第28話 洗濯
若いというのはそれ自体が価値であり罪でもある。圭太は自分の下着を洗っていた。不覚にも今朝の事故により、パンツをちょっと汚してしまった圭太である。ボクサータイプのパンツを濡らし洗濯石鹸をつけて擦った。少しだけ情けない気もするが仕方ない。
どうせ明日洗濯機で洗うんだからそのままにしておいてもいいのだが、いつ遥香がやってくるか分からない。間の悪さには定評がある。陸上部の練習で汚れたウェアと一緒に下洗いしておいたという体裁をつくろっておく方が無難だった。ごわごわした下着を遥香に発見されてにやにやされたりしたら死ぬ。
一応、染みが分からなくなる程度に洗ったうえでトレーニングウェアと一緒にバケツの中に放り込んでおいた。これで後処理は大丈夫。安堵と共に今朝の刺激についての感慨が湧いて来てしまった。まさかあのような凶器を持っているとは圭太の想像を超えていた。
宇嘉は全体的に細身である。まさにスレンダーという言葉がぴったりの体型をしていた。それなのにスカートの中に隠し持っていたヒップのボリュームは若い圭太を翻弄するに十分な迫力を持っていた。あと5分あの体勢が続いていたら圭太は一度帰宅する羽目になっていただろう。
圭太は自分の未熟さを反省した。危うく事故が起きそうだったことは別にしても、昼休みに結局ランチルームに連行されてお昼を一緒に食べてしまったことは己の弱さの証明である。宇嘉の持って来た弁当は申し分なく、圭太の朝食を取っていない胃袋をがっちりと掴んでいた。ボリュームがありながら、くどさやしつこさが無く、するすると食道を通っていくメニューばかりであった。
まるで、朝食を食べていないことを見透かしたような料理の数々を食べながら、朝聞きそびれた疑問をぶつけてみた。
「あのさ。昨日のことで俺に愛想をつかしたんじゃないかと思っていたんだけど」
「そう?」
宇嘉の返事はあっさりしたもので、その感情は全く圭太には読み取れなかった。
結局、食事中も当たり障りのないことしか話をすることができず、部活を終えて一緒に帰宅する間にも、今後のことについて宇嘉の気持ちを聞きだせないままだった。もうすぐ4月の終わりを迎えるというのに彼女はどうするのだろうか?
宇嘉との関係については、完全に受け身なのだが、それに流されていくのも不快ではない。父親の発言を真に受けるつもりもないが、現実を考えると圭太の進むべき道は限られている。全く上手くいく当てがないが、自らの趣味嗜好を追求するのか、それとも流されていくのか。
バケツの中に沈み込むパンツ他を前に考え込む圭太。しかし、思考はどうしても今朝の鮮明な記憶に戻っていってしまう。柔らかくそれでいて適度な弾力のあるものを思い出しているうちに再び圭太は血流が集中していくのを感じる。洗い物をしていたため替えたパンツ一丁しか履いていないのでテントを張っているのは一目瞭然だった。
まあ、どうせ俺一人だから問題はないんだが、やっぱり処理しないと収まりがつかないかもな、と思って振り返ると遥香が立っていた。
「ただいま」
「おわっ。びっくりするじゃんか」
「それはこっちの……」
遥香の言葉がしりすぼみになり、視線が下の方を向いていた。みるみるうちに顔いっぱいに笑みが広がる。
「あらら。圭ちゃん。どうしちゃったの? お母さんに会うのが久しぶりで興奮しちゃった?」
「誰が興奮するかっ!」
「だって、すごく興奮してるじゃない」
顔に血が上り真っ赤になりながら圭太はしどろもどろする。
「こ、これは……」
「まあ、年頃ですものね。うふふ」
***
圭太の自尊心がさらさらと音をたてて崩れ落ちている頃、隣家でも山吹が昇天しかかっていた。
表面上は仕方ないという風情を装いながら内心はウキウキでAVルームにやってきた宇嘉だったが、あれ? と山吹が言い出した辺りから雲行きが怪しくなったのだった。
「ねえ。確かにこの間まではあったわよね。石見?」
「私が知るわけ無いでしょ」
「リアルタイムでは一緒に見たじゃない」
「私はそのとき一度きり、しかもチラっと見ただけだから」
「一昨日再生した時は確かにあったのよ」
「どうして再生する必要があるのかしらあ?」
「記憶を新たにするためといいますか。何度見ても……」
「いいから、さっさと見せなさい」
余裕をかなぐり捨てた宇嘉が命令する。
「それが見当たらないんです」
山吹が困惑した顔を告げた。それに対して、宇嘉が詰め寄る。
「うう。お嬢様。死ぬ。落ち着いてください」
「圭太の映像はどこにやったの? 今すぐ出しなさい」
山吹の首を締め上げる宇嘉を横目にマウスをカチカチさせていた石見が言った。
「ああ。容量不足で上書きされてしまったようですね。今残っている最も古い日付のものはお嬢様が対決した日の翌々日のものです。だいたい2週間でファイル容量が一杯になるからそんなもんじゃないですか」
振り返った宇嘉が鼻息も荒く問い返す。
「別にその日じゃなくてもいいわ。他の日のでもいいから」
「あれ? お嬢様、別に興味がないんじゃ?」
「あんた達二人が見て、私だけが見ていないなんて不公平でしょう」
「不公平とかそういう問題ですか?」
「そういう問題です」
宇嘉と山吹の不毛な掛け合いを冷ややかに見ていた石見だったが、そろそろ飽きて来たのか冷厳たる事実を告げる。
「私が知る限り、圭太様が大きくされたのを録画したのはそのとき限りですね。最近は窓を閉めてお風呂に入られるようになりましたし」
「そんな……」
床にへたりこむ宇嘉。山吹もうなだれている。
「やっぱり、コピーしてディスクに保存しておくべきだったわ」
「まあ、お嬢様も仰るように、お二人が結ばれれば、腐るほど見ることができますから」
「そうね。無くなったものを嘆いても仕方ないわ。どうやったら、その日を一日でも早く実現できるかを考えるべきね。それはそうと、あなた達、見たものは忘れなさい」
「はい。忘れました」
石見は即答するが、山吹は反応が鈍い。
「いやあ、忘れようと思ってもそう簡単に忘れられそうに……」
「面倒なことになるから忘れなさい。1、2、3、はい」
石見が山吹の目の前で手を叩く。きょとんしていた山吹だったが、宇嘉が部屋の隅に置いてあるハンマーの方に歩き出すのを見ると態度を変えた。
「はい。完全に忘れました。血管が浮いた立派なアレなんて全然覚えてません」
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