第38話 待ち時間

 トルティーヤ・ドッグの次はチュロスが出てくる。涼介の奴、どうしてこういう形状の物ばかり用意してあるんだ? 圭太は嬉しい悲鳴をあげていた。これじゃあ、この後立ち上がれないじゃないか。そんな圭太の気持ちなど知らずに女性二人は暢気な会話をしている。


「これ、イチゴ味ですね。さっき見かけたときはフツーのやつでしたけど」

「お店によってフレーバーが違うみたいね。ポップコーンもそうみたいよ」

「それじゃあ、好きな味のものが無いときは別のお店を探さなきゃいけないんですね」


 そんな会話をよそに涼介がテーマパークの地図を広げる。

「次のファストパスは15時だ。どうする? 予定通り別行動をして、時間になったらアトラクション前で集合にするか?」

「うーん」


「4人で行動するのもいいが、折角なので2人きりの時間も過ごしたいだろ?」

 実のところ、圭太は宇嘉と二人きりで間がもつのか自信が無い。かといって、涼介が前川先輩だけと一緒に回りたいというのを無碍にする気もおきなかった。

「涼介はどこへ行くんだ?」


「未来ゾーンの方に行ってみようと思う」

「そうか」

「圭太、お前こそ、この後の計画練ってあるんだろうな?」

「まあ、無くは無いんだが……」


 煮え切らない圭太を見ていた宇嘉がしびれを切らす。

「前川先輩。折角のドリームランド、私たちがいつまでも一緒じゃお邪魔でしょ?」

「そんなことはないけど。まあ、それじゃ、ちょっと別行動にしてみようか」

「はい。じゃあ、また後で。あ、ここは片付けときます」


 前川先輩と涼介が手を振って去っていくと、宇嘉は紙のボックスなどをまとめはじめた。圭太は前かがみになりながら立ち上がり隙を見て素早くポジションを修正する。それから宇嘉から受け取ったものをゴミ箱に分別して捨てた。

「圭太、それじゃ、どこに行こうか?」

「どこか、気になる所はある?」

「じゃあ、ナイトメアハウスかな」


 ナイトメアハウスは血の気も凍る恐怖のお化け屋敷……ではない。ちょびっとはおどろおどろしい演出もあるが、ほぼ怖い要素は存在しなかった。それでも一応はドリームランドにおけるカップルの親近感を高める枠のアトラクションだ。心拍数が上がれば脳はそれを胸のトキメキと誤認することがある。それを狙ったあざといものだった。


 宇嘉は石見の長広舌を思い出す。

「ですから、このアトラクションを外すことはできません。驚きによる心臓の鼓動を恋によるものと認知する。この際は錯覚でもなんでも利用されるがよろしいでしょう。それにここはシートが二人掛けで左右と背もたれが包み込むような形状です。他のお客さんの目を気にすることなく、イチャイチャし放題というわけなのです。まあ、あまり過激なことはできないでしょうが、ぎゅっと手を握ったり、体をもたせかけたりできます。そうそう、シートが回転する場所があるので、ほっておいても遠心力で相手の方に体が寄ってしまうという親切設計。カップルに人気なのも頷けますね……」


 スパークマウンテンから坂道を下って左に曲がったところにナイトメアハウスはあった。そこのスタッフの制服もゴシック風のものになっている。ゴシック風のなかにも微妙な色気があり圭太の趣味だった。宇嘉が着たら似合うだろうな、以前見たメイド服姿を思い出しながらそんなことを考えてしまう圭太である。


 待ち時間は30分とのことだった。そんな長い間どうやって間を持たせればいいんだと頭を抱えていたが、宇嘉が口火を切ってくれたことにホッとする。

「ねえ、あれ見て、カラスがいる。雰囲気にぴったりじゃない?」

「そうかもな」


「ほら、あっちには南瓜のお化けが置いてある」

「ああ、ハロウィンをイメージしてあるらしい」

「なんで南瓜なんだろうね? そうだ。圭太って南瓜は好き?」

「好きって? 料理の材料として?」


「そうそう。煮物にすると甘くておいしいよね?」

「うーん」

「芋、たこ、なんきんっていうでしょ。女性の好きな食べ物で。やっぱり、男の子はあまり南瓜は好きじゃないっていうけど圭太もそうかあ」

「別にキライってわけじゃないけどさ」


「そっか。お弁当に入れようかと思ってたんだけどやめた方がいいかな?」

「いや。作ってもらったものに文句を言ったりはしないよ。宇嘉の作る料理はなんでも美味しいし」

 何気ない圭太のセリフに両手を打ち鳴らして喜ぶ宇嘉。


「いやー、照れるなあ」

 宇嘉は体をくねくねさせる。圭太がお世辞を言えるタイプではないのは百も承知なので本心からの言葉であることがうかがえる。胃袋を陥落させて圭太を落とすぞ。


「最近はお弁当作ってあげてないね」

「試験中はしょうがないよ」

 中間テストは午前中で終わり下校する。付け焼刃で勉強する大多数の高校生にとて試験日の午後は翌日の教科の貴重な勉強時間であった。


 当然ランチルームは閉鎖されており一緒にお弁当を食べることはできず、4日間もお弁当を作っていない。圭太の勉強の邪魔をするのもはばかられて、お昼を一緒に食べることもしていなかった。持ち込みができるのならドリームランドに3段重を持参するつもりだったのだが、さすがに石見に止められている。


「また来週から持っていくから楽しみにしていてね」

「ああ、うん」

 圭太は先週末の最後に食べたお弁当を思い出す。その日はメインがオムライスだった。コンソメで炊き上げたご飯の固さも絶妙でそれ自体はいつも通りの満足の味。


 問題はご飯をぴっちりときれいに包んでいた卵焼きの上に、いそいそと宇嘉がケチャップで書いた文字だった。UKA♡KEITA。わざわざ別に持参したケチャップの小袋を使って書き上げた文字を見てギャラリーが息をのむ。


「メイド喫茶みたいだ」

 ブラッディ後藤が思わず言葉を漏らし、周囲の視線が集中する。図らずもメイド喫茶に行ったことがあることを開陳してしまい、泣きそうになりながらランチルームの外へと駆け出して行った。その日から、綽名がメイド喫茶後藤になったことはいうまでもない。


 食べやすいようにとスプーンまで手渡されて口に運んだ味を思い出して、ゴクリとつばを飲み込む圭太。最近は完全に宇嘉の味に慣らされてしまっていると自覚しなくもない。それを横から眺めながら、にこにこと宇嘉は微笑んでいる。

「南瓜が美味しいのは秋以降だから、それまで楽しみにしていてね」

 頷いてから、そんな先までお弁当を作ってもらう関係なのかと圭太は未来に思いをはせていた。

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