第47話 祭りのあと

 学園祭から1週間後、宇嘉は不本意の極みにある。学園祭当日は楽しかった。なぜか先に出た圭太の方が後から帰ってきたものの、圭太の足をマッサージしながらベタベタ触りまくる。その夜は圭太から返却されたメイド服を抱きしめてベッドに入った。


 下着を回収できなかったのは残念だが、メイド服を十分に活用し、胸いっぱいに残り香を堪能する。顔をすりすりしたり、深く埋めてすうはあしたりと忙しい。翌朝宇嘉が出かけた後に山吹が受け取った服はすっかり皺だらけになっていた。少し眠そうではあったが幸せそうな宇嘉の姿を見送り山吹と石見は顔を見合わせる。


 圭太と一緒に演じた劇の評判もなかなかのもので、講堂は立ち見が出るほどの盛況ぶり。最終日に実施された生徒による投票で上位に入り、水泳部と共有ではあるが見事にクーラー付き部室を手に入れた。いいことずくめのように見えるのになぜ不本意なのかというと……。


「どう、石見?」

「まずいわね」

「何が?」

「主にあんたの体と命かしら」


「……やめてよ。また今日も圭太様は後藤寺さんと図書室でお勉強中なの?」

「そのようね。すっかり打ちとけちゃってるわ」

 石見が監視するモニターの中では図書室で仲良く並んで座っている圭太と後藤寺の姿が映っている。


 劇の練習を通じて圭太への抵抗感が薄れたのか後藤寺がちょくちょく一緒に勉強しようと誘うようになったのだった。男の性的な視線が嫌で堪らなかった後藤寺にとっては、ほぼ唯一の同世代の安心して話ができる男性である。一度心の壁が取り払われると距離が近くなるのは早い。


 それにちょっと親しくなったからといって圭太が必要以上に馴れ馴れしくしないところも後藤寺にとってはありがたかった。スキンシップも自分からは触りたいが向こうからは触られたくない。自分勝手ではあるがそれに付き合ってくれる圭太の好感度はどんどん上がっていた。


 最近は圭太の苦手な英語の長文読解を教える際にすぐ横に座って教えるまでになっている。

「ここの文章は関係代名詞で主語を修飾しているだけだから、本文はたったこれだけ。ここを無視しちゃえばすごくシンプルでしょ?」


 身を乗り出して問題の示す際に自分の胸が圭太の肘に当たってしまったが別に不快な感じはしなかった。電車などで見知らぬおじさんが肘を当てた時などは気持ち悪くて仕方が無かったのに比べると雲泥の差だ。そう、これは教えるために必要なことだから別に疚しくなんかないわ。


 もちろん、その時、圭太の腕には電流が流れたようになり勉強どころではなくなっている。その間も英語の説明を続けている後藤寺の言葉が全然頭に入ってこない。顔が熱くなるのを押さえようとするが意思の力で血流量をコントロールできるはずがなかった。


「ね? 分かった?」

 後藤寺は少し体を離し首を傾げて圭太の顔をのぞき込む。

「ごめん。ちょっと水を飲んでくる」

 バタバタと走り去る姿を見て後藤寺は悪い気はしない。今まではコンプレックスの原因でしか無かったが、自分が好ましいと思う相手の反応を見ていると胸の大きさに対する拒絶感も薄れてく。


 こんな感じで急接近をしている後藤寺の存在は宇嘉にとっては迷惑極まりなかった。本人にどこまで圭太と親しくなろうという気があるのかは分からないが、惑わしているのは間違いない。何と言っても立派なブツの持ち主である。涼介の秘密ノートから厳選したトップ3の一角を構成する相手との接触が圭太に影響を与えないわけがなかった。


 もっとも、圭太が自分から後藤寺に対してどうこうすることは無い。宇嘉との関係を清算しないうちから後藤寺と深い仲になるのは致命的に問題だということぐらいは分かっていた。それに後藤寺の自分への感情はあくまでlikeに過ぎないというのもなんとなく分かる。分からないのはそれをloveにする方法であった。

 

 更に理解しがたいのは市川である。学園祭以来、圭太に対する態度が傍目に分かる程に軟化していた。いつもの姿に戻っているにも関わらず、まるで女装していたときのように自然に話しかけてくる。先日などは宇嘉と一緒に下校しているところにやって来て、一緒に駅前の店でアイスを食べて談笑していった。


 あまりの急変化に疑問がつのった圭太は、市川に思い切って質問をしてみる。

「あのさ。市川さんて……」

「ん? なんだ?」

「ええと。市川さんて俺みたいな男はあまり好きじゃないんだと思ってたんだ」


「まあな」

「だったらどうして?」

「そりゃあ簡単なことさ。お前の中にあれだけの資質が眠ってるんだからな」

「だけど、俺は男だよ」


「脳内補完余裕だからな」

 あっけにとられる圭太を市川は見つめ返す。

「いやあ。まさかお前の中にあれだけの原石があるとはおそれいったぜ。まるで和氏の璧だな」


「いや、でも」

「まあ、今の世の中、色々な技術があるんだ。お前がその気になったら女の子になろうと思えばなれるんだぜ。覚悟を決めたら言ってくれ。いつでもウェルカムだ」

 圭太はポカンとした顔を市川に向ける。


「右手に宇嘉ちゃん、左手に圭ちゃん。まさに両手に花だな。3人でバージンロードを歩こうぜ」

 さすがに2人と結婚するのは無理だろ、という言葉を飲み込む。とても耳に入りそうにない幸せな顔をしていた。


 市川はでへという顔をしていたが表情を改める。

「まあ、それまでの間、お前の純潔は私が守ってるやるから安心しな」

「じゅ、純潔ぅ?」

「ああ。あのバカ黒鳥がお前のこと狙ってるらしいよ」


 それを聞いた圭太はお尻がムズムズする。

「マジかよ……」

「マジもマジ。あいつはマジもんの変態野郎だからな。気を付けた方がいいぜ。蛇みたいにしつこいらしいから」


「それじゃあ、宇嘉も危ないってこと?」

「そうだけど、宇嘉ちゃんとお前だと、お前の方が圧倒的に弱いじゃないか。宇嘉ちゃんはよほど卑怯な手を使わないと無理そうだけど。まあ、宇嘉ちゃんにも気を付けるようには言ってある」


 そんな感じで、圭太の側は今まで以上に賑やかになった。しかも、巨大な二人である。宇嘉としては気が気でなかった。そして、日に日に宇嘉の近くにいる同じようなサイズの持ち主が目障りになってきている。完全に八つ当たりなのだが、その当人も失言が多いので、石見としてはあまり同情はできないのだった。

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