第25話 駅前にて

 圭太は涼介と別れて家路につく。涼介がこれから楽しいひと時を過ごすのだと思うと我が身との差が辛い。まあ、1年分の差があるとはいえ、こちらは後藤寺さんとまだ口をきくのがやっとの関係だ。一応、宇嘉との約束で4月末までは付き合ってることになっているのでアプローチもままならない。


 今日の事件で、4月末まで数日を残した状態でカップル解消ということになるのかもしれないが、この先もなかなかに難しい。別れてすぐに声をかけたりしたら、軽い男と思われてしまいそうだ。普段の振る舞いから後藤寺さんはそういう行為を軽蔑しそうな気がしてならない。


 圭太は普段の数倍真剣な表情で考えた。楽しい高校ライフを満喫するために何とかしていい方法を考えなくてはならない。宇嘉がすっぱりと圭太に見切りをつけてくれるのであれば、振られた男というポジションで後藤寺さんに相談してみるという手はあるかもしれないと圭太は考える。


 図書委員として活動しているときの姿から考えても、間違いなく後藤寺さんは真面目なタイプだ。頼られると親身になって相談に乗ってくれそうな気がする。女性の気持ちを汲み取れるようになる本がないかレファレンスサービスにかこつけて聞いて見るというのも悪くなさそうだ。


 圭太は、当面の方針が決まりそうだと物思いから意識を戻す。気が付くと最寄り駅に着いており、ドアが開いて人が乗ってくるところだった。すいません、と慌てて電車を降りる。ふう、危うく乗り過ごすところだった、と思いながら、家へとテクテク歩き出した。


 そんな圭太の肩を誰かがポンと叩く。振り返ると敏郎が立っていた。

「なんだよ。びっくりするじゃないか」

「すまん、すまん」

「今日は随分と早いじゃないか。どういう風の吹き回しだよ?」


「まあ、仕事も一区切りついたので、出先からそのまま帰らせてもらったんだ」

「ふーん」

「面倒くさいから、その辺で夕飯食ってくか?」

「別に構わないけど」

「じゃあ、大野屋でいいか?」


 圭太は頷くと敏郎と連れだって横町に入っていく。すぐに大野屋に着いた。どこの町にもあるような中華料理屋だが、餃子は恐ろしく美味い。雑誌の特集で取り上げられたこともある店だった。ただ、麺類はイマイチだった。なんというか、普通に不味い。スープ、麺、具のそれぞれが微妙に平均を下回り、トータルとしては、その代金で餃子を食えば良かったという感想になる。


「大瓶とジンジャーエール、それと餃子4人前、チャーシューとメンマも下さい」

 二人掛けのテーブルに案内された敏郎がてきぱきと注文をする。コップにビールを注ぐと敏郎はそれを掲げて一気に飲み干した。

「ぷはあ。仕事の後のビールは最高だな」


 また手酌でビールを注ぐと今度は味わうようにゆっくりと飲む。

「お前もあと3年経ったら、大手を振ってここで飲めるな」

「別に俺はビールをそれほど飲みたいとは思わないけどな」

「そう言うなって。大人になってからじゃないとできないことが残ってないと人生つまらんだろ?」


 運ばれてきたチャーシューに箸を伸ばしながら言う敏郎に圭太はあいまいな返事をする。

「そんなもんかねえ」

「ああ、そうさ」


「オヤジは、オフクロが居るだけで人生最高だ、とか言ってなかったっけ?」

「ああ、もちろんその通りだ。だけど、遥香ほどの女性は世の中に滅多にいないからな。圭太がそんな相手に恵まれるとは限らんだろ」

「なに、俺の人生に悲観的な見通しをしてんだよ。つーか、毎度のことだが、そんなにオフクロのこと褒めて恥ずかしくないのか?」


「お待たせしました」

 どん、とテーブルに大皿が置かれる。焼き餃子を口に運ぶ。他の店よりは厚めの皮が破れて熱々の肉汁が溢れた。しっかり下味が付いているので調味料をつけなくてもそのままで美味しい。


「ひぇんひぇん」

 敏郎が口に餃子を入れたまま言う。ごくんと飲み下し、ビールを飲む。

「ぜんぜん。だって事実だからな」

 大真面目な顔で言う父親を見ながら、圭太は黙って2つ目の餃子に手を伸ばす。こう言うだろうということは予想していた。


 さらに口を開こうとする敏郎を圭太は制止する。

「オープンスペースでオフクロの良いところを数え上げなくていいからな。特にアッチ方面のことなんて絶対に言うなよ」

「俺だってそれぐらいはわきまえてるさ」


 どうだか、と思いながら圭太はまた餃子を食べる。ふと思いついて質問してみた。

「今でも仲がいいけど、出会ったときはどうだったんだ?」

「ん? いつも言っているだろ。まさに青天の霹靂だったな。体中に100万ボルトの電流が流れたように感じたね」


「いや、そうじゃなくてだな。オヤジからアプローチしたのか?」

 敏郎はモグモグと餃子を咀嚼していたが、急にニヤッとした笑みを浮かべる。

「おやおや、圭太。急にそんなことを質問してどうしたんだ?」

「いや、その日のうちに何をしたかは何度も聞かされてるけど、どっちからアプローチしたのかって話は聞いたことがないと単純に思っただけさ」


「うん。まあ、お前だから言うが、実を言うとだな。あ、大瓶1本追加ね」

「今日は随分飲むんだな。大丈夫なのか?」

「ああ。遥香がいないからな」

「意味が分からん」


 敏郎はぐいと身を乗り出して圭太に囁く。

「飲みすぎるとだな。起たなくなるんだよ」

 身を元に戻すと背もたれに体を預けて言った。

「大事なことなので覚えておきなさい」


 圭太は頭が痛い。他所に比べるとこの年頃で父親と普通に会話できているというのは少々世間とは異なるそうなのだが、会話の中身がこれである。大事なことって、飲みすぎると勃起しなくなることとかどうでも……良くはないか。確かに大事かもしれない。


「ところで話がずれたんだが、さっきの俺の質問なんだけど」

「ああ。悪いな。実はだな」

 油にまみれた敏郎の口がほんの少しのためらいを見せる。

「遥香の方から猛アタックを受けたんだ。それはもう周囲が驚くぐらいの勢いで」


「ふーん」

「あれ? 全然驚かないんだな」

「まあ、普段のあの人を見ていたら、別に驚かないよ」

「あの人とか呼ぶのはどうなんだ? というか、ほら、やっぱりアプローチは男からじゃないととか思わないか?」

「別に」

 そう言いながら、圭太は宇嘉の事を思い出していた。

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