第9話 愛花のラララ遊園地
ゆきんこ、ゆきんこ。
ああ、あああ、ゆきんこさ。
「母さん?」
ゆきはええさな。
こどもとあそんでいるうちは。
「そうだったね。雪が積もると、丸めたり、投げ合ったり。なあ、母さん」
いつかつれさってしまうべな。
「誰を連れ去ってしまうの? 俺はいつでも母さんの息子だよ」
さあ、にげなはれ。
にげなはれ。
「逃げるって、怖い人でもいるのか? 俺が退治してやるからな!」
◇◇◇
「――俺が退治するんだ」
俺は誰かに肩を揺すられた。誰だ、戦ってやる。やっつけるんだ。
「やめろ!」
「駿くん。どうしたの? 白昼夢かな」
母さんの歌声が聞こえなくなってしまった。俺は、小さい声ながらも夢を口にしていたようだ。
「い、いや。何だ、その――。ここって、遊園地?」
「そうですよ。遊園地のフォレストランドですよ」
ゲートで緑の制服をまとったレディーがチケットを待っている。
「やあね。もう春だというのに、雪が雪がとうなされていたよ」
「愛花さん。心配掛けて悪かった。さ、早く入ろうよ」
肩に手をやろうとしたが、まだそんな関係でもないと、不甲斐なくも拳を作り振り下ろした。
「なーんだ。このお手手は」
「何でもない」
俺は少しぶすくれていたのかも知れない。
「どこから、遊ぶ?」
「ティーカップ大好きなんだ。ねねね」
きゅんと後ろから抱きついてきた。
「Fカップお玉ちゃんが、いけない子ですね」
「てへ。私だって、女の子だもん」
もん! だって、ちょっとどうする。可愛いじゃないか。いつも可愛いけれども、その、女の子って何?
「十分、女の子らしいですよ。炊事、洗濯、その他家事。ヘアカットまで、何でもしてくれるじゃない」
「それは、家政婦さんの間違いでしょう」
愛花さんは怒らずに俺の頬を包んでくれた。照れ臭いと言うか、息もできない感じって、これなのかな。俺がキュン死して、どうするよ。
「ごめんなさい。そうだよね。失言でした」
俺の心の声が、段々と口にできるようになった気がする。
「駿くん。もしかして、正直になった?」
「ま、そうかも知れないです。はい」
照れ隠しに、黒いお玉を持ってくればよかったかな。お玉で頭を掻くのか。いや、自身を殴るんだろうよ。
「さあ、遊び倒すぞ!」
並ばずに乗れたのが、フォレストランドのミラクルだ。
「いつも混んでいるって聞くよ。そうなの? 愛花さん」
「えーと、平日だからじゃない。私、ここを貸し切って成人式があった世代なの」
五年前になるのかな。
「お着物は、お母さんのがぴったりでよかったけれども……」
「どうした?」
愛花さんが珍しくきらきらとしていない。
「ん……。さあ、ぐるぐる回すぞ! 駿くん。ついておいで」
ギャア。ワワワ――。
男の俺が叫んでどうする。でも、回る! 回るんだよ。
「きゃっきゃ。ららららん」
楽しかったようで、よかったです。
「はあ、何かはぐらかされたけれども、俺、愛花さんのこと大切に思っているよ」
「はーい。ありがとうございます」
何だ、その軽さは。ああ、言いたくないんだな。黙っていよう。
「ジェットコースターだね!」
「あれですか? あのコースを見ると一回逆さまになるんですが」
うさぴょんだ! Fカップお玉ちゃんだ!
「落ちないから。んね?」
グググ――。
これについては、筆舌に尽くしがたい。
「きゃーははっはは」
「うおへえ……」
俺だけが、吐きそうに、膝に手を当てて下を向いていた。
「どうだった?」
「上へゆっくりゆっくりと、こんなの怪談だよ。そのあとの急下降で、魂が抜けるかと思ったよ」
魂か。
「あはは。謝っていたの覚えている?」
「さあ……」
俺は、ごめんなさいと言っていた。確かにな。
「愛花さん、休もうよ」
「駿くんさえよかったら、次は、観覧車に予約だよ」
「OK、OK」
◇◇◇
実は、昨日、フォレストランド攻略本を買いました。特に可愛い子の落とし方と怒りんぼの子の落とし方を熟読してきたぞ。愛花さんは、基本可愛いラブラブモードなんだけれど、イカリーモードの餃子のお目目になってしまうと、手が付けられないからな。
「どうかしたの? 流石に、エスプレッソは飲めないよね」
「愛花さん、エスプレッソ派だっけ」
そう、イカリーの子はエスプレッソがお好き。カフェインを好んでいるのではなく、風味を楽しむと攻略本にあったな。
「香りがいいね。好きなんだね」
「いやん。私は、駿くん派だもん」
愛花さん。何か、買ってあげたいね。
「俺は、チョコレートパフェが食べたい。ここの遊園地って、もっと鄙びたものだと思っていたけれども、そんなことないのな」
「そうそう。衝撃の喫茶があるでしょう」
チケットで、支払いを済ませる。そして、二人揃って見上げるは――。
「この回転喫茶観覧車な」
「そう回転喫茶観覧車ね」
駿くんを洗礼してやるとくすぐられた。注文の品を零さないように、深いトレーに入れてくれた。そーっと持ちながら、ピンクのハート型に乗り込んだ。思ったよりも、ゆっくりと回る。俺が、回る反対の席にした。
「やったね! 私、ここでお茶したかったの。喫茶レモネルがなくなって、ここに出店し始めたんだ」
面白いのは、大好きなんだな。愛花さんは。
「俺は、好きなものから食べるタイプなんだよ」
「じゃあ、ブラウニーがお好きなのね。バレンタインデーにも期待していてね」
少し回ってからだった。今までの笑いに包まれたものが、全てなくなった。それ程、ぞっとする話だ。
――私、覚えているかな。
「下に、誰かいるのか?」
再び、悪寒がする。
――ゆきんこ、だあれだ?
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