第37話 昼食時のこと

 ばっしゃーん。スパークマウンテンのハイライト、滝つぼに向かってダイブした乗り物に派手に水しぶきがかかった。並び順の関係で一番前に座っていた圭太は頭から垂れてくる水滴を拭う。とっさに下を向いてしまったので顔にはかからなかったが頭から胸のあたりまでかなり濡れている。


 横を見ると宇嘉が顔までびしょぬれになりながら目をキラキラと輝かせていた。ビッグウェスタン・マウンテンからユニバース・マウンテンと立て続けに乗ったローラーコースターがことのほか気に入ってしまい、きゃーきゃー言いながら満喫していた宇嘉である。ヘタれな圭太のように下を向くようなことはなかった。


 圭太はハンカチを引っ張り出すと宇嘉の方に差し出した。大判のタオル生地なので十分に拭きとれるはずだ。手を差し出して受け取るかと思ったら、安全バーに挟まれた体勢で可能なギリギリまで圭太の方に顔を寄せ目を閉じた。圭太は目の周りを中心にハンカチを押し当てて水滴を移しとってやる。


「ありがと」

 宇嘉は呟くとショルダーポーチを開けて、中から薄いレースのハンカチを取り出し手を伸ばして圭太の顔に押し当て始める。薄い布地越しに宇嘉の細い指が圭太の顔をなぞっていく。眉毛、耳たぶ、そして、唇。力加減をコントロールした愛撫に圭太は思わずゾクゾクする。唇に触れられたときなど電流が走ったようだった。


「はい。おしまい」

 宇嘉はそう言って晴れやかな笑顔を見せる。自分の指先が圭太の体に及ぼした効果に満足していた。はた目にはお互いに水を拭いてあげている微笑ましい光景なのだが、その下では巧妙に官能への誘いをしていた。


 降り場に着くと宇嘉はぴょんと身軽に乗り物から飛び出し、まだぼーっとしている圭太に手を差し出して引き上げた。

「ああ。面白かった。ね?」

 屈託なく笑って見せると圭太も弱々しく笑って見せる。

「ああ。まさかでも、こんだけ濡れるとは思わなかった。あ、服も濡れてる」


「いーの。いーの。どうせ外出れば乾くでしょ」

 二人だけならもうちょっと圭太に甘えて服も拭いてもらいたいところだったが、後ろから前川先輩たちもついて来ている。向こうがどこまでの関係かは分からないが、健全な高校生カップルを演じておく方が良さそうだと考えた。


 出口近くの通路で複数のモニターに乗り物が落ちて行く瞬間の写真が映し出されていた。一人昂然と顔を上げている宇嘉の姿が目立つ画面を見て、前川先輩が声をあげる。

「宇嘉ちゃんしか顔が映ってないわね。前川君は頭しか見えないわ。まあ、それは私たちも一緒か」


 通路を出たところで、涼介が声をあげる。

「濡れちゃったし、ちょっと手洗ってきます」

「それじゃ、私も」

 女性陣が消えた後、すぐ近くのトイレに入り、連れションをしにきた圭太に涼介が言う。


「昼飯にそこの店でトルティーヤドッグを買おう」

「別にいいけど、なんでそんな顔をしているんだ?」

「まあ、あとで分かるさ。それじゃ、4人分買って来るから、さやか先輩たちが出てくるの待っててくれ」


 先に前川先輩が出てきて怪訝そうな顔をする。

「リョウはどこに行ったの?」

「昼を買いに行ってます」

「すいません。お待たせしました」


 宇嘉はスマホで部下二人に報告して今後のアイデアを聞いて遅くなっていた。連れだって店に向かうと涼介は前から3人目ぐらいで待っている。ほどなく、大きな紙箱に4人分の物を載せて戻ってきた。運よく空いていた4人掛けのベンチに座り荷物を置くと涼介は前川先輩を座らせ自分はその向かいに座った。


 横並びに座るのかと思っていた圭太は一瞬まごつくが、自分も涼介の横に座る。

「それじゃ、早速食べましょう。はい、さやか先輩どうぞ。宇嘉ちゃんも、圭太もほれ」

 トルティーヤ・ドッグを次々と手渡す涼介だったが、圭太に渡すときに目がキランと輝いた。


 こういう顔をするときは大抵ろくでもないことを考えていることは長年の付き合いで知っている。中学生の時に体育倉庫の上から女子更衣室が見えると報告してきたときも同じような顔をしていた。一体なんだろうと訝りながら包み紙を剥がすと親指より一回り太いソーセージを薄い皮で包んだものが現れる。


 特に変わったことはなさそうだがと思いながら圭太が一口齧る。少しスパイシーだがそこそこの味だ。そして、何の気なしに顔を上げて涼介の言わんとすることを理解した。道理でこの席順で座りたがったわけだとも思う。横並びに座ったのではこの眺めを見ることはできない。


 トルティーヤ・ドッグはパンのホットドッグと違いほとんど形状はソーセージそのもの。トルティーヤが数回巻いてあるので少々太くなっていて少々食べづらい。皿の上に乗せてあってナイフとフォークでもあれば小さく切るのだろうが、そうもいかないとなると直接頬張って噛み切るしかない。


 前川先輩は健康優良水泳部長だ。宇嘉も食事の時に気取ることなくパクパクと食べる。美人二人が頬張る姿は煩悩まみれの男子高校生にアレを連想させるには十分だった。え、えろい。午前中遊んでお腹が空いているのか、二人はワイルドにかぶりつく。ブツリと噛み切るときは少し局所が縮むのを感じたが概ね夢のような光景だった。


 密かな妄想を悟られないようにストローで飲み物を飲みながら、じっくりと引き続き観察する。横を見なくても涼介がガン見しているのは気配で分かった。ちくしょう、まったく、涼介の奴、事前に言っておいてくれないとバレちゃうじゃないか。圭太は深呼吸をして落ち着こうとするがなかなか静まらない。パンツの中で主張する物が大きくなって痛いほどだった。


「圭太、どうしたの?」

 清純な笑みを浮かべ、小首を傾げて声をかけてくる宇嘉を見て、圭太は自分の想像を恥じた。ああ、俺はなんとダメな男なんだろう。誤魔化すように笑って適当な言葉を探す。


「食べてるうちに意外と口の中が辛くなってくるなあと思ってさ」

「そう? 圭太は辛い物に苦手?」

「そういう訳じゃないけど」


 ふーんと言ってまたかぶりつく宇嘉だった。その実、宇嘉は圭太の妄想などとっくに気が付いている。無邪気さを装いながら、唇を心持ちすぼめてトルティーヤ・ドッグの先を口に入れ、少々頬張りすぎたというように少しだけ引き出してからプツリと噛み切った。見てる、見てる。うふふ。

 

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