第一章 異世界の観察
第1話
この世界はくだらない。
いつからだろうか、そう思うようになったのは。現在18歳の
世の中にはいわゆる勝ち組と負け組がいる。少年時代の勝ち組とは運動が出来る奴。足が速いだけで周りからヒーロー扱いされ、褒め称えられる。青年時代は流行に敏感でノリのいい人物が中心になる。社会にでたらコミュニケーション能力が高く、世渡り上手な人が勝ち組。勉強が出来るだけ、仕事が出来るだけでは中々人生うまくいかない。努力は必ずしも報われない。結果を出しても報われない事も多い。
アキは運動が別段得意なわけでもないし、ノリがいいわけでもない、当然コミュニケーション能力に秀でているわけでもなかった。ただアキは周りより少し冷静に物事を見る才能があった。幼少時代、アキは自分が球技等の運動に向いてないと悟ると、勉強に打ち込んだ。知らないものを知る喜びをアキはそこで知り、ひたすら知識を求めるようになった。小学生にもかかわらず高校や大学の参考書にまで手を伸ばし、物理や化学などの理系科目に特に興味を示した。それを知ることで世界の真理を理解できるような気がしたからだ。幸いにも両親が理系の学者だったので資料はいくらでも家にあった。
趣味は1人で出来る事には大体手を付けた。誰にも邪魔をされず自分の世界に入れるのが気に入ったのだ。音楽、絵、写真等一通りやった。誰かと遊ぶことをしなかったので時間は無限にある。その中でも特に読書が好きだった。基本的に本であれば何でも読み漁ったが、ラノベ、SF、ファンタジー小説の分野を特に好んだ。現実ではありえない、ファンタジーな世界感がに心惹かれたのだ。
中学になってもそれは変わらなかったが、アキの価値観を固定する決定的な出来事が起こる。アキの両親はお互いがそこそこに有名な学者であり、様々な研究論文を出版していた。だがある時、父親は研究結果を同僚に盗まれる。そして母親は最新の研究が世の中に受け入れられず、無能の烙印を押され、バッシングを受けた。両方ともよくある話かもしれないが、両親の努力を間近で見ていたアキには理解しがたい事であった。同じチームで研究している仲間を裏切るなんて持ってのほかだし、最新の研究についても頭から否定する前に検討の余地くらいはあるはずだ。絶望に打ちひしがれる両親を見てアキは悟る、この世界は下らないと。期待してはいけないのだと。
それを機にアキは今まで以上に周囲に関心を示すことはなくなった。同時にただただ観察した。自分に害が及ばないように振る舞う為に。何事にも熱くなることなく、冷静に、自分の心を閉ざして、傍観者を決め込んだ。周りからは空(アキ)の名前を文字って皮肉交じりに「空っぽ」「空気」というあだ名で呼ばれたりもした。だがアキは気にすることなくひたすら傍観者で過ごす。そして全ての時間を勉強と読書に充てた。読書の時間がこの下らない世界から逃げ出すことが出来る唯一の時間だったからだ。勉強したのは、世の中は下らないが、知識があるとないとでは大違いだと思ったから。知識があれば目立たず世界に溶け込むことができる。
高校には行かなかった。高校レベルの学力は既に持っていたし、時間の無駄だと思った。だからアキはさらなる知識を求め、研究者になる為、海外の大学へ16歳で飛び級入学した。親は自分達の二の舞になってほしくなかったので必死に反対したが、アキはその反対を押し切る。どうしても最新鋭の研究に触れていたかった。何時、何が発見され、この世界の常識を覆るかわからないからだ。入学後、アキは物理と化学を同時専攻し、1年足らずで学位を取得、そのまま大学の研究室に所属する。大学でも傍観者だったアキだが、学んだことがある。傍観者として生きていくのもこの世界では難しいという事だ。周りに合わせて、周囲が求める自分の姿を演じることが何よりの平穏に繋がると悟った。それからアキはひたすら演技することに専念した。ノリが求められる時はそういう人間になったし、コミュニケーションが必要な時はいくらでも話したし冗談も言った。だがアキが素で話すことは決してなかった。
ただアキも海外の文化の違いに触れて、世の中言うほど悪くはないのでは、と思い始めた時期がある。海外の大学で天才といわれ、頼りにされたのが切欠だったのかもしれない。研究は認められるし、友達らしいものも出来た。
しかしそれは本当に最初だけだった。アキは優秀すぎたのだ。教授の論文のほとんどはアキが書いたし、研究室の成果はアキで成り立っていたほどだ。さらにアキが提唱する理論は新しく、斬新なものばかりだった。段々と周りからは嫉妬や好奇の目で見られそうになり、教授達からは邪魔者扱いされそうになる。まるで母親が辿った道をなぞっているかのようだ。だが母親の事を見ていたアキは同じ事になる前に気づいた。
その雰囲気を察知したアキはすぐさま態度や姿勢を軌道修正する。一切自分の研究成果などは発表しないようにして、ひたすら研究室のサポートに徹した。研究に多大な貢献をもたらしたとしても、主張せず脇役に徹し、教授や先輩たちが凄いのだと褒め称えた。無事、母親の二の舞になる事はなく、皆からは頼りにされ続けた。
だがアキはやはり世界は下らないと再認識し、ひたすら観察と演技で生きていく事を決意する。完全に自分の世界を見切った。二度と自分から何かを発信する事はしない。素を見せる事はない。常に観察者に徹して1人の演者として生きていく。研究は全て隠れて行なった。どんな新発見があっても決して公表はしなかった。読書と研究の毎日。研究室ではひたすら知識を求め、家ではファンタジー小説の世界に飛び立った。いつしかその世界に自分が行けないかと思いを馳せるようになった。だが当然そんなことは不可能だと物理学の最新の研究に携わっているアキが一番よく知っている。
それを覆す発見が起きるのはそんな時だった。
世界各地で奇妙な人工遺物が発見される。剣、斧、杖のような形状をしており、おそらく武器ではないかと考えられた。考古学者や歴史学者が押し寄せ、遺物を解明しようと様々な仮説を打ち立てるが、謎のまま。当然物理・化学的観点からも意見を求められ、アキの所属する研究室にその人工遺物が回ってくるのに時間はかからなかった。教授や先輩たちが色々な解析を行うが、遺物の正体はやはり不明。ただアキは気づいていた。それが「この世界」のものではないことを。その遺物の性質や構造は人類の歴史上には存在しない物であることをアキは見抜いていた。つまりこの人口遺物は「別の世界」の物である可能性が高い。
別世界が存在すると確信したアキは遺物の解析をするのではなく、その遺物がどうやってこの世界に漂着したかという方向に研究を切り替える。勿論誰に言うでもなく1人でひっそりと誰にも気づかれないように調査した。
「これで完成。」
程なくしてアキは、物理・化学の知識、自分が観察して生きてきた18年の知識、を総動員して異世界渡航を可能にする機械を完成させた。それが自宅の地下にある研究室で完成させたディメンショナルトラベル装置。果てしなく厨二くさい名前だとアキは思ったが、別に誰に見せるわけでもないのでいいだろう。
「とりあえず作っては見たけど。どうしようか?」
異世界渡航の細かい理論はおいておくとして、大事なのはこの機械を使うかどうかだ。別の世界がこの世界よりマシな保証なんて何一つないし、ファンタジーな世界とも限らない。今の世界となんら変わらない世界が待っているだけかもしれない。そして何よりこの渡航は片道切符になる。何故ならあの人工遺物から推測するに、あの世界の文明は現社会より数世紀前、中世くらいだと思われる。つまりこの世界の最新の素材でつくったこの機械は向こう側では作れない可能性が高い。
ただ遺物が未知の物質で造られている事ので、根本的にこの世界の常識からはずれている可能性もある。ファンタジーの世界でしか存在しないはずの魔法が存在するかもしれないし、生物が存在するかもしれない。その可能性が少しでもあるなら答えは一つ。
「可能性があるならば行こう。」
どうせこの世界は下らない。なら新しい世界が同じように下らなくても何も変らないだけ。自分の理想の世界があるなら儲けものだ。そう思いつつアキは機械を起動させる。
そしてアキは異なる世界へと旅立った。
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