デートと長い一日
第8話 愛花のいい湯だな
――おーい、雪!
俺は、豪雪の中にいた。白い。どもまでも白く、その表面は、きらきらと光っていた。寒い。どんなに着込んでも、しんから冷える。目的の雪に会うには、この白い国の迷子が壁となっている。腿まで上げても一歩も進めやしない。長靴を履いていても、その中まで冷たくなってくる。
ゆきんこ、ゆきんこ。
ああ、あああ、ゆきんこさ。
ゆきはええさな。
こどもとあそんでいるうちは。
いつかつれさってしまうべな。
さあ、にげなはれ。
にげなはれ。
母さん! 綾乃母さんのわらべ歌が俺の耳から心から全く離れられないのです。
「助け、助けて……。助けてくれ!」
寝汗をじっとりと掻いて、右手を天井へ伸ばしていた。
「俺の手に星が、一つ、二つ」
星は、窓から降りてきた。指で絡めてみる。すると、気分も切り替わってきた。
「そうだった。今日が遊園地へいく日だったな。愛花さんとだぞ」
ん、ちょっと汗臭くては二度目のデートが台無しだよな。下でシャワーを借りるか。
「お父さん、ちょっと、シャワーを貸していただけますか?」
階下へ向かって合図を送る。
「いつも、そんなこと言わないのにどうした。それに、
いや、失敗したな。下へ降りてから許可を貰うべきだった。問題はそこではない。玲祐お父さんは、愛花さんとの交際を禁じたいのか。そうだよな。愛してやまない一人娘だものな。
「シャワーなら構わないが」
「ありがとうございます」
愛花さんのお父さんが、弘前の伝統工芸、こぎん刺しを羽織っている。背中の藍が怒っているようにも感じられる。落ち着け、俺。あれは模様だ。菱形であって、目玉ではなない。
「私は、髪の長い男は好かんな。皆月駿くん」
「は、はひ! カットして参ります!」
ちょいちょい、お待ちよ。この間の映画で、爽やかになった俺のお財布さまが、これ以上涼し気になるというのか。
ま、まあ。シャワーを浴びさせてもらおうかな。不潔にしていると、嫌われちゃうからな。ふと、思ったよ。愛花さんはどうなのだろうか? そんなことで人と幸せになる機会を失ってしまうのだろうか。おじさんになれば、加齢臭も気になるだろう。
「ほわあ、さっぱりとするもんだな。日頃、お風呂は面倒だと思っていたから、シャワーで済ませることが多かったよな。今日は、ついでにお風呂まで洗ってしまったよ」
脱衣所で、パンツを穿こうとしたら、暖簾越しに声が聞こえる。
「こんこん。お父さんじゃないよね」
「俺だー! 開けるなよ。見るなよ」
ケタケタと楽しそうな声がする。ご機嫌がよろしいようで、愛花さん。
はー、はー。セーフ。着替え終わった。
「あれ? 駿くんも朝シャンしたの?」
「そうですよ。愛花さんは、毎日美しいですよ」
きらりと八重歯を光らせて、暖簾に手をやる。
「う、美しいですって……」
愛花さん、ほっぺが津軽の林檎ちゃんだよ。
「そんなこと言われたの初めてかも」
「ご謙遜を」
あははと、口に手を当てて、可愛いなあ。
さっきのことを話した。
「お父さんが、髪が長いって? じゃあ、カットしようか」
「そんなことできるの?」
意外な面が沢山あるね。惚れ直してしまうよ。
「バリカン持っているし、レザーカットもできるよ」
「愛花さん、何者なの」
暫く考えて、カットをお願いした。縁側へいき、低い椅子を持ってきてくれた。慣れているな。いい感じに髪が整う。
「私は、美容室マミーの店長兼店員です」
「下宿屋のマドンナかも」
二人して、ふふふと笑った。目の細め方が似ていると思った。俺も愛花さんも。
「うーん。下宿屋さんの女将でもないしね」
「やっていることは、女将かも知れないじゃん。家事を一手に引き受けております」
綺麗なんだ。愛花さんて。
「……シンデレラ」
俺の呟きを拾うように小首を傾げる。
「はい?」
「シンデレラみたいだね……」
「うにゅー」
黙っていれば可愛いのに、変顔で台無しだ。でも、それこそ愛花さん。餃子の目じゃないし。照れ臭いのだろうな。
「いいじゃないか。ガラスの靴がぴったりだよ」
一旦、カットしている手を休めてもらおうとした。
もう、終わりましたと笑顔で手鏡を渡される。その鏡の後ろに彼女が映り込む。だめだっ。やられたよ。世界一美しい俺の嫁にしたい。
「ここは、下宿屋佐原荘ですよ」
ここで、嫁にしたいとは、言えないよな。
「愛花さん」
「駿くん」
「愛花さん」
「駿くん」
何やってんだ、俺。こんないいい機会を……。
「遊園地へはお昼になっちゃうね」
は! 俺としたことが! 目的の楽しい楽しい遊園地の話はどうした。
「愛花さん、電車でいいんだよね」
何か話題を振らないと。
「私が運転していくから、ドライブしよう」
ほえー。それは、俺の役目では。
「と、言う訳で――。お父さんはトヨタのクラウンがお好きでしたね」
「はーい。いっくよー」
グオオ……。
「トバシスギデハ、ナイデスカ」
俺は、顎ががくがくして、舌を噛みそうだ。笑顔で、飛ばし屋愛花ちゃんが制御できたらいいけれども、彼女は、桜花賞馬か!
「何か? 駿くん」
俺は、ぶんぶんと首を横に振る。全否定だな。心の声は叫べない。
それに、今までに見たこともない瞳をしている。ドライバーは表情も変わるらしいが、顕著だな。
「百キロじゃない?」
「田舎はOK、OKなの」
愛花さんの瞳は、ゴールド。洒落にもならないが、ゴールド免許らしい。それは、このお目目のお陰なのか。
ドライブでトークも何も、黙っていたよ。
「遊園地まであっと言う間だろ、駿くん」
「愛花さん、言葉が雑だわ」
何故か、俺がオネエですか。
「二時よ。早速入って、喫茶観覧車に乗りたいな」
「おねだり愛花さんが可愛すぎる件をいつか執筆するぜ」
あ、オネエ直った。逆転もここまでにしよう。
チケット売り場にいたら、悪寒がした。
「幻聴じゃないよな。聞こえるんだよな」
――ゆきんこ、ゆきんこ。
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