第36話 ドリームランドデート

 今日は天気予報通りの晴天だった。午後には気温が上がるらしいが、湿度が無いので気持ちの良い1日になりそうだ。開園と同時に中に入れるようにするため、学校に行く時間よりもずっと早い時間の空気を思い切り吸い込む。隣の家に出かけてベルを押すか押さないかのタイミングでドアが開いた。


「おはよう」

 鈴のような声で言う宇嘉は、新緑のような濃い緑色のスラリとしたワンピース姿である。艶やかで豊かな髪の毛の色と良くマッチしており、可憐な容姿と相まってまるでお伽話の妖精のような印象を与えた。


 いつもに増して浮世離れした美しさに圭太は目を丸くする。

「どうしたの?」

 そっと身を寄せてくる宇嘉に尋ねられてやっと圭太は間抜けな声をあげた。

「お、おはよう」


 宇嘉はくるりと一回転する。

「どうかな? 遊びに行くのに変?」

「そんなことはないと思う。どこの御令嬢かとは思われそうだけど」

「圭太もカッコいいわよ」


 そう言われても圭太は素直に頷くことはできない。上から下までファストファッションである。高校生らしいといえば聞こえはいいが、明らかに費用が違うのが分かった。宇嘉がショルダーポーチの紐を肩にかけながら言う。

「それじゃ、待たせると悪いし、行こうか」

 

 駅のホームで前川先輩と涼介に合流した圭太は二人の姿を見てちょっとだけ安心した。涼介の恰好が自分と似たり寄ったりだったからだ。大人びた装いの前川先輩と並ぶと向こうもお嬢様とお付きの者といった風情がある。まあ、涼介はイケメンなので、例えアニメのキャラクターがプリントされたTシャツ姿でもそれはそれで様になるのが悔しい。


 宇嘉は早速如才なく前川先輩と楽しくおしゃべりを始めている。どうやら、前川先輩のイヤリングについて話をしているようだ。

「これ可愛いですね。テンション上がりません?」

「分かる? これお気に入りなの」

「分かります」


 その姿をぼーっと眺めていた圭太の耳を涼介が引っ張った。

「おい。何をぼけーっと眺めてんだ?」

「いや、あの二人、意外と仲がいいんだなって。俺なんざ2年上の先輩とあんな感じには話せないよ」


「ああ。そうだな。言われてみればそうだ」

「だろ? 正直この4人で出かけると聞いた時はどうかと思ったけど」

「まあ、前川先輩はあんな感じだからな。部活が終わるとフツーに1年の子とアイス食いに行ったりしてるぜ。それに、宇嘉ちゃんも大人っぽいからな」

「確かにそうだな。時々俺の方が年上だということを忘れそうになるよ」

 実のところ、宇嘉が高校1年生なのは、そういう設定に過ぎず、圭太に対して年下ポジションで攻略しようというだけに過ぎないのだが、本人以外知る由もない。


 最寄り駅で降りると同世代のカップルやグループの姿が目に付く。どうやら皆考えることは同じようで、試験休みなら平日だし空いているだろうという考えのようだった。しかし、この時期は修学旅行でやってくる学校も多いようで、大型バスが次々と到着している。


「意外に混んでそうね」

「やっぱり人気なんですね。そうそう、今日は誘ってもらってありがとうございます」

「あら。宇嘉ちゃん。そんなのいいわよ。父の勤め先の関係で回ってきた券だし、それにこういうのは多い方が楽しいから」


 入場ゲートをくぐってアーケードを抜けると正面にシンボルとなっている洋風の尖塔を備えたお城が目に入る。

「あれがドリームキャッスルさ。パークのどこからでも見えるから、はぐれたりしたときに落ちあう際にはいい目印になるよ。さて、どうしよっか?」


 圭太ははっきり言ってしまえばノーアイデアであった。元々この企画に対しては受け身である。一方の宇嘉とはいえば、圭太との距離を詰めるために最適なアトラクションのレクチャーを受けていた。

「基本的にそういう用途の場所ですから、どこでもいいのですが、特におすすめなのがこちらです」


 2人がけのシートが4列になった乗り物で水路をゆらゆらと巡って行き最後はかなりの落差を落ちて水しぶきがかかるというアトラクション。その際にレールと乗り物がこすれて発する火花が綺麗なスパーク・マウンテンだった。その水しぶきを一緒に浴びた二人は火花を発する電気プラグのように恋に落ちるとか落ちないとか。


「水に濡れた圭太さまを拭いてあげるもよし。逆に圭太様に拭いて頂くもよし。お互いに拭き合ってもよしと、スキンシップに事欠かないアトラクションです。まあ、ドリームランドでは一番激しいアトラクションですし、吊り橋効果の点から言っても外せないでしょう。その分、人気が高くてとても混雑するはずです」


 前日、石見に受けた説明を思い出し、あまりでしゃばるのもと思いながら宇嘉がチラチラっと視線を圭太に走らせる。本当なら、ここで圭太にイニシアティブをとって欲しいところだが、あまり期待できそうになかった。そこへ前川先輩の元気のいい声が聞こえてくる。


「とりあえず、ローラーコースターは外せないわ。3大マウンテンは制覇しましょう。どう?」

「いいっすね。圭太もスピード系は問題ないよな。宇嘉ちゃんは……?」

「乗ったことないけど、たぶん大丈夫です」

「じゃあ、決まり。どうせ、遊びつくすんだから先か後かだけだしな」


「なんか、私が仕切っちゃって悪いけど、まず、スパーク・マウンテンのファストチケットを取ろう。あれが一番混むと思うから」

 女性2人が先に歩き始めるとその後ろを涼介と圭太がついていく。無事ファストチケットを入手すると12時台の時間が指定されていた。


「これで並ばずにスパーク・マウンテンに乗れるわ。それまでの間、ビッグウェスタン・マウンテンに行って並ぼうか」

 ぞろぞろと移動をすると50分待ちの表示となっていた。

「まあまあかな」

「前川先輩、50分でまあまあなんですか?」


「混んでるときは150分待ちとかあるらしいよ。頭に1がついてないだけマシじゃないかな。50分なんておしゃべりしてたらすぐだから」

「それもそうですね」

「そういえば、宇嘉ちゃんって白いよね。私は水泳部だから諦めてるけど、やっぱ焼きたくない派?」


 美白談義を始めた二人の後ろで涼介と圭太は顔を見合わせていた。

「なんか、俺達っていらなくねえか?」

「俺もそんな気がしてたんだよな。まあ、乗るときはさすがに組みを変えような」

「まあ、俺は涼介でもいいけど」

「俺は良くねえの」

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