第43話 下着談義

「お嬢様。異を唱えるわけではございませんが、圭太さまを女の子にするのに夢中になりすぎではありませんか?」

「そう? ほら、圭太って割と線も細いし、いい線いけると思うんだよね。それにカレがダサイ恰好をするのは我慢できないでしょ」


「まあ、確かにさらし者にされて恥をかいた挙句、心に深い傷を負われるかもしれませんが……」

「ね? 圭太は繊細だから、こんなくだらないことで傷ついて欲しくないし、これを機会にちょっと自信をもってもらえたらなって」


「自信でございますか?」

「そう。圭太っていつも自信が無さそうでしょ? あれでやるときはやることもあるんだけど、普段はあんな感じじゃない。自分に自信をもってもらえないと私に手を出そうって勇気もでないかな、と思って」


「そうですわね。あの年頃の男の子であれば性欲に負けて、機会があればとりあえず、女の子を抱ける機会があれば迷いはないはず。自分の嗜好は取りあえず置いておいてとなるのが普通でしょうか」

「ましてや、相手はこの私です。それがいまだに進展がないのはなぜか考えました」

「なるほど」


 相槌をうつ石見。その横から山吹が口を挟む。

「圭太さま、化粧映えしそうですもんね。女の子にしちゃって襲っちゃおうと。お嬢様は男装してとか変態的で燃えますね」

「……」


「この話の聞いていて、どうしたらそういう発想になるのか、一度頭を解剖して調べてみたいわ」

 石見がため息をつきながら言う。その程度の言葉では山吹には全く効き目がなかった。


「あ。お嬢様。今度上に乗ってのやり方レクチャーします? 基本的に今までは受け身の姿勢だったじゃないですか。よく考えたら、もっと早くそういうのも練習しとけば良かったですね」

「このバカ。いい加減口を閉じたら? この間の続きまたやって欲しいの? あんたこそ変な性癖に目覚めちゃったんじゃない?」


 宇嘉がドリームランドに出かけた日の発言で山吹は3日間お仕置きを受けた。お仕置きの内容はまあ色々である。この態度を見ていれば反省したとはとても思えなかった。我が辞書に反省の二字なし、である。石見がチラリと宇嘉の顔色を伺った。場合によっては素早く石見を拘束して折檻部屋に拉致しなければならない。


 その当人は迷っていた。最終的に圭太とそういう行為に及びたいと思ってはいたが、そこはそれ、花も恥じらう乙女である。自分が馬乗りになって激しく体を動かすようなことには抵抗があった。いずれはそういう趣向もありかもしれないが、初回からそれというのはあまりに切ない。


 それでも圭太の今までの態度からすれば、早晩そういう手段に及ばなければならない可能性もある。宇嘉は脳裏に残り日数を思い浮かべた。まだ早い。

「さすがにまだ時期尚早でしょう。そのうちにお願いすることもあるかもしれませんが、できれば不要になって欲しいですわね」


 意外と冷静な宇嘉の様子を見て石見はほっとした。別に山吹の体に重い石を積んだり、熱して溶けた蝋燭をたらしたりするのに良心の呵責を覚えたわけではない。単に無駄に時間がかかるのと、その後しばらくは自分一人でお嬢様の世話や屋敷の切り盛りをするのが面倒なだけだった。


 蝋燭の管理もしっかりしなくてはならない。山吹に垂らすのは通常の蝋燭だ。もちろん溶ければ死ぬほど熱い。一方で、万が一宇嘉と圭太がそういうプレイを望まれたときように用意してあるのは安全安心低温蝋燭。適度な刺激と見た目の派手さはあるが火傷をすることはない。


 取り違えてしまってどちらかが火傷を負うことになり、お楽しみを邪魔するようなことになってしまったら……。石見には正直に言って山吹に課せられている責め苦に5分と耐えられる自信はない。そういう意味では山吹は優秀である。どこかに痛覚を忘れて来たんじゃないかというほど翌日にはケロリとしていた。


「ところで、圭太様にお貸しになられる服を今着ていらっしゃるのはどういう理由でしょうか?」

「あ、お嬢様分かりました。自分の香りをつけておこうというんですね」

 山吹がどうだと言わんばかりの表情で言う。


 犬や猫じゃあるまいし自分のものであると主張するマーキングなわけ無いじゃない、と突っ込もうとした石見より先に宇嘉が話し出す。

「そうです。毎日こうしておけば、圭太がこの服を着ると私の香りに包まれるのです。ある意味一心同体ですわ」


 そっちかよ。石見は宇嘉に尋ねた。

「まさか、下着もお嬢様のものをお貸しになられはしませんよね?」

「それも考えましたが、やりすぎは良くないと考えたので新品を用意します」

「下着は圭太さまのものでいいのでは? どうせ見えませんし」


 石見の提案を山吹が鼻で笑う。

「分かってないわね。下着こそが大事なんじゃない。可愛い下着をつけてこそ、心が浮き立つんでしょ。まあ、アンタは中身は女じゃないから分からないか」

「失礼ね。まるで私が男みたいって言わんばかりじゃない」


 山吹の手が伸びてきて、石見のシャツの一番上のボタンに指をひっかけ中を覗く。

「だって、こんな色気の無いもの着けてるんじゃないの?」

「別に普段はどうだっていいでしょ」


 ちっちっち。指を振りながら舌をならしてみせる山吹。

「何を身に着けて装うかってのは大事じゃない。身に着けるもので気分も変わるんだから。アンタももう少し服装に気を使った方がいいわよ。アンタの衣装ケースの中身って、そんなのばっかじゃない」

「無駄にえっろい下着しか持ってないあんたに言われたくないわ」


 そこへ宇嘉が割って入る。

「今回ばかりは私も山吹に賛成よ。着る物で気分は変わるわ。アクセサリーだって自分の気持ちを引き立たせるために身に着けるんだし。圭太を可愛い女の子にするためには男物じゃだめなの」


「そーよ。心から自分は女の子って思うためには、メイド服の下がブリーフとかボクサーパンツじゃダメよ。何かのときにそれで自分は男だって思い出しちゃうじゃない。心の底から女の子になりきるためには下着からよ」

 力強く言い切る山吹とそれに頷く宇嘉を見て石見はどうでも良くなった。


「了解いたしました。それでは圭太様の採寸の準備をします。もうすぐいらっしゃるお時間でしょうから」

 頬を緩める宇嘉を見ながら石見は山吹の悪い影響を受けすぎなんじゃないかと心配しつつ、宇嘉がメイド服を脱ぐのに手を貸すのだった。

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