第27話 生理現象
うう。眠い。圭太は眠い目を擦りながら、学校に行く支度をしていた。結局、敏郎は11時半の閉店まで店で圭太相手にくだを巻き、楽しく飲んだのだった。酔いつぶれるということは無いので介抱する必要はないのだが、付き合わされた圭太にしてみれば、それでもいい迷惑である。
結構飲んだのに敏郎は朝早くから起きだして颯爽と出勤していた。職場で、昨日は息子と楽しく飲んだと自慢するためだ。上司の息子の片思いの相手がデカパイとか聞かされる立場には同情を禁じ得ないが、これもまた修行である。一応、部下想いの頼りになる上司だけに多少のアラには目をつぶってやらざるをえない。
寝坊した圭太は朝食を取れなかったが、まあ昼飯が多いし丁度いいかと考えて、昨日のことを想いだした。そういえば、宇嘉には愛想をつかされたんだった。今さら昼の準備をする時間も無い。駅までダッシュして間に合うかどうかの時間だった。慌てて鞄を持ち玄関の鍵をかけて振り返ると宇嘉がぴょこんと門の所から顔を出した。
「あ……」
「遅いよ。圭太。遅刻しちゃう」
宇嘉は圭太の手を掴むと勢いよく走り出す。
「ほら、急いで、急いで。ハリー、ハリー」
「あのさ……」
「走りながら話してると舌噛むわよ」
「えーと、俺のことを、あ、痛っ」
宇嘉は横目でチラリと圭太を見て、言わんこっちゃないという表情をしたが何も言わなかった。
駅の改札を抜けて階段を上り下りすると、丁度入線してきた電車から人が降りてきているところだった。息を切らした圭太を中に押し込むようにして宇嘉が飛び乗るとドアが閉まる。電車はいつもより2・3本遅いだけだったが込み具合は比較にならなかった。
カーブに差し掛かると人の波が二人をドアに押し付ける。健気にもドアに手をついて圭太は体を支えようとしたが腕力だけではどうしようもなく体が宇嘉にぎゅっと押し付けられてしまう。電車に乗る際に次にドアが開く時のために体を回転させていたので体の前面が宇嘉と密着する形になった。
宇嘉もドアの方を向いていたため、圭太の下半身は二つの膨らみに押し付けられる。体の一部は正確にその柔らかな触感を余すところなく脳に伝達し、健康な若い男性に避けえない生理現象をもたらす。慌てて腕にさらに力を込めるがどうしようもなかった。宇嘉が吐息を漏らして、ドアのガラス窓にくもりが広がる。
天国のような地獄のような時間が過ぎ、電車が減速して体が横にずれる。大勢に押されて圭太の一部は宇嘉の体の谷間にぴたりと収まってしまう。反対側のドアが開いて、少し圧力が弱まったと思ったら、また物凄い力でドア、つまり宇嘉の方に体が押されていた。それから、二人が降りる駅でこちら側のドアが開くまで二人はそのままだった。
ドアが開くやいなや、どっと押し出され、つんのめりそうになる圭太の腕を宇嘉が支える。先ほど走ったせいなのかどうかほんのりと頬を上気させて呼吸が浅い。深く2・3回呼吸をすると、笑顔を見せて言う。
「さ、何とか間に合いそうだから、学校まで走ろう」
とある理由で走りにくい事情が圭太にはあったが、それには構わず、宇嘉は圭太を急き立てる。同じように遅刻を回避しようと走る生徒に混じって、宇嘉と圭太は走って校門に駆け込んだ。昇降口で別れて廊下に足を踏み入れたところで、キンコンカンコーンと鳴り始める。階段を2段飛ばしで駆け上がり教室に滑り込んだ時には最後の1小節を残していた。
***
うふ。うふふ。うふふふふ。
「圭太にドアに押し付けられたの」
ねえ。聞いて、聞いて、と家に帰るなり、石見と山吹を呼びつけて、今日の登校時の出来事を話して聞かせる宇嘉だった。
「あのね。圭太が私が潰れないようにって、私をガードしようとしてくれたんだけど、満員の圧力に負けちゃって。うふ」
宇嘉の目が潤み、はあ、と形の良い唇から息を吐く。
「あのー。お嬢様、もしもーし」
「ちょっと別世界にイッちゃってるわね。まあ、あんたの胸を切り裂こうって話じゃないから安心して見てられるけど」
「ちょっと、やめてよ。急転直下、そんな話になったらどうすんのよ」
宇嘉の霞がかかったような目が元に戻り、口元を拭った。
「私としたことが我を忘れるとは……。うふふ。でもねえ。圭太が私に体を密着させて、興奮してたの」
「興奮したと言いますと?」
「馬鹿ねえ。石見。おっきしてたに決まってんじゃない」
「布地越しにも分かるほど、硬直させてました。やっと私の魅力に目覚めてもらえたのです」
「あー。盛り上がってるところ水を差すようですが、男ってのは刺激を与えると誰でもOKみたいな」
「ちょっと、馬鹿はどっちよ。折角、上機嫌なのに余計なことを」
「いいのですよ。石見。私だってそれぐらいのことは分かっています。圭太も年頃の男であることと、私がどうしても無理な相手ではないことが分かっただけで十分です。それに……」
宇嘉は頬を赤らめる。
「圭太がその……立派に成長しているのが確認できましたから」
「ですよねえ。見かけによらず立派ですよね」
恍惚とした表情が一気に険しくなり、宇嘉は山吹に詰め寄った。石見は上を見て手を額に当てた。まったく、余計なことを言わなければいいのに。
「山吹。ど・う・い・う、ことかしら?」
一音節ずつ区切って言う宇嘉にやっと山吹は事態を把握する。
「あ。お嬢様。誤解です。別にちょっと味見したとかそういうことじゃないんです。まあ、お試ししてみたいなとは思いますけど。そうじゃなくて、見ただけです。見ただけ」
「どうして、あなたが圭太のを見たことがあるのかしらあ?」
「いつもの監視業務の一環です。圭太様の入浴時に偶々大きくなることがありまして。あ、お嬢様もご覧になります? 録画があると思いますけど」
「いえ。わざわざ見るには及びません。いずれ直にいくらでも観察する機会はあるでしょうから」
どう見ても無理している感じがありありとしている宇嘉に対して、山吹は食い下がる。
「私が不貞を働いたのではなく、正当な業務中に偶然目撃したということを確認して頂かないと疑念が残るのではありませんか?」
「ま、まあ、そうね。確かに私に疑われたままであるというのは山吹も気分が悪いでしょうね」
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