第4話

 アキは的確に現状の状態を把握していた。彼女達が撤退する可能性が高いと判断し、背後に移動、撤退宣言まで待機。戦闘能力皆無の自分が出て行ったところで邪魔になるだけだとわかっていたので、撤退宣言を行う直前までは彼女達の邪魔をしまいと静かに身を潜めていた。そしてミルナが撤退の声を上げる寸前、水晶地竜の攻撃が迫る直前で声を上げる。


「誰ですの!」


 急に声をかけられてミルナ達は驚いたようで、後ろを振り返ろうとする。


「後ろ見ると死ぬぞ、攻撃に合わせて避けろ。」

「わかってるわよ!」


 いちいち言われなくてもわかっているというイラついた表情をエレンは浮かべるが、余計な事を考えている暇はない。水晶地竜の腕が振り下ろされる。全員が府に落ちない顔をしながらも指示通り数歩後ろへ飛ぶ。同時に水晶地竜の腕が空を切る。


「文句は後で聞く、状況は大体理解しているつもり。撤退するのが嫌ならとりあえず俺の指示通り動いてね。被害が出たら責任取るからさ。とりあえず討伐したいのであれば任せてほしい。」


 早口で説明し、彼女たちに考える余地を与えない。後衛魔法職として全体に指示を出していたチームのお姉さん的立場であるミルナが一瞬逡巡した後、即座に決断をくだす。


「わかりましたわ、撤退しないで済むのでしたらそれに越したことはありません。エレン、ソフィー、レオ、言いたいことは色々あると思いますがお願いします。」


 いい判断力だとアキは思う。勿論ミルナの機転や判断能力もある程度把握しており、あのタイミングで出ればこうなるとの想像はアキには容易かった。それにミルナが宣言すれば他の3人も同意するのはわかっていた。


「わかったわよ!」

「ミルナさんに従います。」

「ミル姉が言うなら。」


 アキの予想通り3人は渋々ながらも同意し、水晶地竜へと体を向ける。

 ここまでは予定通りの展開だ。次は攻撃の指示だが、アキは水晶地竜の攻撃パターンを考察し、既に有効策を導きだしているので問題はない。


「やつの弱点は頭部の後ろにある水晶が少し黒ずんだ場所だ。まずはそこを攻撃できるように隙を作る。」


 彼女達は驚きの表情を浮かべ、どうしてわかるのかという顔をする。エレンが何故と口を開こうとするがミルナが目で制し、戦闘に集中するように促す。アキの言っている事が事実かどうか確認する方法はないが今となっては従うほかない。


「次の攻撃は尻尾による薙ぎ払い、おおよそ10秒後にくる。短剣と弓の2人はその攻撃を右に交わして背後に回りこんで水晶地竜の注意を引け。そしてそのまま短剣の君は動く方の腕で軽く一撃をいれろ。弓の君は弓で頭部を狙って水晶地竜の意識を確実に自分たちのほうへ誘導すること。」


 アキが説明後2人は即座に水晶地竜の右正面へ移動する。それを確認したアキは残りの2人に対して指示をだす。


「杖の君は付与魔法で彼の両手剣に氷の付与魔法を。できる?」

「問題ありませんわ。」

「なら付与魔法後、両手剣の君、背後を見せた水晶地竜の頭部にある黒ずんだ箇所めがけて一撃をいれろ。君の跳躍では届かないから俺の背中を踏み台にしてね。」


 アキが言い終わると同時に予告通り、尾の薙ぎ払い攻撃が来る。


「ほんとに来たわ・・・!」

「でもわかってたので交わせます!」


 エレンとソフィーは驚きながらも言われた通りに右に躱しつつ、攻撃準備にうつる。エレンが動く左腕で短剣を横薙ぎで地竜の胴体に向かって放つ。同時にソフィーが弓を射る。


「さすが。」


 彼女達の身体能力であれば余裕だろうとわかってはいたが、実際に目の前でその動きをみたアキは感嘆の表情を浮かべるほかない。とりあえず踏み台となる為、レオの前にしゃがみ込んで背中を丸める。自分に出来る事は他にないし、あとは成り行きを見届けるだけだ。


「エンチャント・フロスト!レオ、後はお願いしますね。」


 ミルナはレオの大剣に付与魔法をかける。


「まかせて、ミル姉。今度こそ!」


 レオは改めて剣をぐっと握りしめて地面を蹴り、駆ける。そしてアキの背中を踏み台に跳躍する。ちょうどエレンの攻撃が水晶地竜に命中し、彼女の方を見ようと首を捻ったタイミングでソフィーの弓矢が地竜の目元に当たる。硬い水晶の外装に大した効果がないのは明白だが、水晶地竜の注意をひくには十分だ。


「弱点の黒ずみ、見つけた。ハァアアアアッ!」


 レオの一閃が振り下ろされる。


「どうだ!」


 一撃を放ったレオは即座に後ろへ飛び退き、地竜の様子をうかがう。一撃を受けた水晶地竜は動きが硬直する。そして・・・


「ゴァアアアアア」


 激しい咆哮をあげる。


「まだ駄目ですの?」


 ミルナが杖を構えなおす。エレンやソフィーも反撃に備えて防御態勢をとる。


「いや・・・大丈夫だと思う。」


 アキがそう呟いたと同時に水晶地竜の体に亀裂が走る。そして次の瞬間・・・水晶地竜は粉々に砕け散った。




「ミルナさん、なんとかなりましたね・・・。」


 ソフィーが安堵の表情を浮かべてこちらに近づいてくる。エレンも痛がる肩を押さえて後ろに続く。レオは両手剣を地面に突き刺し、疲れた表情で座り込んでしまった。


「そうですわね。とりあえずエレンに治癒魔法をかけますわ。全てを癒せ、キュア。ある程度痛みは取れたと思いますが完治するまでは無理しないでくださいね。」

「わかってるわ、ミルナありがと。とりあえず痛みは治まったわ。」


 エレンは痛めた腕を少し回す。治癒魔法もあるのかとアキは感心する。あの状態を見るに確実に折れていたはずだ。それが痛みを取るだけでなく、腕を回せるほどまでに回復させられるとは。戦闘が出来ないアキにとってケガは日常茶飯事になるだろうし、是非覚えたい魔法だ。果たして異世界から来たアキに魔法が使えるのかは不明だが。


 アキがそんなことを考えていると、4人の視線がアキに集まる。不思議そうな目でアキを観察しているようだ。多分見慣れない服装だからだろう。それ以外の部分については不自然なところは特に無いはずだ。黒髪や黒目が異世界では珍しいという描写がよく小説にはあるが、この世界ではごく一般的のようだった。以前に見かけた冒険者にも黒髪や黒目の連中もいた。アキ自身の見た目はどこにでもいそうな18歳の男性。特にイケメンでも不細工でもなく、太っているわけでも痩せているわけでもない。特徴がないのが特徴と言えるだろう。だからこそ彼女達の視線はアキの服装に注がれていると考えられる。


 何故ならアキは地球の服を着用している。異世界の洋服事情なんて知らないし、考えてもわかるものではないので、いつもの慣れ親しんだ格好で異世界へ降り立っていた。簡素な白のワイシャツにジーンズ。アキが地球で日常的に好んでしていた格好だ。ただ彼女達の服装を見る限り、こちらの世界では不思議な格好をした人物に見えるだろう。


「さて・・・それで不思議な格好をされた貴方はどちら様ですの?」

「変わった服ですね・・・、それよりなぜ戦闘は手伝ってくれなかったんですか?」

「変な格好だね?なんで僕の跳躍では足りないとわかったの?」

「あなたの助けなんか必要なかったのよ!この変態!」


 ミルナ、ソフィー、レオ、エレンがそれぞれ疑問に思った事を口にする。やはりアキの服装は不思議に感じるようだ。ただエレンという少女に至っては疑問でもなんでもなくただの文句というか罵倒だが。アキは苦笑しながら返答する。


「誰の質問から答えればいいかな?とりあえず自己紹介しようか?」

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