第5話 愛花は性格美人なり
「お腹空きまろでちゅー」
「佐原さん、お玉を振ったら、何か出るんじゃないの?」
勿論、冗句だ。
「な、なんて大胆な」
「いつもやっているじゃん」
花柄ワンピースを揺らして、胸の谷間から、消しゴムの玩具を取り出した。何かと思ったら、ミニピンクのお玉だった。
「えーい」
ポコポコポコポコ。
痛くないけど、寂しさ満点です。
ジュースもポップコーンもいただいたが、小腹が空いていた。おやつの時間にする。この南野デパートは、八階建ての大きな山で、その麓には広場があり、よくテレビ中継をしている。ちなみに、取材をしているときにきたことはない。
八階で喫茶店を物色していた。
「このお店の角煮が美味しそうだね、駿くん」
「角煮かあ。今度、ご予算のあるときに佐原荘で拵えて欲しいな」
俺は、はっとした。何か足りないものが感じられる。俺っていつも佐原さんとご飯について語り合ったっけ。がんばってくれているのに。角煮なんて大変だぞ。
「おねだりしちゃうの? OK、OKだよん」
「ごめん――。無理しなくても大丈夫だからね」
彼女は、ぴっと笑った。
◇◇◇
一つの喫茶店に素敵オーラを感じて、中に入った。不思議な占いの館のようでもあり、アールヌーボーのようでもある。薄暗い中で、ガレ風のランプがぽつぽつと存在を明らかにする。俺達の他に誰かがいるなんて、どうでもよかった。まあ、多分いなそうだったかな。
「佐原さん、あの映画さあ、『――我らは、宇宙船を探し求めて漂流する赤い砂と呼ばれし民なり』で始まるの、結局タイトル知っていたの?」
俺は、自身の心に、普通に話せよ皆月駿と念じていた。だから、映画の話はもってこいだろう。
「えーと、知らなかった? やっと弘前に巡回がきた、『
彼女にブレンドが届いた。俺は、本当はカフェオレにしようとしたが、背伸びしてブレンドにした。何故か、俺のは、未だこない。
「どうして、その映画を選んだの?」
「駿くん、好きそうじゃない」
あはは。参っちゃうなあ。これは、心の声ですよ。
「何故にして、それを」
「まあ、何となくかな。てへ」
何となく・俺の心を・鷲掴み……。皆月駿、川柳もどきに目覚める。
「俺さ、あの、シューベルンが女装をするところ、ウケちゃって本当は笑いたかった」
彼女がブレンドに口をつけないのが気に掛かった。
「私、駿くんが肩をぷるぷるさせていたの分かっちゃったよ。『助走して……の女装だ!』って、決め台詞が計三回。どのトラップにも引っかかっていたね」
仰る通りだ。テーブルを叩きたくなったが、折角のランプが倒れそうだからやめて、笑うことにした。
「ああ、屋根と屋根を駆け巡りながら、衣類が、どっぱーんとファンタジック乙女になり、言葉遣いが、『二十一世紀梨は松戸だっぺ? 米子だっす?』がいい具合に俺ツボに両足まで突っ込んでましたよ」
「そこまで見ていたの? 参った、参った」
俺が頭なんて搔いていたら、俯き加減のラブラブお目目の佐原愛花さんが、きゅんと鳴いた。
「将来さ、私の尻に敷かれそう? その逆かな? 捧げるよ。駿くんになら、何でも捧げちゃうよ……」
「おいおい、何か誤解されそうだから、やめて」
カウンターで、マスターから渋い声がする。
「お客さま、もう少しお待ち願ってもいいですか?」
俺らが静かにすると、コーヒーの音が聞こえ出す。
「待つのは構わないけれども、彼女にはブレンドがきているんだ。困ったことに飲んでくれなくて。彼女が待っているみたい。俺がこれをいただくからいいよ。楽しみに待っているよ。えーと、コーヒー豆でも挽くの?」
俺は、コーヒーに詳しくないから、何となく訊いてみた。
「お客さまのご注文は、水出しコーヒーではないですか?」
みずだしこーひー? はて?
「俺も彼女もブレンドだよ」
俺も混乱しているらしい。
「うにゅ」
佐原さん、うにゅって何。
「分かりました。ブレンド二つに水出しコーヒーをお出しいたします。お代は、ブレンドの分だけで、お願いいたします」
薄暗いけれども、マスターが頭を垂れているのが分かった。
「おじさん! 気を遣わなくっていいよ。私は働いているんだから。ケーキだって、材料さえあれば、焼けるんだよ。それに対価を払うのは当たり前なんだよ」
「お客さま……。誠にありがとうございます。お気持ちだけ受け取らせてください」
佐原さんの言葉に、俺ははっとした。俺は、学生で、三年生までしていた家庭教師のアルバイト以外に収入を得ていない。正社員でもない。それなのに、佐原愛花さんは、私は働いていると自覚している。俺なんか、やはり年下の学生なんだ。彼女をFカップお玉ちゃんかと思っていたら、ダメだっ。
「佐原さん、このお礼は、別の形でしようか」
二杯目のブレンドが届いた。勿論、彼女にあたたかいのを飲んでいただく。随分と遠慮されたがな。
その後、あれこれと話していたが、俺は、気が散っていた。佐原荘を出た
「お待たせいたしました。水出しコーヒーをお持ちいたしました」
◇◇◇
俺は、店を出ると、一つ提案をした。
「今度、ケーキを焼いて持っていったら喜ばれると思うよ」
「いいねー!」
また、ミニお玉だ。ふりふりして、今日のコーヒーについて話がてら、佐原荘へ帰っていく。
佐原愛花さんは、思ったよりも深いひとだ。
優しいんじゃないか。
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