第24話 涼介の惚気

 宇嘉が石見から衝撃の発言を聞いた時から遡ること約1時間。


「なんだ。まだ生きていたか」

「やめろよ。縁起でもねえ」

 ぼーっと歩いていた圭太は涼介に声をかけられた。

「手足はついているようだが、魂でも持っていかれたか?」

「いや。そうじゃないというか、何がなんだか訳が分からねえ」


 連れだってやって来たファーストフードチェーンの固いプラスティックの席に腰を落ち着けて圭太は涼介に話を聞かせた。ふんふんと聞いていた涼介はぼそりと呟く。

「なるほど」

「何がなるほどなんだよ」


 涼介はいきなり両手を合わせて頭を下げた。

「いやあ、悪い悪い。俺の調査に漏れがあったことに気づいたんだが、イマイチ確信が持てなかったんだ。まあ、俺の考えを聞かせよう」

 涼介は椅子の固さが気になるようで尻をずらした。


「要はお前と宇嘉ちゃんの仲を裂こうという作戦だな」

「いや、それは意味が分からないぞ」

「実際、宇嘉ちゃんは怒って家に帰っちまったんだろ。取りあえず作戦は成功したわけだ。そりゃ、形だけとはいえ付き合ってる相手が居るのに胸揉むとかありえないだろ。しかも、それに巨対貧という人類の歴史を賭けてきた長い宿怨が絡むんだからな」


「それはそうだが、市川さんはなぜそんな面倒くさいことをするんだ? やはり……」

「あ、そんな期待の籠った目をするな。お前の予想は外れてるから。市川さんはお前なんか眼中にない」


 涼介の遠慮のない発言に圭太は激しく動揺する。

「あまりにそれはひどくね?」

「だって、お前が触った胸、ガッチガチだったんだろ。きっと服の下に胸当てつけてさらしでグルグル巻いていたに違いないぜ。策略の為とはいえお前に触られるのが嫌だったんだろう」


「増々意味が分からないんだが。じゃあ、なんで市川さんは俺と宇嘉の間を裂こうっていうんだ?」

「圭太。お前も既成概念から逃れられないんだな。簡単なことだよ。市川さんの狙いは宇嘉ちゃんさ。彼女を狙っているんだよ」

「ほへ」


「いやあ、あのでっかい胸には騙されるよな。だけど、考えても見ろよ、あの男勝りな性格と空手の腕前。さっき、お前の事を眼中に無いと言ったが、正確には男には興味がねえんだと思う。そういうことなのさ」

 圭太は言葉が継げない。


「ということで、市川さんの狙いは宇嘉ちゃんだが、肝心のカノジョは何故かお前に熱をあげている。で、お前の性癖を察した市川さんが罠を仕掛けたと俺はみているんだ。まあ、でも良かったじゃないか。わざわざこんなまわりくどい手を使ってくれたんだからさ」


「そうか? 何もいい事なんかないと思うんだが」

「いや、考えても見ろよ。市川さんにとってみればお前は恋路の障害となる邪魔者でしかない。しかも、ゴミぐらいにしか思っていないんだぞ。実力で排除しようとしたらどうなる? お前なんか……」

 涼介は空になったハンバーガーの容器を潰した。


「あっという間にこうなっちまうだろ」

 圭太の膝がしらが震えだす。先日の宇嘉との戦いを見る限り勝ち目は全く無かった。

「だから、さっき生きていたか、と言ったんだな」


「ああ。お前がペットのワンコよろしく市川さんについていった姿を見送ってから、そのことに思い当たってな。もちろん、そんなことをすれば逆効果でしかないんだが。宇嘉ちゃんは自分のせいでお前が傷ついたと知ったら増々責任を感じそうだろ?」


「まあそうかもしらん」

「でも、まあ、結果としては良かったじゃないか。これで宇嘉ちゃんがお前に愛想をつかすというのならお前の願った通り。市川さんも体育館裏のことを言いふらすことは無いだろうし、ほぼ無傷で関係解消じゃないか」


「そうか」

 圭太の顔に笑顔が戻る。宇嘉の気持ちを傷つけてしまったかもしれないが、こうなった方がお互いに良かったのだ。宇嘉ならばすぐに素敵な相手が名乗りを上げるだろう。そして、俺は俺の好みを追求できる。


「しかし、こうなるとお前が目を付けた3人のうち、2人が消えた訳か。ということは後藤寺さん一択だな。後藤寺さんは市川さんとは別の意味で男嫌いだから、それはそれで難しいぞ。さやか先輩は心の広い素敵な女性だからな。俺の嘗め回すような視線も大きな胸で受け止めてくれる。あの境地になるには時間がかかりそうだ」


 自分でイヤラシイ視線をしていると自覚しているのかよ、大きな胸で受け止めるって意味が違うだろ、ツッコミどころ満載だな、と圭太は思った。

「ところで、お前の大事なさやか先輩はどうしたんだ?」

「ほら、今日は各部の部長による会議なんだ」


 部活の運営はそれはそれで大変なのだそうだ。取り立てて有力な部活が無いので逆に各部が予算獲得や部室確保でしのぎを削っているのだという。所属人数、過去大会での実績、部員の素行など、いくつかの要素が絡み合い、さらに部長同士の駆け引きもあるようだ。


「それでな。さやか先輩は部長会議が終わるとすんごく疲れるんだ。頭痛がひどくなると言ってな。俺が念入りに肩をマッサージをする」

 涼介はそこで言葉を切った。圭太はかすれ声で質問する。

「まさか、マッサージをするのは肩だけじゃないとか言うんじゃないだろうな」


「はは。まさか、部室でそんなことをするわけにはいかないだろう。さやか先輩も書類仕事を片付けなきゃいけないからな」

「なんだ。そうだよな」


 涼介はいつものように爽やかに笑った。さすがは王子と呼ばれるだけのことはある。口を開きさえしなければいい男なのだった。

「まあ、その後のことだが、夕方のラッシュアワーになるとさやか先輩に寄ってくるハイエナが多いから家まではエスコートしなくてはならない」


「リョウスケ。お前家は反対方面だろ?」

「それはたいした問題じゃない。でだ。最寄り駅で、じゃあね、とはならないわけだ。そりゃそうだよな。まあ、駅からそう遠くはないし。当然家まで送る」

 圭太の喉がごくりとなった。


「さやか先輩のご両親は仕事で帰りが21時ぐらいになることが多い。弟さんがいるが受験生でな、今日は塾が終わるのはやはり21時過ぎだ」

「ということは……」

「混んだ電車に乗るのも大変だよな。なかなかに肩が凝る。それで、マッサージの続きをすることになるのだが、もちろん、さやか先輩は一方的に俺に奉仕させるようなヒトじゃないぞ」

 やっぱりそうなるのかよ。圭太は羨望の眼差しを向けた。

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