第5話

 電車から降りて、南口から見える長い坂道を登り続けた先の150段近くある階段の奥に

俺たちの高校はある。


 体育会系の人間しか喜ばない位置にあるが

春になると階段横に並んでいる桜が咲き、

並木道を美しく彩る、自分の数少ない高校の好きな場所なので不満はない。


 だが今は桜は散り、青い葉が大きく育ち

日を遮っている夏が過ぎた9月。


 学校に近くなればなるほどガヤガヤと

声や音が聞こえてくる。


 その中でも校門の方から聞こえる

「おはよう!」と野太い声が駿にとって

要注意人物の1人だった。


 体育教師のたに

いつもは赤色のジャージと草履を履き、

首に笛をかけているThe 体育教師という

型にハマっている先生で、男子校の不良を

大人しくさせるための腕力や迫力のある顔、

そして幾つになっても髪はスポーツ刈りと

男臭さ満載の先生だ。


 そんな男臭い先生が何で‥

駿は目視した時点で体から生まれる震えを

止める事が難しいほど笑っていた。


 何で‥盛りに盛ったウルフカットなんだよ!まるでホストじゃねぇか!


 心の中でツッコミと叫びを両立させた咆哮で落ち着かせようとしたが所詮は気休め程度だ。


 髪型のズレやサイズは合っているのだが、

あまりにも不自然すぎるが故にヅラだと分かる。


 どことなく清々しく嬉しそうな谷先生の姿を笑うのはいけない事だ。


 いけない事なのだが‥


 そう分かっているのだが笑いが止められない。笑ってはいけないと思っている時ほど

笑いが止められないものだと改めて思い知る。


「しっかりしろ駿、もう少しで谷のところだぞ」


「あかんわ拓真、完全にツボにハマってもうてる。とりあえず下向いてやり過ごせ駿」


 2人は俯きながら歩く俺の前に立ち

SPのように壁になりながら前を歩く。


「おはよう!」


「「おはよ〜ございます」」


 適当に気だるげに、でも敬いながら挨拶を返して何食わぬ顔で通り過ぎようとする、

だが谷が目の前に立ち塞がる。


「山中、お前だけ挨拶返してないぞ」


 気付かれた、だが今の俺は挨拶などできる

精神状態じゃないんだよ。


 憎々しげにホストのような髪型をしてる

谷先生を見つめる。さらに笑いそうになり、息をこらえるのが辛くなる。


「仕方ない、俺が挨拶の仕方を教えてやるから付いて来い」


「いっ、いえ、だっ、大丈夫です‥ 」


「下ばかり見て挨拶はするもんじゃないんだよ、俺からの直々のご指名だありがたく思え」


 とか言うんじゃねぇ!

震える肩や胸の奥の笑いがもう喉の辺りまで

に来ていた。


「ごぉ指名、ありぐぁとうございまぁぁす」


 唐突な拓真の大きく、妙に甘い声が耳に

届いた瞬間、限界を超えた


「プッ」


 くくくっ、と込み上げていた笑いが、

浮き輪の空気を抜くときのように少しずつ

漏れ出し、心の中で1人の男への怒りが大きくなっていた。


 たっ、拓真ぁーー!!!

あいつ余計なことしやがってぇ!

お陰で俺は谷にヅラケットを守り通す事が

出来なかったじゃねぇか!


 お前じゃない、と冷静な声が前にいる威圧的なホストから聞こえてくる。俺は恐ろしくて前を見る事が出来なかった。


 もう終わりだ。

諦めて目を細めながら谷の方を向く。


「ったく、お前らはしょうもないことしやがって、山中もそんな事で笑ってたら誤解されるぞ」


 ほら行った行った、と手を払いながら

谷先生は校門の前に戻っていった。


 何がどうなってるんだ?

駿は目の前の起きた奇跡に呆然としていた。


「何とかなったな‥ ナイスや拓真」


「おうよ」


 2人のやりとりで、ようやく駿は気づいた。


 笑いの原因のすり替え、つまり拓真の機転に俺は助けられたのだ。


 俺はあの拓真の一言で谷先生のヅラでは

なく、拓真の一言に笑っていた事になり、

谷は俺を叱る事が出来なくなった。


「サンキュー拓真」


「良いってことよ」


「気を抜いたあかんで、あと2人残ってるんねんからな」


 親友の声を聞いて、改めて友達は馬鹿だが最高だと思う。だが面と向かって言うのは

まだ恥ずかしいなとボソッと駿は呟く。






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