第3話

「いやいや、別にフラグ回収しなくてもいいって。」


 アキが呟くと同時に森の奥から光輝く巨体が姿を現した。


 その風貌は羽のない竜のようで、体が水晶らしきもので出来ている。あれがどういう構造で生命体として活動できているのかアキは大いに興味をそそられる。だがさすがに今はそんなことを言っている場合ではない。冷静なアキでもさすがに少し焦る。


「さすがに地竜?水晶地竜?の生命感知範囲とかわからん。蛇やトカゲと思えばいいのかな?」


 アキは生物学にもある程度精通していたので、地球上に存在する生物であればどういう生体構造をしているか大体わかっている。その生物が何を頼りに周りを認識しているのか。視力、聴覚、それとも温度変化なのか。今まで出会った魔獣達は神話でしか見たことのないような生物であったとはいえ、ケンタウロスで言えば牛、ラミアでいえば蛇、と元になる動物の生体構造をベースに索敵能力などをある程度は把握できた。そしてその予想は大体合っており、今まで生き延びられる程度には間違っていなかった。


「どうするかな・・・って4人ほど誰かいる。冒険者かな?」


 水晶地竜の巨体に目を取られてすぐには気づかなかったが、水晶地竜の前に4人ほど人がいるのが確認できる。


「3人は女性?」


 今まで見てきた冒険者に女性もいたが、大体チームに1人だ。4人中3人も女性のチームは初めてみた。

 彼女達と水晶地竜は川辺まで来て対峙する。アキが登っている木から30Mくらいの距離だ。


「ここまで誘導してきたのか。森の中じゃ戦いづらいから?とりあえず戦闘を見させて貰おう。」


 何より水晶地竜が自分に気づかず冒険者達との戦闘に夢中になっているのがわかり、安堵の息を漏らす。そしてすぐに観察へと気持ちを切り替える。




「エレン、気をつけて!」


 金色の髪をサイドポニーにして結んでいる、弓を持った少女が叫ぶ。


「あぶなかったわ!ソフィー、ありがとう!」


 エレンと呼ばれた銀色の髪で両手に短剣を持った少女が返答する。金髪の子はソフィーらしい。エレンは水晶地竜の攻撃を必死に短剣でいなしつつ言葉を続ける。


「ミルナ、魔法支援お願い!」

「はい。エンチャント・ウィンドシールド。」


 ミルナと呼ばれたアクアブルーの長い髪をした落ち着いた雰囲気のお姉さんらしき女性が杖を振るう。するとエレンに対して風が頭上から舞い降り、体を周回するように包んでいく・・・ように見えた。錯覚かもしれないがアキにはそう見えた。


「防御の風魔法をかけましたわ、頑張って持ちこたえてください。レオ、わかっていますわね?」


 後衛組のミルナとソフィーを守るように両手剣を持って立っている紫髪ショートボブの少年にミルナが声をかける。


「OK、まかせてミル姉。5秒後に斬り込む。1,2,3,4・・・5!」


 数え終わると同時にレオが突っ込む。それに合わせるようにエレンも短剣を持ち直して水晶地竜の隙を作るために左右に動く。さらにソフィーが弓を放つ準備をする。


「ミルナさん、弓に炎の付与魔法をお願いします!」

「はい、エンチャント・フレイム。お願いしますわ、ソフィー。」


 ミルナが矢に付与魔法をかけると同時にソフィーが矢を水晶地竜めがけて射る。エレンがチラッと振り返り矢の軌道を確認し、水晶地竜の頭にあたるように行動を誘導。矢が命中すると水晶地竜の頭部全体に炎が広がり視界を奪う。着弾を確認したエレンがバックステップで下がると、入れ替わりにレオが両手剣を頭上に振りかざした状態で水晶地竜に突っ込む。


「これで終わり!」


 レオが両手剣を振り下ろす。




「強い・・・動きがほぼ見えない。なんとか目で追えるくらい。そして連携が凄い。ほとんど阿吽の呼吸で行動している。言葉には出しているが、言葉と同時に行動している・・・。」


 アキは驚いていた。今まで見てきた冒険者に比べて頭3つは実力が抜きんでている。今まで見てきた冒険者がレベル10だというなら彼女達は100ではないかというくらい実力が離れている。アキは見惚れていた。あの動きに、あの剣技に、あの魔法に、あの連携に。


「でも・・・それじゃアレは多分倒せない。」


 アキは呟く。彼女達が相当な実力者なのはわかったし、連携も抜群だ。ただ彼女達は地竜の行動パターンをあまり理解していない。彼女達の実力を見ると同時に水晶地竜の行動をじっくり観察していたアキはあの攻撃では仕留めきれないと感じていた。


「予備動作はほぼ把握、攻撃パターン、範囲もOK。視野、死角、弱点もおおよそ見当がついた。もし彼女達が危なくなりそうなら接触しよう。」


 水晶地竜相手に出ていくのはかなりのリスクがあるが、彼女達の実力は相当なものだと思われる。アキの指示に従ってもらえるのであれば多分倒せるだろう。それに友好関係を築けるならメリットも大きい。そう判断したアキは水晶地竜の感知範囲に入らないように移動を開始する。


「出番がないのが一番いいけど、あの子達以上の冒険者に出会えるとも思えない。携帯食料もそろそろギリギリ。ピンチになるのを祈ったほうがいいのか・・・複雑な心境だ。」




 レオが振り下ろした剣は水晶地竜の命を絶つ・・・こと無く水晶の外装に弾き返される。水晶地竜の頭部を覆っていた炎が弱くなり、レオの姿を視認すると地竜は尻尾を使い反撃する。


「くっ・・・おかしい、硬くて剣が通らない!」


 とっさに剣を横向き構え、必死に攻撃を防ぎながらレオが叫ぶ。


「エレン、カバーに入ってください。レオは一旦引いてくださいませ。」


 ミルナが即座に指示をだしてレオを下がらせる。

 彼女たちは今までも水晶地竜を討伐した経験はあった。簡単ではなかったが、それでも今のように攻撃が通らなかったことはない。予想外の事態に彼女たちに緊張が走る。


「ミルナさん、ど、どうしましょう!不味くないでしょうか。」


 弓でエレンの補助をしつつソフィーが焦った声でミルナに声をかける。ミルナも少し冷や汗を浮かべながら必死に思考を回転させる。彼女達には連携攻撃はいくらでもあるが、有効な攻撃を与えられる方法が思いつかない。このままではジリ貧になるだろう。そしていずれは体力がつきる。そうなるとこちらにも被害が出る可能性もある。撤退すべきだが、水晶地竜をある程度引き連れてしまうだろうし、街に近づけてしまうと最悪だ・・・と考えると撤退にも踏み切れない。勿論撤退はダメな事じゃない。周囲に被害が出ないように戦略的に撤退すれば問題はない。だが万が一街に被害が出たりなどしたら冒険者としてはやっていけなくなる。それに自分たちにはこの依頼を絶対に失敗できない理由もあった。


「依頼達成率を考えると引くことはできませんわ・・・。」


 苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるミルナ。他の子達もわかっているからこそミルナに撤退を進言できないでいる。だがこのままでは勝機が見えないのも事実。普通の水晶地竜であれば攻撃は通るはずだがこの個体は通らない。もしかしたら突然変異個体かもしれない。一度引いて情報収集をし、戦略を練り直して再戦すれば倒せるだろう。だが彼女たちにはそれが出来ない。今ここで決着をつける必要があった。


「エレン、避けなさい!」


 ミルナが叫ぶ。しかしミルナの指示は間に合わず、エレンは水晶地竜の尾による攻撃を真正面から受けて吹き飛ばされ、ミルナ達がいた場所まで後退する。


「痛ぁ・・・腕が1本いったわ。」


 苦痛の表情を浮かべながら自分の動かなくなった右腕を見る。状況は刻一刻と悪化し、今すぐに撤退しなければ全滅は免れない状況に追い込まれている。迷っている時間はない。ミルナが宣言する。


「撤退・・・しましょう・・・。」

「ミル姉!」

「ミルナさん!」


 レオとソフィーが悲痛な声をあげる。だが全員わかっていた。撤退して依頼達成率を下げるわけにはいかないが、何よりも死ぬわけにはいかない。自分たちには目指すべき場所がある。だがその場所にたどり着くにはこの依頼を失敗するわけにはいかない・・・堂々巡りの葛藤が彼女達を襲う。


「しょうがないですわ・・・。」


 ミルナは唇を噛み締めて小さく呟く。唇からは一筋の赤い糸がツーっと口元を伝い滴り落ちる。水晶地竜が距離を詰めてきた。腕を振り上げ、攻撃にうつろうとする。自分達まであと数歩。決断するならもう今しかない。ミルナはソフィー、レオ、エレンと目を合わせる。


「撤―」


 改めてそう宣言しようとした時、背後から声が響く。


「全員3秒後後ろに飛べ。」

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