第42話 クラスの出し物

 学園祭での演劇も圭太の悩みではあったが、クラスでの出し物も頭が痛い材料だ。最初のうちはメイド喫茶をやろうというだけで、じゃあ、裏方をやればいいんだなと高をくくっていた。そうじゃなくても無理なセリフを言う練習で頭が一杯で、適当に聞き流していたのだが、途中から雲行きが怪しくなる。


「なんで私たちだけがそんな恥ずかしいカッコしなきゃなんないのよ?」

「いいじゃん。ほら、ああいう格好はなかなかできないし」

「はあ? 別にあんな衣装着たくもないし。だったら、あんた達がバトラーカフェでもやれば?」


「え?」

「それでおあいこでしょ。でも、あんた達じゃ執事って感じじゃないわよね。軽薄だし、姿勢も悪いし、ガキっぽいし」

「言ってくれんじゃん。じゃあ、いいぜ。どっちが客を集めるか勝負だ」


「うーん」

「なんだよ。怖気づいたんだな」

「違うわよ。なんかありきたりで面白くないってだけ」

「文句ばっかりだな。結局自信がないだけなんだろ?」


「うっさいわね。そんなことあるわけないでしょ。あ。いいこと思いついた。あんた達男子がメイド喫茶やりなさいよ。あたし達がバトラーカフェやるから」

「お。確かにその方が面白そうだな」

「でしょ、でしょ」


 うえーい。という感じでいつの間にか男子がメイド喫茶をやることになっていた。客の入りで負けた方が夏休みまで掃除当番をやるという賭けも成立し、俄然クラス内は盛り上がる。ちなみに部活の劇が盛り上がってるのは冷房の入る数少ない部室の割り当てが学園祭の客の入りで決まるからだ。女装はちょっとという層は早々に裏方に回り、ぼーっとしていて出遅れた圭太は気づくとメイドをやることになっていた。


「いや。俺はそういうの無理だから」

「だったら何ですぐに裏方に手を挙げなかったんだよ」

「それはちょっと考え事してたから……」

「もう決まっちゃったんだから諦めな」


「そういうのをやるんだったら涼介の方がいいだろ。あれだけイケメンなんだから」

「あいつは確かにイケメンだけど、完全に男顔なんだよな。意外と肩幅もあるし」

「ということだ。頑張れよ。圭太。俺指名すっから」

 涼介も済まなそうにしながら、やはり替わろうとは言わない。それはそうだ。


「同じクラスの奴の指名は点数にならないだろ。って、そうじゃねえ」

「なんだ。意外とやる気あんじゃん。まあ、うちのクラスに市川が居なくて良かったよな。居たらやるだけ無駄だった」

「だよなあ。うちのクラスはああいうタイプはいないからな」


 決定事項は覆せず、放課後にいつものように劇の練習へと向かうと宇嘉がすっ飛んできた。

「圭太。メイドやるんだって?」

「え? なんで知ってるの?」

「そりゃ、知ってるわよ。圭太のことだったら何でも知ってるわ」


 まだ、後藤寺は来ていないし、他にここに2Cの生徒もいないのに、どうして宇嘉がその情報を手に入れているかを疑問に思う余裕は圭太にはない。もちろん、学校の向かいのビルからガンマイクで圭太の声を拾って、石見が宇嘉に報告していることなど知る由もなかった。


 盛大に溜息をつく圭太を宇嘉が励ます。

「心配しなくても大丈夫。私が指導してあげるから」

 えっへんと薄い胸を張る宇嘉。

「指導って?」


「もちろん、圭太が可愛くなるために決まってるじゃない」

「え、え?」

「圭太がメイド服を着ても恥ずかしくないように私がしっかりとありとあらゆる技術を使って圭太を変身させるわ。この宇嘉にお任せあれ」


 完全に圭太の悩みを取り違えている。圭太は単にやりたくないのだが、宇嘉は似合わないメイド服を着て人前に出るのが嫌だと思っていた。割と方向性は似ているようで全然違う。ぽかんとした顔を宇嘉に向ける圭太は、ぶつぶつと呟きながら思案中の宇嘉を見出した。


「圭太は骨格はあまり太くないし……、手の形も綺麗。あら、改めてみるとすっごくステキ。うん。これならいけそう。髪の毛の長さが足りないのはウィッグでカバーするとして……。眉もそんなに太くないし、髭も濃くないから……」

 宇嘉は大きく頷く。


「圭太。大丈夫よ。学校一の美少女は無理かもしれないけど、クラス一の美少女にしてみせる」

 両手の拳をぐぐっと握りしめて盛り上がる宇嘉は相変わらず浮かない顔をしている圭太ににっこりと笑いかける。


「心配しないで。可愛いは作れるのよ。お化粧と髪型で何とでもなるわ。ごまかしようのない骨格とか指先が問題無いから大丈夫」

「それって宇嘉もってこと?」

「やーね。圭太。私は素のままよ。なんだったら今度一緒にお風呂入って確認してみる?」


「なんで一緒に風呂に入るって話になるんだ?」

「だって、シャワーを浴びたら盛った髪型も崩れるし化粧も落ちるでしょ。ごまかしようがないじゃない。圭太が化けてるって疑うから、恥ずかしいのを我慢して証明しようっていうだけよ」


 宇嘉の脳内に圭太との入浴シーンが再生される。もちろん肝心な部分は湯気で隠されている。見たことがないので仕方ない。目を伏せながら、それでもチラチラとバスタオルで隠した宇嘉の体に視線を這わす圭太。その男にしては細くてしなやかな手が宇嘉の方に伸びてきて……。


「……」

 気づかわし気に宇嘉の方を見る圭太の姿で現実に引き戻された宇嘉は想像を悟られないように笑みを浮かべる。

「ちょっと、出来上がりを想像してたの。ばっちりよ」


 整った宇嘉の顔がだらしなく笑み崩れたのを目の当たりにして、あれは一体どういう意味だったのだろうかと圭太は考える。そんなにおかしな顔になったのだろうか? 悲観的な想像をしてしまう圭太を尻目に宇嘉は次の問題に取り組もうとしていた。


「ところで衣装はどうするの?」

「一応、イベント用のレンタル業者に頼むみたい」

 それを聞いた宇嘉は顔をしかめる。

「あんな薄っぺらいいかにも余興用ってやつ? ダメよ、そんなんじゃ。自前で調達してもいいのよね?」


「分からないよ。そんなに熱心な奴はいなかったから」

 ほとんどは圭太と同様に決まったからやむを得ずやりますというメンバーだ。

「じゃあ、確認しておいてよ。前に私が着てたのあるでしょ? あれのサイズ直しして圭太に合わせるから」


「え?」

「あの服シンプルだけど結構可愛かったでしょ? フレンチスタイルだと無駄に煽情的だけど、あの服なら着てもそんなに恥ずかしくないから。それでいて小物類は凝ってるし。うん。あれを着て」

「ああ、うん」

 もちろん今回も圭太が拒否できるはずはないのであった。 

 

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