第26話 恋愛相談
「ど、ど、どうしよう?」
「お嬢様落ち着いてください」
「だって、もう10時になるのに圭太が帰って来ないのよ」
宇嘉が2階の窓から覗く隣家には全く明かりが灯っておらず無人なのは明白だった。
「高校生ですから、どこかで遊んでいるのでしょう。ほら、前から知り合いの藤井でしたっけ、その人とじゃないですかね」
「ああっ。私がそっけなくしたので人生に悲観して、川に身を投げたのかもしれません」
後ろにいる石見と山吹は顔を見合わせた。それは無いだろ、という顔をしている。
「お言葉ですが、そこまでお嬢様との仲は深いものとは見えませんでしたが……」
宇嘉はキッと睨みつけ、二人は慌ててフォローに入る。
「ごほん。それはともかく、圭太さまがそこまで柔弱でないことはお嬢様も良く
ご存じでしょう?」
「そうね。だとしたら、その辺の安酒場で憂さ晴らしに酒を飲んで補導されたりしているのでしょうか?」
「さすがにそれは無理がありすぎじゃないでしょうか?」
「だったら、なんで帰って来ないのよ?」
「なぜでしょうね?」
「うー。一刻も早く勘違いを謝って、お詫びにあの市川という女と同じように無理やり胸を触らせようと思っているのに」
「それはどうでしょうか?」
「確かに無理やり触らせられたとはいえ、すぐに手を離さなかった以上、圭太も心の中では触りたいと思っているに違いありません。その要望を叶えようというののどこがいけないというのです?」
沈黙する二人の目が注がれる自分の胸元を見て、宇嘉は力説する。
「大きければいいというものではありません。肌触り、温度、感度も大切です」
「とか言いながら、涙声になってますけど」
「そんなことは無いわよ。それにしても遅い……」
***
宇嘉たち3人をそれぞれの思いでやきもきさせている張本人は、父親の惚気話を聞いてうんざりしていた。敏郎が酔っ払うたびに聞かされる話なので、いい加減に耳にたこができるぐらいだ。年頃の息子と楽しく飲めるという、ある意味非常に希少な体験に気を良くした敏郎がもう1軒行こうと言い出したのだった。
半個室の部屋に押し込んだので際どい敏郎の話が始まってもとりあえずは一安心。適当に相手をしつつ、時折、ビールを注いでやったりする圭太だった。
「こうやって未成年の息子と差し向かいで飲んでる俺が言うのもどうかと思うが、圭太はこんなところに居ていいのか?」
「まさに、おまゆう、だな」
「なるほど、確かにお前が言うなだな」
「まあ、一日ぐらい机に向かわなくても問題はねえよ」
敏郎は箸を圭太に突き付ける。
「そうじゃない。もっと、青春な話だ。せっかく共学に転校したんだ。少しは気になる女の子とかいるだろう?」
「箸を他人に向けるなよ。まあ、男ばかりの環境よりはいいのは確かだ」
「ほうほう。それで、できたか?」
敏郎は小指を立てる。
「なあ、親父。会社の部下にそんな話とか聞いてねえだろうな?」
「もちろんだ。今はコンプライアンスとかセクハラとかモラハラとかうるさい時代だからな。向こうから言い出さない限りは聞かないぞ」
「だったら、なんで俺には聞くんだ?」
「別にいいじゃん」
「良くねえよ」
「ああ。お前友達無くすぞ。ほら、こういう時に人の話ばかり聞いて自分のことを言わないと嫌がられるからな。父さんは、母さんとのことは包み隠さず話してるんだから、たまにはお前の話を聞かせろ」
「無茶苦茶だな」
「何がだ。年頃の男同士が集まったら、そういう話で盛り上がるもんだろう。修学旅行とかそれで2派に別れたりするしな。あ、ひょっとして、お父さん地雷踏んじゃった? まだ、手をつないだこともなかったりする?」
「いい加減にしねえと殴るぞ」
「お巡りさん。息子が家庭内暴力を振るいます。助けてー」
圭太は盛大に溜息をつく。
「あのなあ。普通なら、こんなしょーもない話に付き合ってやってるだけで有難いと思え」
「思ってるよ」
「は?」
「だから、お父さんは圭太のことを大切に思ってるし、とってもいい息子だと思ってる。会社でも皆に自慢してるぞ」
「なんだよ。気持ち悪いな。俺のことをなんて言ってるんだ?」
「まあ、色々。それよりも、はぐらかさないで教えろよ。男同士だろ」
赤い顔をして問い詰めてくる敏郎は完全にセクハラオヤジである。
「なあ、気になる相手がいるのかどうかだけでいいからさ。教えろよ。な?」
な? じゃねえよ。何が悲しくて父親に好きな子の話をせにゃならんのだ? 睨みつけてやったが、眼鏡の奥で目を光らせ答えを待っている敏郎を前に圭太はすべてがどうでも良くなった。
「いる」
「おお、そうか。で、どんな子だ?」
ナチュラルにほんの数秒前の約束を反故にする敏郎。それを指摘してみたところで、
「もう、そこまで言ったのなら、もうちょっと言っちゃいなよ。水臭いなあ」
「お前はビール臭えよ。つーか。もういいだろ」
「じゃあ、どこまで進んだ? ちゃんと避妊はしろよ。まだ学生なんだから」
「飛躍しすぎだ。まだ、手も握ったこともねえよ」
つい、うっかり引っかかって言ってしまい圭太は後悔する。
「そうか。まあ、相手のあることだしな」
情けないとか言われるとか思ったら、意外とあっさりした反応だった。
「多少は強引にリードすることも時には有効だが、相手の嫌がることをしてもしょうがない。まあ、頑張れ」
「なんだよ。ここまで聞いたら、先輩としてアドバイスの一つもあって良いんじゃないか?」
「そりゃ無理ってもんだ」
「少しは何か言えよ。最初のアプローチが難しいんだからさ」
「そんなこと言ったって、俺は遥香に押されっぱなしだったからな。気づいたら、抱きしめてキスしてた」
遠い目をする敏郎に圭太は心底がっかりした声をぶつける。
「ぜんっぜん、参考にならないじゃないか」
「すまん。ただなあ。俺がそうだったから言う訳じゃないんだが、向こうにリードされるのも悪くは無いぞ。もう、男とか女とかそういう時代じゃ無いんだから。うまくできる方がひっぱりゃいいと思うけどな」
「いい話にしようとしてるけど、要はただ流されたってだけじゃねえか」
敏郎は胡瓜の漬物をカリリと噛んで言う。
「それのどこが悪い? 結果として、俺は遥香と結ばれて幸せだ。お前という立派な息子もいるしな。全然不満はないぞ」
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