第1話

砂時計から砂が落ちる音がする。

それほど、この部屋は静かだった。

時折、鳥のさえずりや、本のページをめくる音が聞こえるけど、それ以外の音はしない。

この空間にいると、僕もなんだか息をしてはいけない気がしてきて、息を殺していた。最初は。

砂時計の砂が全て落ち切ると、見ていたかのように、本に目を向けていたはずの『彼女』が動き始める。

砂時計と同じテーブルに置かれていたカップラーメンの蓋を開け、手を合わせて一礼して割り箸を割る。なんの生活音もしなかった部屋に、ラーメンをすする音がこだまする。僕は、なんとなくその光景を見ていた。

ふと、『彼女』と目が合う。が、すぐに逸らされた。

僕は、この家にかれこれ半年通っている。


創作の世界でしか見たことのなかった大きな洋館。それが『彼女』高橋たかはし零奈れいなの住む家だった。

ひょんなことから零奈に助けられた僕は、放課後と休日のほとんどをこの家で過ごしていた。

零奈は僕と同い年で、僕と同じ高校に籍を置いている。しかも同じクラスだけど、零奈が学校に行こうとしたのを見たことがない。クラスメイトは、零奈の存在も知らないだろう。

僕も実際、零奈に出会うまで知らなかった。いつも空いている席の主がこんな人間で、高橋零奈という名前だということを。

零奈は、言葉を発さない。耳も聞こえるし、舌もある。特にそういう病気でもないらしい。ただ、声を出したくないんだとか。

零奈と出会ってすぐは、意思疎通をはかるのが大変だった。言葉の重要さを思い知った瞬間だった。

半年も一緒に過ごしていれば、零奈が何を伝えたいのか、ふんわりと分かってくるようになった。

けれど、半年も通っていても気がかりなことがある。

零奈の表情が動かないことだ。

零奈は一日の大部分を読書で過ごしている。今いる場所も大きな図書室だ。ここには大量の本がしまってあり、ジャンルは様々だが、やはり物語が多い。しかも、ファンタジーものが多い気がする。僕も何冊か読んだが、面白くて、つい笑ってしまうものもある。なのに、零奈は表情を動かさない。僕がなにか話しかけても黙って頷くだけだ。

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沈黙の世界 藤代 一姫 @mmm_1528

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