアロマだな。愛花さんもこのお風呂に入ったのか。艶っぽい。きっとバストも浮くわな。


「こんこん。駿くんだよね」

「そうだよ。どうして?」


 何だ、何だ。愛花さん、覗き禁止ね。男として、男としてだよ!


「お父さんは、やけ酒の後、眠ったよ」


 今夜は、俺達は一緒にご飯をいただかなかった。食べてきたとはいえ、悪かったなあ。


「そう」


 ブクブクとピンクの薔薇の水面に浸かる。これは格別にいい湯だな。


「お父さんが、お赤飯を炊いて待っていてくれたみたい」


 俺は、睡魔に襲われていたが、こればかりは目が覚めた。


「なんだって!」

「お腹に入る? よかったらだよ」


 さっと着替え、キッチンにて、お赤飯をほおばった。その間、一分。

 間もなく、寝室から玲祐お父さんがみえた。着物姿を今日はよく目にするな。こちらは、男性の藍色ではあり、どことなく男っぽい愛花さんと似たところも見え隠れする。


「さっきは、帰るなり脅して悪かった。自分は、駿くんを歓迎するよ」

「むは、ぶへ、ぐは。ごほごほ」


 お水を飲み込み、落ち着くと、これは参ったなと思った。もう逃げられない。いや、後ろめたいことは何もないが。


「よろしくお願いいたします。不肖の娘です。生活が落ち着いたら、奇行もとまると思います。あの百合やエプロン一丁の姿も」

「お玉も? ほら、フリフリ」

「そこじゃないでしょう。愛花さん!」


 さっきはダメかと思った。雨のち曇か?


 愛花さんが、お玉をバストに当てた。


「ハイヨー! 駿くん!」


 鼻歌よろしく、ベリーダンス風に踊ってみせる。揺れる、揺れる。Fカップがまあるく揺れる……。

 何だ、この異常な世界は?

 踊りのオーラは多分ビビッドピンクだな。

 

「バストはあるよ。触れていいから。エッチじゃないから」

「いや、ズバッとエッチでしょう」


 俺は、目を白黒にして引いた。


「――ハイヨー! ハイヨー!」


 隣にいるお父さんの横顔は、目を細めていた。愛花さんが元気なのが、嬉しいのかな。


「おやすみなさい……」


 ――三人ともそれぞれの部屋へ散った。


「おやすみなさい。今度、新しい物件を教えてあげるね」


 囁かれてどきっとしない方がおかしい。

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