第10話 愛花の喫茶観覧車へようこそ

「さっきといい、悪寒がするんだよ」


 ぞくっときた。盛り上がっていたチョコレートパフェへの関心はもうない。楽しくデートをしているというのに、邪魔が入って、気分が悪い。

 愛花さんと俺との観覧車がゆっくりと上がって、下の世界が次第に遠くなっていく。

 後ろから俺の背中を貫く冷たい目線を感じた。


「真後ろだ!」


 俺が振り向くと、ぼうっと人の形が浮かんできた。髪が長いので、女性だろうか。


 ――雪よ。


「雪がどうした」


 気が付けば、俺のチョコレートパフェは一向に溶けやしない。


「愛花さん、下のゴンドラに、誰か見える?」

「よかった、駿くん。しっかりしているんだ。雪の話になるとこの頃おかしいから」


 愛花さんは、エスプレッソを一気飲みして、座席の横におく。


「よーし、雪の化け物退治? 私に任せなさい!」

「おお、心強いです。男らしいです」


 俺が身を乗り出す。すると、愛花さんに変顔されちゃった。イカリーでもないけれども、お顔が餅になっているよ。男らしいとは、一言多かったか。


「俺は、どうにも大好物のチョコレートパフェをいただけない」

「いっただきまーす」


 女心と秋の空でぷー。分からない。やっぱり俺には交際はまだ早いよな。玲祐お父さん、反対している気持ちがやっと分かりました。


「隣のゴンドラに、カップルがいるみたいよ」

「何だって?」


 雪――。雪がいるだけじゃないのか?


「俺と席変わってくれる?」

「じゃあ、このパフェはどうするの?」


 何故、そんなお気楽な質問を。


「愛花さんが食べてくれたら、嬉しい」

「うーん。これを食べて落ち着いたらいいよ。ミニお玉でポコポコしてあげようか」


 胸元から、小さなお玉を出して、構え出した。


「ポコポコがいいです」

「冗談に決まっているでしょう」


 真顔で言われると困るな。


「あのさ。クラウン借りるとき、お父さんが、駿くんのヘアスタイル、さっぱりしたって話してた」


 俺、嬉しさのあまり、チョコレートパフェは愛花さんにさっと渡して、立ち上がちゃったよ。


「あ――」

「駿くん、どうしたの?」


「あれは、雅也だ。そして隣にいるのが、雪」

「雪って、人の名前なんだ」


 愛花さんが、大きな胸を寄せて、腕組をする。雅也も雪も関係ないと思うが。


「あの二人さ、できているよ」

「愛花さん。そうだろうね」



「フォレストランドは、カップルが恋愛を成就しにくるんだもんね」


 ああああ……! 眩しすぎる。天使だぜ、愛花さん。

 俺は、一旦、座った。雅也と雪より、俺達だ。


「そうなんだよね。実は俺、帰りに遊園地だけど、お守りのフォレストランド傘をお土産にしようと思っていたんだ」


 それがウリのテーマパークだから、遠くても高くても遊びにくるでしょう。後で、相合傘をするんだからな。決めつけてしまったけれども、断られたらどうしようか。い、いいやあ、愛花さんは、きっと俺のことを好いてくれているよ。


「駿くん、あの二人も同じ考えかもよ」

「雪がか? 雅也なら分かるが」


 雅也は、ゲン担ぎとかを信じるタイプだ。


「雪って女性は、そんな感じなんだ」

「そうじゃなくって、雅也は、占いとかも気にするようなヤツなんだ」


 愛花さんが、不思議そうな顔をしている。


「男の人だって、占いを見るんじゃない」

「そうだね。俺って失言多いな」


 ゴンドラは、喫茶観覧車の一番上にきた。一つ後ろの雪と雅也の様子がよく分かる位置にくる。


「ん、なあ――!」


 ガタリと、俺はまた立ち上がってしまった。

 

「接吻してんじゃなかっぺ?」


 思わず訛る俺。それはそうだ。雪は俺にとって大切な人。軽々しく、雅也なんかといちゃつくなよ。


「人は人だよ。ほっときなよ。どういう関係か知らないけれども」


 俺は、隣のゴンドラをねめつけていた。けれども、愛花さんに俺はいなされた。


「プレゼントがあるんだ。まあ、座ってよ。駿くん」

「は、はあ。分かったよ」


 ゴンドラの向かい側。緑の座席につく。愛花さんとは向かい合う形になる。もう、ゴンドラは、下降している。ゴウインゴウインと唸る音も聞こえ出した。俺の研ぎ澄ました感覚はどうなったのか。乱れている。


「あの……。ちょっと早いかも知れないよ。でも、よかったら受け取って欲しいの」


 フリフリと、小さいお玉を振っている。本当は、下宿のお姉さんなのに、少し、幼く思える。


「何でしょうか」


 急なことで、心臓が、ネズミ並みの拍動です。ドクドクドクドク。


「目を瞑ってよね」

「はい」


 何だろうな。愛花さんのポコポコかな。


 首の周りがふわっとした。そして、指先もほっかほかになる。

 ゴンドラに羽が生えたようだ。


「もう、目を開けてもいいよ」

「ん」


 天使の羽の意味が分かった。


「白い……。白いマフラーにお揃いの白い手袋? それに帽子まで……。どうみても愛花さんの手編みなのですが――」


 愛花さんは、ラブリーモードで、にっこにっこしている。


「俺なんかに、ぐうたらな俺なんかにいいの?」

「駿くん以外にあげませんよ。ああ、お父さんにはあげたかな」


 繋がりはよく分からないが、俺の中で何かがぶっ飛んだ。


「パフェ食べるよ! チョコレートパフェ食べたいですから」

「手袋は取ったら? 取ってあげようか、愛花の愛だぞ」


 鼻の下が伸びています。はい、自覚いたしました。口元がもにゃもにゃして、こんなの初体験。気持ちの悪い皆月駿だと思わないでください。お願いします。

 

「んまーい。チョコアイスだけとろっとしたけれども、美味しいの一言だよ」

「それは、楽しいからじゃない?」


 ゆっくりとしたゴンドラだけれども、そろそろ降りないとならない。


「ごちそうさまでした」

「偉いぞ」


 笑顔きらきらだね。俺もきらきらだ。

 だから、隣のゴンドラもそうかも知れない。

 そうは思いつつも綺麗に食べ終わった。


「何でも愛花さんのおねだり顔には、降参だよな」

「何かおねだりしましたか?」


「その餅っ面だよ。」


 んぷー。頬を膨らまして、可愛いな。


 アナウンスが流れた――。


「もう直ぐ、降りることになるな」


 次に雅也と雪が降りてきたら、知らないふりして会おう。

 その予定を愛花さんにも伝えた。この人、天真爛漫だから。

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