第20話 メイド服

「お帰りなさいませ。ご主人様」

 あっけにとられる圭太の前で、宇嘉は可愛らしく腰をかがめて見せた。ゴシック風のドレスはウエストが絞り込まれており、元々細い宇嘉の細さを際立たせている。決して胸があるわけでは無いが、ウエストの細さとの対比でいい感じだった。


 圭太と別れたあとで急いで帰宅した宇嘉はシャワーを浴びて、冴子との対決の際の汗を流し念入りに体を洗う。新しい下着を身に着けると石見に用意させておいたメイド服に着替えたのだった。圭太の反応から、これは有望だと判断し、着替えてのお迎えである。


「ご主人様。どうぞ、こちらへ」

 宇嘉は廊下を通って、一つの部屋に圭太を案内する。元々は和室だったものに真っ赤な羅紗を敷き、テーブルを置いた洋間だった。背もたれに彫刻の施されたヴィクトリア調のアンティーク家具と宇嘉の服装が良くマッチしている。


 ラフな普段着の圭太は、自分だけタイムスリップしたような気恥ずかしさを覚えながらも勧められた椅子に腰かける。向かいの席に腰を落ち着けた宇嘉は大人しく教科書とノートを広げた。何か仕掛けて来るんじゃないかと構えていた圭太は拍子抜けした気分で自分も勉強を始める。


 1時間ほど集中して取り組んだ後で、宇嘉がおずおずと声をかける。

「ご主人様。無知なメイドにこの問題を教えてくださいませ」

 宇嘉はあくまでロールプレイをするつもりらしい。滑らせてきた教科書に目を通すと圭太は言った。


「ああ。確率の問題か。場合の数は分かるよね?」

 圭太の説明に宇嘉は大人しく頷いている。

「なるほど。さすがはご主人様ですわ。非常に分かりやすくお教えいただきありがとうございました」


 褒められれば悪い気はしない圭太である。根は単純なのだ。

「……少し休憩にいたしましょうか」

 圭太が頷くと、宇嘉は小さな鈴を取り出してチリンと鳴らした。待つまでも無く、扉がノックされ、石見がトレイにいくつかの物を載せて入ってきた。テーブルに置くと一礼して引き下がる。


 宇嘉はポットから薄い白磁のカップに紅茶を注ぎながら、圭太に尋ねる。

「ミルクとお砂糖はいかがしますか?」

「ミルクだけ。砂糖はいいや」

 宇嘉は小さなミルクポットから注ぎ、ティースプーンを添えて圭太の前にカップと皿を置いた。皿の上ではプリンがふるんと揺れる。


「ご主人様。どうぞ」

 圭太がスプーンを入れるとプリンは意外としっかりとした固さで中には黒い物が入っている。

「ブランデーに浸けたレーズンを入れてあります」

 自らもプリンを口に運びながら宇嘉は説明した。


「ところで、先ほどの確率の話ですけれど、ご主人様がメイドに手を付ける確率というのはいかほどなのでしょうか?」

 ぶー。圭太は口にした紅茶を吹き出す。宇嘉はあわてず、トレイに添えてあった布巾でテーブルを拭き、次いで圭太の服についた紅茶も水で濡らした布巾でふき取り始める。


 床に膝をついて熱心に圭太の服を拭く宇嘉の手がズボンに及びそうになって、圭太は慌てて布巾を奪い自分でこすり始めた。

「ご主人様。そのようなことは私にお任せください」

「いや。いいよ。自分でやるから。それよりも、紅茶のお替りが欲しいかな」

「……畏まりました」


 チャンスとばかりに圭太の体をベタベタしようと企んでいた宇嘉だったがあっさり引き下がる。この辺の呼吸は圭太には計りがたい。紅茶のお代わりを運んできた宇嘉の胸元を見ると白いブラウスに薄茶色の染みが点々とついていた。

「あ。ごめん。宇嘉の服も汚しちゃって」


「後で洗いますから、大丈夫です」

「紅茶の色は落ちにくいから早く拭いた方がいいかも」

「では、お言葉に甘えて、お願いいたします」

 宇嘉は嬉しそうに身をかがめて胸元を突き出した。


 すっかりメイドとしての役割は放棄して、圭太に甘えている。さあ、その手にした布巾で私のブラウスを拭いてちょうだい。想定外のアクシデントであったが利用する気満々であった。圭太は自分で言い出した手前、今更できないというわけにもいかず、手を伸ばしてブラウスの汚れに布巾を当てようとして気づいた。


 宇嘉はノーブラだった。ブラウスの下には薄いキャミソールしか身に着けていない。元々ブラの補整を受けなくても垂れることのない胸であった。固まったように動かなくなった圭太はブラウスの2点を凝視している。

「ねえ。早く。染みになっちゃうっていってたじゃない」


 宇嘉は更に身をかがめる。圭太は無我夢中でブラウスに布巾を当てた。ふに。ささやかとはいえ膨らみの柔らかさを感じてしまい、圭太は動揺する。や、柔らかい。なるべく刺激しないように、布巾を押し当て紅茶の汚れを写し取る。数カ所の汚れを押さえ終わると、圭太は声を絞り出した。


「お、お終い。拭き終わったよ」

 ふうぅ。宇嘉は変な声を漏らして身を起こす。すっかり上気していた。

「もうちょっと綺麗になりそうですが、これ以上ご主人様に甘えるわけにはいかないですわね」


 圭太の手から布巾を受け取り、宇嘉は乱暴にブラウスをこすった。宇嘉の手の動きに合わせて胸の部分の形が変わる。宇嘉は顔を上げると圭太に言った。

「ご主人様、ありがとうございました」

「ああ。うん」


 それから、何事も無かったかのようにプリンと紅茶を片付けると、再び、教科書とノートを広げて二人は勉強を始める。宇嘉は時折そっと顔を少しだけ上げて睫毛の隙間から圭太の様子を盗み見る。先ほどまでと比べると圭太の手の動きはゆっくりとなっていた。


 それはそうだろう。圭太は感動していた。布地ごしとはいえ、初めて手で触った胸の感触を全ての記憶容量を使って保存しようとしている。ごく薄い布ごしで直ではなくても、この衝撃であった。直接だとどうなってしまうのだろうか。ましてや、後藤寺さんや市川さんのような大きな物であったなら。俺は息が止まってしまうのではないだろうか。


 圭太は興奮していたがそれを宇嘉に悟られないように必死だった。もし、今自分の体の一部が元気になっていることを知られたら確実に襲われるだろうという予感がある。そうなってしまったら自分では抵抗できないだろうことも。そして、うまくリードできず、惨めな結果になりそうでとても怖かった。

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