第2話

 気が付いたらアキは森の中にいた。次元渡航の負荷で少しばかり気を失っていたようだ。無事異世界渡航は成功したようで一安心する。地球の異なる場所へ移動しただけではないのはすぐにわかった。森の植生が明らかに別世界のものだからだ。このような植物は地球には間違いなく存在しなかった。アキの周りにある木は地球では考えられないほど高く聳え立っており、樹径も下手したら小さなビルくらいあるのではないかという太さ。足元に生えている植物は緑だけでなく、様々な色に輝いており、とても美しい。光は木洩れ日のおかげである程度は届いているが、木が大きすぎて上空の全容が見えない。次元渡航に成功したのは喜ばしいことだがとても大きな問題がある。


「街中にでるとは思っていなかったけど、本当にただの森だね。これ下手したら即死でゲームオーバーじゃないかな?」


 アキは、観察力はあるし、知識もある。こういった事態に備え地球から様々な道具を持ち込んでいた。まず携帯食料、調味料などのかさばらない物。次にサバイバルに必要なテント、ナイフ、コンパス、保温・保冷水筒、ライター、着火剤などあると便利な物。最後に何十万冊もの書籍を入れた電子タブレット、そして音楽プレーヤー、手回し式充電器。音楽と読書は趣味の1つで必ず恋しくなると思ったので持ってきた。それに地球の知識も必ず役に立つと思ったから可能な限りの分野の書籍も入れておいた。あとは個人的な嗜好品としてコーヒー。


 では何がゲームオーバーになりかねる程の問題なのか。それは戦闘力がない事。そもそも地球で普通に生きていて戦闘力が抜群にある人間なんてそうはいない。幸いにも気を失っている間に命の危険になる何かはなかったというのは幸運だった。


「とりあえず無事移動できたことだし、観察することから始めよう。」


 悩んでもしょうがないので、まずは成功を祝おう。そして、できることから始めよう。この世界に来たからにはこの世界で生きていく必要がある。死んだらしょうがないがその時はその時だ。とりあえず、ここがどういう世界か見極めて自分望むような世界かどうかを判断する。アキの夢にまでみた異世界生活がここから始まるのだから。





 あれから3日。アキはその間に様々な事を検証し、この世界を観察した。


「わかったことを少しまとめるかな。」


 アキは地球との違いを確認。まずは気象からだ。転送前の地球では6月だったが、こちらの世界でも気温は同じくらいだ。果たしてこの世界に春夏秋冬があるのかはわからないが、現在においては地球の初夏と変わりない気温だ。1日の移り変わりなどもほぼ地球と同じ。特にこの3日で異常気象などは見当たらなかった。次に基本的な物理法則。まず空気だが地球とほぼ変わりがない。少し地球より酸素が多い感じがする程度だ。つまりこの世界の人間は地球に行くとちょっと高い山で生活している感じになる。アキにとっては酸素が少しだけ多い環境になるくらいなので問題ないだろう。体もすぐに慣れる。次に重力だがこれは驚いた事に地球の半分くらいだ。最初に体が軽いと感じたので重力の違いはあるとは思ったがここまでとは。地球に居た頃より楽に動けるし、高く跳躍できる。必然的に身体能力の向上にはつながるのは望ましいことだ。あくまで地球にくらべて環境が違うからという意味でになるが。自分自身の能力があがるわけではないので勘違いすると不味い。それ以外で物理的、化学的視点からはこの世界は地球とほぼ変わらない。だがもし魔法など地球上に存在しなかった力がある場合は物理法則など無視される可能性は大いにある。


 次に森の観察と水の確保。いずれは人里で生活したいので、村や街を発見する必要がある。地形や植生などから推測して、アキは無事川辺にたどり着いた。もちろんその間、得体のしれない生物に襲われないように気を付けながら行動した。元々目立たないように周りを観察して生きてきたアキにとって、ほかの生物の行動を把握するのは容易い事であり、感知されないような距離をしっかり取っていた。


 川沿いにくると木の高さもだいぶ低くなり少しは辺りが見回せるようになった。低くなったと言ってもある程度の高さはあり、葉も生い茂っていたので、枝に登って身を隠すには最適な場所だった。木に登って辺りを見渡すと川の右手、アキが来た方向には大きく広がる森林があり、奥のほうには山頂が雲の上まで突き抜けている山があった。左手には低木の林が広がりその先は平原がある。


 さらに川までの移動の過程でいくつかの生物を見かけてそれらの観察もした。まず生物だが、やはり地球では見たことのないようなものが多くいた。耳が4本ある兎らしき小動物、豚とイノシシを足して2で割ったような獣や、二足歩行する狼っぽい哺乳類。それらはまだ食料になりそうな獲物であったが、明らかに「いやいや、あれと出会ったら即死」的な生物もいた。ケンタウロスやラミアらしき神話にしか出てきそうにない魔獣。実際この世界にくるまで見たことがあるわけないのでアキにはあれが本当に神話に登場した生物たちなのか全く検討もつかないが。


 そして幸運な事に人類らしき者たちも発見した。人類らしきといったのは、普通の人間に加えて、こちらも本でしか見たことのないような耳の長いエルフのような種族や獣耳が生えた獣人族もいたからだ。彼らがこんな森の中で何をしていたのかというと、あの魔獣たちを剣や魔法を使って討伐していた。そう、魔法らしきものを使って。本人に聞いたわけではないので魔法と断定はできないが、虚空から炎を生み出していたので地球では考えらない事、つまり魔法の類の可能性が高い。そのことがアキの心を躍らせた。自分の思い望んでいた世界であるという事実に一歩近づいたと。


 さらに人がいるということはある程度の距離に人族の拠点があることを意味しており、アキにとっては吉報だった。彼らは討伐が終わるとこぞって下流に向かって川沿いを進んでいったのでおそらくそちらに街があるのだろう。


 普通ならそこで接触を試みるのかもしれないがアキは観察を続ける。理由は、この世界の人類の文化、風習、言語などをさらに詳しく知る為だ。


 アキは地球でも常に慎重だった。自分の目的を確定させ、それに辿り着く為の最短、最善の行動を行う。異世界にきてもそれは変わらない。勿論アキの目的はこの世界を見て回り、この世界で生きること。そして地球で出来なかった事をすること。


「やっぱり魔法使いたいし、戦闘とかしてみたい。第二の人生みたいなものだ。運動はそれほど出来なかったけど、運動と戦闘はそもそも違うよね?」


 その為にはまずこの世界のことを教えてくれる、戦闘や魔法を教えてくれる人との交流を持つ事が重要になる。言葉については彼らが会話しているのを理解できたので問題ないだろう。どういう原理で理解できるのかはわからない。そのあたりもいずれ解明したいが、とりあえずはコミュニケーションに問題がなさそうなので一安心だ。ただいくら言葉が通じるからと言って、急に接触して「異世界から来たんだけど世界のこと教えて欲しい、ついでに戦闘訓練もして欲しい」とか言って応じてくれるとは到底思えない。


「俺ならとりあえず斬るね。」


 それに出会った人間はそれ程強そうな者達ではなかった。アキは彼らの戦闘を観察する際に討伐している魔獣の行動、攻撃、戦闘パターンなどを分析していた。把握したからといって素人のアキに討伐できるわけじゃないが、いざというときの回避や逃亡に役に立つのは間違いない。その魔獣達だが、予備動作などが分かりやすく、攻撃パターンも単純であるにも関わらず、冒険者らしき連中は回避せずに防御に徹したり、傷を負ったりで効果的な攻撃をあまりしていなかった。いわゆる力押しで倒していた。


「前衛の盾持ちが攻撃を受けつつ、後衛の魔法使いが適当なタイミングで適当な場所に魔法を打ち込んで、剣士が止めを刺す。確かにすごいし、同じ真似なんて当然できないけど、彼らに教わるメリットは一切ないな。」


 それが観察者であったアキの感想だった。それにいくら実力のある冒険者を見つけたとしても無条件で教えてくれるわけはない。自分だったら足元をみる。


「つまり相手が困っている状況で、俺が力になれるタイミングで出ていかないとならない。さらに交渉する為に、相手には何かが明らかに足りてなくて、俺がその何かを補えるカードを出せればなおよし。」


 タイムリミットはあるが、川を見つけ水を確保したので、アキは携帯食料が尽きるまではそういった人材を探すつもりだ。どうしても見つからない場合は適当な人間に接触すればいいだろう。





「といってもそんなこんなでさらに3日・・・、食料の残りを考えると粘れてあと1日か。そろそろ木の上じゃなくテントやベッドで寝たいな。」


 愚痴をいってもしょうがないと、アキは余計な邪念を振り払い、川沿いの木の上で辺りを観察する。


「今までみてきた魔獣のレベルからしてこの辺りには大して強い冒険者は来なさそうだけど、どうかな。何かの間違いでレベルカンストクラスのドラゴンとか出てこないかな。」


 出てこられたら普通に死ぬから困るけど、等とくだらない考えを浮かべていると、山のほうから今までの魔獣とはくらべものにならないくらいの威圧を感じ、そして咆哮が鳴り響いた。


「いやいや、別にフラグ回収しなくてもいいって。」

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