第11話 愛花と別れと告白と

 緑の係員さんに従って、ゴンドラから降りた。エスプレッソとチョコレートパフェのトレーを素早く回収してくれた。変わった乗り物だったな。まあ、お見合いに最適かも知れない。


「まてまて、ここは、高校生とかがくる遊園地じゃないのか?」


 俺がいくら愛花さんを好きでも、大人のお付き合いには早いんじゃないのか。


「駿くん、何を考えているの?」

「フォレストランドのは、お見合い観覧車か?」


 愛花さんが、にやーっと笑った。ああ、失言だったかな。


「吊り橋効果っぽかったりしてね。思ったよりも年齢層が高いかもよ」


 愛花さんから、さっと手を出した。繋ごうというのか? 無理だっ。俺には。ごまかそう。俺は、渋く顎に指を当てたりして、考える皆月駿になった。


「愛花さんの説は正しいかもな」

「あ――。次のゴンドラが降りてくる」


 愛花さん、聞いてくれましたか。


 いや、それどころじゃない。隣のゴンドラさんだよ。俺は、固まってしまった。がんばって開いた口からこぼれたのは、一言だ。


「……雪!」


 俺は、唖然とした。随分、軽い女がひらひらと手を振って、近付いてくる。


「皆月くん。お久し振り」


 そのロング茶髪に真っ赤な口紅のミニスカ女と手を繋いでいたのが、コイツだ。


「何やってたんだ、貝塚雅也よ」

「おう、雪さんとおデートだぜ」


 雪だと分かっていてのおデートかよ。よく見れば、恋人繋ぎだ。俺なんかなあ。愛花さんと俺は、まだ手も繋いでいないぞ。


「そうじゃなかったら、さっきのは切腹ものだ」

「切腹ではなく、接吻な」


 雅也って、こんなヤツだったか? 一度、楽しいことをしたら、黒い羽でも生えた男になるのか。嫌だな。


「何とでも、口吸いでも何でもいいよ。雪とはどこまでいってんだ」


 俺は、まるで愛花さんのお父さんか。友達だった雅也が憎らしい。愛花さんと手を繋がず、雅也にガツンと言ってやった。


「どこまでもなにも、フォレストランドまでだよ」

「屁理屈だろう」


 観覧車から離れて、ソフトクリームの看板のあるところにきた。


「南野デパートで、リングも買ってあげたんだ。スリードシーのネックレスもな。なあ、雪」


 へらへらと笑い、胸元と薬指をひけらかす。二人ともだ。


「いつから、そんな女性になってしまったんだ。いつから、そんな友達になってしまったんだ……」

「駿くん……」


 愛花さんが、背中をさすってくれた。くう。眉間を絞るよ。


「学生がそんなお金どうしたんだよ」

「仕送りだけじゃなんなんで、ちょこっとアルバイトをば」


 変なお金ではないんだな。


「貝塚さんと言えば、大きな舞台俳優養成所だよな」

「そうそう。貝塚アクターズスクールが俺の家だ。金蔓でもある。パトロンかもな。お袋は、お父様をパトロンと思いなさいと言い続けていたしな」


 愛花さんちとも俺んちとも違うんだ。


「確か、東京の西にあったような」

「よく知っているな、栃木県民」


 何か言い返したいが、弘前に文句はない。


「雅也。栃木の気風は弘前と合う気がするが」

「せいぜい。田舎同士けっぱれな」


 お別れを言わなければならないなんて。それにしても性急だよ。


「悔しいな。雅也に言われると――」


 軽食コーナーのテーブルにつく。愛花さんがずっと背中をさすってくれている。情けない。俺は、大きな胸に涙を隠れさせてもらった。


 雪は、どう思っているのだろうか。


 ◇◇◇


 暫く、フォレストランドから駐車場への整った花壇などを散策していた。花時計に、二人して、いたく感心している。こんなほのぼのとした関係を俺は望んでいる。お玉でアタックされてもいいよ。毎朝、愛花さんに会えるのも幸せだよ。愛らしい花が咲くように微笑んでくれるだけでいい。


「疲れない? 愛花さん」

「うん。体力あるから」


 そうじゃないんだが。駐車場まで遠くないから、大丈夫かな。


 雪について、愛花さんは何にも知らないんだったな。確か、雅也なら俺と同じゼミのヤツだと知っている。タイミングを見計らって話さないと、誤解を生じるといけない。


「お父さんの分の夕飯は作っておいたから大丈夫よ」

「悪いね。愛花さんにも、お父さんにも」


 あ、違う。その話題じゃないんだよな。でも、ご飯の話も大切か。


「下宿の近くで見つけた料亭を予約してあるんだ」


 愛花さんが、キョトンとしている。ここも誤解をしないように、説明をば。


「愛花さんの手料理もとても美味しいよ。でも、たまには、洗い物をしないで済むのもいいかなと」


 オレンジ色の綺麗な瞳が濡れてきている。だめだっ。泣かれたら困る。


「主婦湿疹が痛そうでな。何しても治らないから、休むのもいいと思うよ」


 愛花さんが顔を両手で覆ってしまった……。俺のせいだ。


「ごめん。気遣いって、内緒でするものだよね」

「うううん。いいの」


 突然の風のせいか、花びらが舞う。

 俺は、フォレストランドのお土産を手元に用意する。


「愛花さんみたいに綺麗だよ。目を開けてごらんよ」


 さあっと開いたのは、ピンクの傘だ。

 お土産にはこれがいい。

 この里を白く染める雪の為にも。


 ――俺達は、相合傘の中。花びらの相合傘の中。


「雪は、寒い冬かも知れない。けれども、愛花さんは――。愛花さんは、春を感じる愛だね」


 何となく告白をしたのか?


「駿くん……」


 ああ! もう、玲祐お父さんのクラウンについたよ。

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