第6話

 さすがにエレンが興奮状態では話も進まないので、彼女が落ち着くまで待つ。暫くして、ミルナが改めて切り出す。まだエレンは若干涙目ではあるが、大丈夫だろうと判断したらしい。


「迷い人ですか?」

「うん。俺以外にそういった人がいるのか知らないけど、とりあえず俺はこの世界の人間じゃない、別の世界から来た。この格好を見てもらえればわかると思うけどね。」


 アキはその点について特に隠すつもりはなかった。記憶喪失だったり山奥に住んでいたりで世の中のことを知らないという設定にするのは効果的ではないと考えていた。何故なら人の世から離れて暮らしていましたと言ったとしても、この世界の人間であるという事実に変わりはない。そうなると当然この世界の一般常識や基本的な知識まで教えてもらえないだろうし、知らないと不審に思われるだろう。だが別の世界から来たのであれば、この世界の常識というものを知らなくても当然で価値観の違いも理解して貰える。何より、どんな些細な事を尋ねても教えて貰える。


 勿論全ての異世界渡航の真実を話すつもりはないが。


「気づいたらあの森の中にいたんだ。どうやって、どうしてこの世界に来たのかはわからないけどね。」


 あくまで偶発的にこの世界に迷い込んだということにしておく。木を隠すなら森の中というように、嘘や言いたくない事を隠す場合は真実に紛れ込ませる。嘘をつくとどこかで破綻するのは間違いないので基本的な部分は真実を話し、そこにさりげなく嘘を紛れ込ませる。本筋の部分が真実なのでその部分を追及されても話の破綻は防げる。そして何より本筋の話がありえないような話の場合だとそちらに注目が集まり細かい部分にまで指摘がこない。勿論隠したい部分がバレる可能性が0ではないが、全てを嘘で覆い隠すより格段に発覚しにくくなるとアキは考えている。


「といっても信じてもらえないと思うからまずは俺のいた世界について説明するね。」

「そうですわね、確かに着ている物は見た事がない服ですわ。でもそれだけではさすがに信じられません。」


 ミルナがごめんなさいという表情をする。


「謝る必要はないって、こうして話を聞いてもらえるだけで感謝しているんだから。」


 アキはそう告げると自分の世界の話を大まかに話す。地球という世界の日本という国に生まれそこで育ったということ。そしてその国は争いなどなく平和そのものであるということ。犯罪などはあるが基本的に人間を脅かすような魔獣などは存在せず、人間同士の争い事がたまにあるくらいだと説明する。何よりミルナ達を驚かせたのは魔法が存在しないということだ。だが魔法が存在しない代わりに技術が各段にミルナ達の世界より発展している。高速で移動する為の箱、空を飛ぶ鉄の塊など彼女たちには信じがたい事実のようだ。


「そんな世界があるんですー?」

「ほんとほんと、びっくりだね!」


 ソフィーとレオはびっくりという感じでアキの話に対する率直な感想を言う。だがエレンにいたっては・・・。


「嘘つくんじゃないわよ!ほんとだというなら証拠出しなさいよ!証拠!」


 とこんな調子だ。


「エレン、頭ごなしに否定してはいけませんわ。でも私もさすがにそうですかとは言えないのも事実です。アキさん疑って申し訳ありませんがエレンの言う通り何か証明できるものなどありますか?」


 ミルナが目を細めてアキに問う。口では申し訳ないといってはいるが全く謝る気などないことをアキは知っている。信じないわけではないが証明しない限りこれ以上話は聞くつもりはないという感じだ。


「そうだねー・・・この世界って火を起こすときはどうするの?」


 しばし逡巡したあとアキは質問に質問で返す。


「えっとですね、ミルナさんに魔法をお願いします!」


 ソフィーが元気よく答える。


「ではミルナが居ないときは?」

「ミルナが戻ってくるのを待つね!」


 今度はレオが答える。


 やはり基本的には魔法頼みのようだ。


「ごめん、質問の仕方が悪かった。ミルナのような優秀な魔法使いがチームにいない場合や街の人達はどうやって火を使うの?」

「そんなの知らないわ!それよりわかった?うちのミルナはものすごく便利なのよ!」


 凄いどや顔でエレンは答える。突っ込みどころ満載だがそんな言い方をしていいのかとアキは視線をミルナの方へ向ける。


「エレン?私は道具なのかしら?お仕置きしてほしいのかしら?」


 いつものようにミルナは優しく微笑む。微笑んではいるけど目は笑ってない。


「ち、違うのよ!そう、悪いのはこいつよ!さっさと証拠見せないから!」

「まったく・・・しょうがないですわね。アキさん、魔法職が身近にいない場合は火を起こすのに魔法水晶を使いますのよ。魔法が閉じ込められていて火魔法等を一定回数使うことができますわ。こういうのですよ。」


 ミルナは魔法水晶を胸の間から取り出しアキに手渡す。どこから出すんだ・・・とアキは思ったが、突っ込んだらミルナの思う壺なのはわかっているので知らぬ顔して受け取る。魔法水晶には見たことのないような文字列が刻印されており、魔法水晶の中心が少し赤く輝いている。


「なるほど。この水晶に描かれている文字が魔法の詠唱を表していて、中心に光っているのが発動した魔法ということでいいのか?」

「多分その理解で問題ないですー。使うときは水晶の中に発動した魔法を外に取り出すって感じですかね?私も細かい原理までは詳しくしらないですー・・・。」


 アキの手元の魔法水晶を見つめながらソフィーが答える。


「そうなのか。」

「そうなんですー。さすがに魔法職であるミルナさんであればわかると思います!」

「はい、私は昔勉強したので理解しています。でも原理まで理解している魔法使いはほとんどいないと思いますわ。」


 ミルナがソフィーの言葉を受け説明を引き継ぐ。


「さすがミルナ。いつか機会があったら教えてほしいものだね。」

「あらあら、褒め頂いてもなにもありませんわよ。」


 ミルナがウフフと妖艶に笑う。


「事実を言っただけだよ。まあ、つまりそういったものがないと火は起こせないということだね。先も言った通り、俺のいた世界では魔法がなかったので技術が発達している。色んな方法があるけど、例えばこれで火を起こせるんだ。」


 そういってアキはライターを取り出して火を灯す。異世界で火を使う必要もあるだろうと携帯食料と共に持ってきていたものだ。


「すごい、すごい!ねえ、アキ。それって誰でも使えるの?」


 ライターを見たレオが興味津々にアキに尋ねる。


「できるよ、レオもやってみるといい。」


 そういうとライターをレオに渡して使い方を教える。


「ここを押せばいいんだね・・・ほんとに火がついた!ミル姉みて!僕でも火を使えたよ!」


 興奮したようにレオは火を使えたことに大はしゃぎしている。尻尾が凄い勢いで揺れている。わかりやすいなとアキは苦笑する。


「これは・・・驚きですわ。確かにこれはこの世界にはないものです。凄いものですわね・・・高価なものではないのですか?」

「安物だよ。わかりやすく言うと無くしてもまた買えばいいやくらいの物。道端に落ちてたりする。」


 ミルナだけでなくエレンやソフィーも驚愕の表情でライターを見つめる。


「あと、俺の着ている服が珍しいのならこういうのはどう?この世界の衣類事情まではわからないけど、俺の世界だととてもポピュラーな服だよ。」


 さすがに今着ている服を脱ぐわけにもいかないので、着替え用にもってきていたTシャツをミルナに渡す。受け取ったミルナは目を見開いて想定以上の反応を示す。


「これ、すごいですわね!こんな肌触りの良いもの初めてですわ!アキさん、これはさすがにお高いのでしょう!」

「日常的に着るものだよ。そんなに高くない。むしろミルナが着ているものの方が高いんじゃない?」

「なにいってるんですか!これに比べれば私のこの着衣なんてゴミですわゴミ!ください!私に譲ってください!」


 そこまで言うかというほどにミルナは興奮している。先ほどの落ち着いたお姉さんの面影がない。


「アキさん、ごめんなさい。ミルナさんは服の事になるとちょっと残念・・・いや熱くなってしまうことがありまして・・・。」


 ソフィーがミルナを残念そうな目で見つめる。


「はっ・・・こ、こほん。」


 ミルナは軽く咳ばらいをして、姿勢を正す。そして改めてTシャツをそっと触る。


「アキさん、こちらは素晴らしいお召し物ですわね。こんな肌触りのいいもの初めて触らせて頂きました。お高いものですの?」


 今の失態無かったことにしやがった。突っ込んでもしょうがないのでアキは目線でミルナに何も見てないから心配するなと合図しておく。ミルナもそれを理解したようで「アキさん、こちらお返ししますわ、色々とありがとうございます」と少し照れながらアキにしか聞こえない程度の声で礼を述べる。こういうミルナの失態はきっと貴重なので見られてラッキーとでも思っておくことにする。でも意外に今の姿の方がミルナの印象としてはしっくりくる。もしかしたら本当の素はこちらなのかもしれない。




 ちなみにこの騒動の中一切会話に入ってこないレオとエレンの2人はライターに夢中でこっちすら見ていない。そんなに気に入ったのであればとアキは2人に告げる。


「レオ、エレン。それが欲しいならあげようか?どうせ数百回程度の使い捨てだし。」

「ほんとに!アキ、くれるの!」

「あ、あんたから物なんて受け取らないわよ!」


 レオは素直に喜び尻尾を振っている。エレンは表情は物凄く欲しそうにしているのに口では素直になれないようだ。さすがツンデレ少女。


「そうなの?じゃあエレンはいらないんだね、じゃあ僕がもらう!」

「ちょっと、レオ待ちなさい!誰もいらないとは言ってないでしょ!」

「もう僕のだもん!」


 アキは2人の様子をやれやれという表情で見つめる。正直エレンのアキに対する好感度は氷点下どころか絶対零度を突破しているのでここで少し改善を試みるのも手だろう。かさばるものでもないのでアキはライターを数個持ってきていたし、もう1個あげたところでなんら問題はない。だが普通に何かを渡してもエレンは絶対素直に受け取らないだろう。


「エレン。俺から物を受け取るなんて非常に不本意だと思うけどさっきのお詫びに受け取ってくれると嬉しい。レオにあげたライターの色はエレンには合わないと思うし、エレンの綺麗なオッドアイに合うこの青色のライターはどうかな?」


 アキの方から貰ってくれないかとお願いする。そういう雰囲気を作りつつライターをエレンに渡す。


「き、綺麗?な、何馬鹿な事言ってるのよ!」

「でも、エレンの目って青と赤色で凄く綺麗だと思うんだけど。俺は好き。」


 冗談ではなく本当にエレンのオッドアイは綺麗だと思う。神秘的で吸い込まれそうになるくらいとても美しい。


「そ、そう?まあ当然よ!しょうがないからそれ貰うわ!くれるというなら貰ってあげるわ!感謝しなさい!あ、ありがとう。」


 嬉しそうに恥ずかしそうにライターを受け取るエレン。そして大事そうに両手で持ってレオの元へ行き、一緒に喜び合っている。


 この子チョロいわ、間違いなくチョロインだわ。でもちゃんとお礼を言うあたり、根はすごくいい子だ。チョロいけど。言葉には出さないように心の中で考える。出したら出したで面白くなりそうだが。


「あらあら、アキさんは本当に人の扱いがお上手ですわね。ああ言えばエレンは気兼ねなく受け取ると見抜いて、さらに誉め言葉まで混ぜて渡したんですね。それにチョロイって思われたでしょう?」


 ミルナがアキの耳元でそっと囁く。さすが同類。見抜かれている。しかしミルナも観察者としてはなかなかやるがアキにとってはまだまだ甘い。


「さすがミルナ、よく見てるね。でも2人だけってのも不公平だし、ミルナにもこれあげるよ?男物だからいらないかもだけど・・・。」

「そ、そんなつもりで言ったわけではないですのよ。貴重なものを頂くなんて申し訳ないですわ。でもどうしてもとおっしゃるなら・・・。」


 口ではそういいつつも光速でアキからTシャツを受け取り胸元で大事そうに抱えている。


「人に言い触らす趣味はないから気にしないでいい。でも完璧を目指しているなら気を付けたほうがいいかな。わかっているとは思うけど、ミルナみたいな人ほどこういう弱点から切り崩されると思うから。」


 ミルナにしか聞こえないようにアキはミルナの失態の事を指摘する。


「そうなんですのよ。わかってはいるんです、気を付けなければと。でもなかなか自分が執着しているものに関することは感情のコントロールが上手くいかなくて。」

「そのあたりはまた機会があったら話そうね。」

「助かりますわ、アキさんはお上手ですし。その時はご教授くださいませ。」


 他の子達に気づかれない程度の声量で会話を交わす。内容までは聞き取れないだろう。だが何かを話していることに気づいたソフィーが尋ねてくる。


「何を話してるんですー?」

「いや、ミルナにその服の使い方を説明してただけだよ。でも3人に何かあげたのにソフィーになにもあげないのは駄目だな。何かあったかな。」


 適当に誤魔化し、不自然にならないように話題転換する。


「そんな、大丈夫です!」


 ソフィーが両手を振って遠慮する。


「そういうわけにもいかないって。ちょっと待ってね・・・。」


 そう言ってアキは鞄の中を覗く。この4人の中で一番読みにくいのがソフィーだ。先に考察したように、彼女は疑うことをしない。だからこそ裏表のない言動をする。仕草や表情なども観察しても「可愛い」以外の特徴がないので彼女を読むには時間が少しかかるだろうとアキは予想している。


「ソフィーは何が好きなの?」

「私の好きなものですか?そうですね、やはりエルフなだけに森とかですかね。」


 わからない時は「わからないので教えて欲しい」と言えばいい。アキにとっては恥でもなんでもなく誤魔化すほうが後々困ることが多いのでそうしている。しかし森が好きと言われて森を上げられるわけでもないのでもう少し探る。


「やっぱりエルフは森と共にって言う感じなんだ。ソフィーは弓使いだけどやっぱり1人で斥候にでたり偵察にでたりすることはあるの?」

「常にってわけではないですが、森に入る時とかは私が率先して先行偵察したりしますね。木の枝の移動も得意です。」

「なるほど、正直ソフィーには意味の無いものかもしれないけど・・・これはどうかな?」

「丸くて中にくるくる回るものが入ってます。これなんですかー?」


 アキがソフィーに渡したのは登山する際などに持っていく簡易コンパスだ。異世界でちゃんと使えるかは不明だったが備えあれば憂いなしというもので、一応持ってきていた。異世界に降り立った際、コンパスを確認したが問題なく使えるようだった。重力が地球とは異なるし果たしてちゃんと北を指しているのかは不明だが。


「それはコンパスっていうんだ。こうして水平にして持ってみて。」


 そういってアキはソフィーの隣に移動してソフィーの手を掴み水平にさせる。ソフィーは手を握られたことで少し照れて頬を赤らめるが、すぐにコンパスの動きに興味を奪われたようだ。


「あ、中の矢印みたいなのがくるくるまわってます!」


 ソフィーはあまり男性には慣れてない感じだ。手が触れる程度なら問題ないようだが、不用意なスキンシップや接触は避けたほうがよさそうだ。不快感を買われない為には気を付けたほうがいいだろう。見た感じ、ソフィーは自分が心を許した相手には自ら接触してくるようなタイプだし、ある意味友好度合の目安にできそうだ。アキはちらっとソフィーの表情を見てそんな考察をしたがすぐにコンパスに視線を戻す。


「すぐに止まるから。で、止まったら・・・ほらこれ。矢印の赤色の方向はどこを向いても同じ方向を指すんだ。つまり自分がどこにいようと方角がわかるって道具だよ。ソフィーには必要ないかな?」


 アキはコンパスの説明を簡単にソフィーにする。この世界が地球と同じような惑星なのかわからないし、東西南北という概念があるのかわからないので、とりあえず「同じ方向」という説明にとどめておく。


「確かにエルフは森の中で方向はなんとなくわかるんです。でも不可思議な力が働いてわからなくなる場合もあります。なのでとても嬉しいです、大事にしますね!ありがとうございます!」


 そういってソフィーは自分の体を回転させてコンパスで楽しそうに遊んでいる。


「すごーい!ほんとにどこ向いても同じ方向を差すんですね!」





「さて、アキさん。みんなの観察は終わりました?」


 振り返るとミルナが妖艶に微笑んでいた。


「まぁ、大体終わったよ。」

「うふふ、プレゼントを渡して人の観察するなんて、アキさんもまっくろくろすけさんですわね。」

「そういう意図で渡したわけじゃないんだけどね。観察はついでだよ、ついで。」

「あらあら、観察してたのは否定なさらないんですのね。」

「嘘ついてもしょうがないだろ。」

「性格はお互い暗黒物質ですが、アキさんのそういう正直なところ私は嫌いじゃないですわよ。」

「そりゃどうも。」


 先ほどの痴態の仕返しだろうか、ミルナがアキに軽口をたたく。アキ自身、暗黒物質並みの性格をしてることは承知しているので特に否定はしない。


「全く、貴方には適いませんわ・・・こんな感じ久々です。」


 何を言っても暖簾に腕押しなアキに対してミルナはお手上げといった感じだ。アキはずっと観察だけをして冷静に自分を殺して生きてきたのだからそんな簡単に読まれても困るというものだ。だがここが自分の望むような世界であればいつか素の自分も出せるようになれればいいな、という希望は持っているがきっとまだまだ先の話だろう。

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