第31話 多事多難
そんなこんなでゴールデンウィークを迎えた圭太であったが、それは忍耐の日々が続くことを意味していた。なぜなら、遥香がずっと家に居たからである。テントを見られた日からずっと家に入り浸りだった。自分の家なのだから好きにして何が悪いの? という話なのだが、圭太にすれば鬱陶しい限りだった。
「折角のゴールデンウィークなのにどこかにデートに行かなくていいの? 陸上部の子とか、図書委員会の子とか?」
「お勧めのデートコースをリサーチしてあるんだが、これなんかどうだ?」
「絶対行かねえよ。絶対お前ら覗きに来るつもりだろ?」
「あら。費用を全額出してあげられるのに」
くそ。経済DVってやつじゃねえのか。圭太は握った拳をぶるぶると震わせる。必要な物の代金は気前よく出すが、小遣いは少額なので圭太には自由に使える現金が少ない。
「そもそも、俺にはまだデートする彼女がいねーよ」
血を吐くような圭太の叫びは届かない。
「別にお付き合いする前にだって、お試しデートぐらいするでしょう?」
「1回目は軽く様子見して、2回目で手を繋いで、3回目でキスをして……」
「あー、はいはい。手順を全部すっとばした奴に言われたくないぜ」
「そう言えば、そうだったな」
「そうだったじゃねえ。ということで、息子への過干渉はやめて、お二人の世界にお戻りください。俺は自室に籠るから」
「圭ちゃんがそういうなら」
「仕方あるまい」
見つめ合う二人を置いて圭太は自室に戻った。机の前で問題集を広げるがさっぱり手に着かない。音が聞こえないが階下でナニをしているかは間違いなく当てることが出来た。それを言い訳にPCを立ち上げて、お気に入りのゲームを始めてしまう圭太である。今日の攻略対象は、後藤寺さんに雰囲気が良く似たサブヒロイン。こいつはヤベエぜ。
なぜ休日の午前中から、圭太が一人でそんなことをしているかといえば、ある事件のためにゴールデンウィーク前の最終登校日に宇嘉の気持ちを確認することができないまま休みになってしまっているからだった。
事件というのは、部活終了後に帰宅しようとするところに3年生の白鳥というのに絡まれたのだ。白鳥はあまり素行もよろしくなく、4月早々から停学を食らっていたという札付きだった。
「前川ってのはお前か?」
「そうですが」
「ふーん。噂通りパッとしねえ男だな。まあ、いいや。手短に言うぜ。深草さんとは別れろ。5月になっても付き合ってるようだったら後悔することになるぜ」
「いや、そんなことを言われても。だいたい」
「うるせえっ」
いきなり腹にパンチが飛んできて、圭太はかわすこともできず、くの字になる。
「うぐっ」
「次はこの程度じゃすまねえぜ。よく考えるんだな。お前みたいなパッとしねえのに似合いの相手を探しな。深草さんみたいなイケてるのは俺の女が相応しいんだよ」
「誰の女が相応しいですって?」
絶対零度とまでは行かないまでも十分に氷点下までは下がった冷たい声が響く。
「ああ。深草さんか。噂以上に可愛いねえ。ちょっと遊びに行こうぜ」
白鳥を無視して宇嘉は圭太に話しかける。
「圭太、大丈夫?」
「ああ。大したことない」
「そう。良かった」
先ほどまでの冷え冷えとした声とはうって変わった柔らかな言葉には気遣いが満ち溢れている。
「圭太。今日は一緒に帰れないから。ゴメンね」
そう言うと振り返って、白鳥に笑顔を見せる。
「いいわよ。そうね。ボートに乗りたいな」
「よっしゃ、じゃあ、行こうぜ」
白鳥は勝ち誇った顔を圭太に向けると宇嘉の前に立って歩き出す。
宇嘉は一瞬だけ振り返って圭太にウィンクをすると白鳥の後ろについて行ってしまった。校門を出ると左に曲がる。駅とは反対方向で掘割に作ったボート乗り場のある方角だった。圭太は胸がチクリと痛む。目の前で宇嘉を連れて行かれたことがやはりショックだった。
本来であれば、なりゆきで付き合ってることにしているだけの女の子に過ぎない。これでカップル解消ということならば悪い話ではないはずだった。しかも、相手が相手だけに圭太に同情が集まるかもしれない。自分の感情を整理しきれないまま、圭太は家路についた。そこで顔色を読まれて遥香に色々と詮索されたのだが、その点は脇に置いておく。
賢者タイムを迎えた圭太は、宇嘉とは連絡が取れないことが改めて気がかりになってきた。昨夜には隣家に明かりが灯っていたのは確認していたが、今窓からみると雨戸が閉じており人の気配がない。なんとなく、深夜にガタガタやっていたような気がするが現在は森閑としていた。
そして、気がかりと言えば、先日の涼介からのメッセージのこともあった。
『ドリームランドのチケットが4枚ある。ついては、マブダチの圭太に2枚譲ってもいい。要るか?』
圭太にはとても手に入らない高額のチケットだった。
反射的に欲しいと返事して了解の回答があったところまでは良かった。女の子をデートに誘うには強力な武器である。ドリームランドでデートしたカップルは別れる可能性が高いという伝説もあったが、要は統計上の母集団が多いというだけの話だ。それだけ多くのデート需要があるスポットという証拠でしかない。
話がややこしくなったのは昨日の夜の事だった。涼介から電話がかかってくる。
「おっす。圭太。この間のチケットの話なんだけどな」
「ああ。ありがとう」
「いや、それがだな。ちょっと俺が勘違いをしていて……」
「あ、やっぱり無理だったってこと。別に構わないよ」
「そうじゃなくてだな。チケットはあるんだが、4人で入場できるものなんだ。でな、前川先輩が圭太と圭太の連れて来る子の4人でどうだろうと言ってるんだ」
「それって、つまり」
「ああ。ダブルデートということらしい。ということでな、よろしく頼むわ」
「どういうことだよ?」
「俺が前川先輩と一緒にドリームランドに行くには、お前ともう一人必要という訳だ」
「そんなこと急に言われても」
「慌てるな。ゴールデンウィーク中はめちゃくちゃ混むので中間試験後の試験休みにってことになっている」
「とは言っても、そんな短い期間じゃあ、それほど親密になるのは……。ダブルデートとかハードル高すぎだろ」
「まあ、頑張れ。前川先輩も楽しみにしてるんだ。俺を助けると思ってさ」
「できる限り協力をしたいとは思うけど」
「もう宇嘉ちゃんでいいじゃないか。予行演習だと思えばいい。ああいうところは一度行っておくとスマートにエスコートできるぞ」
「おい。勝手なこと言うなよ」
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