第21話 それぞれの入浴

 結局、圭太は宇嘉の家で夕食までご馳走になって帰った。仕事が落ち着かない敏郎から今日も遅くなるとの連絡があってのことである。折角だから、お風呂も入っていったらという提案だけは固辞して帰って来た。お背中流しましたのに、と唇を尖らす宇嘉に詫びて圭太は家に帰る。


 うっかり了承しようものなら、流されるのは背中だけでは済みそうにない。危ないところだった。そう思いながら、圭太は自宅の湯船に身を沈める。無駄にでかい湯船だった。しかも四角い規格品ではなく、貝殻の形をしている。立ち上がればボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』ごっこができそうだった。


 どうして、そんな湯船になっているかだが、言わずもがなである。両親が初めてお泊りしたペンションのお風呂がそうだったとかで、記念の為にわざわざ特注して作らせたのだった。何の記念だかは圭太は何度も聞かされているのだが、ここでは敢えて語らない。というか、語れない。


 圭太は腰から上をお湯から出して、窓から入ってきた夜風に当てる。お湯にのぼせただけでなく、圭太の想いは乱れていた。宇嘉がその気らしいのは分かっている。なぜ俺を、と思わなくもないが、周囲から見れば羨ましい限りなのだろうということも理解していた。


 しかし、意外とロマンチストな圭太にしてみると、あまりにストレートなお誘いにはなかなか乗りがたいのであった。ばーん、とモロ見えよりは、見えるか見えないかというギリギリのラインに趣を感じてしまう。もののあはれを感じるDNAなのであった。


 そういう意味では、今日のブラウス越しに透けて見える突起はヤバかった。大きいのが好みであったが、乳首と乳輪は大きくない方がいいという誠にメンドクサイ好みの圭太である。ピンク色にツンと突き出たものを思い出して、圭太は体が反応してしまい、ザブンと湯船に浸かる。


 一応、窓の外には目隠しがあるので、気にすることも無いのだが、夜空に向かって屹立させて平然としていられるほど、圭太もまだ人間ができていない。それを人間ができたというのか、単に羞恥心が無くなったとするのかも難しいところである。いずれにせよ、恥ずかしい姿は見られていないと思っている圭太であった。


 しかし、残念ながら、ばっちり見られているのであった。静穏性の高いヘキサコプター「ブルーサンダー」搭載のカメラによって撮影された映像は、山吹の見つめるモニターにはっきりと映し出されていた。業務だから仕方ない、との言い訳をしながら、涎を垂らさんばかりにして凝視している山吹である。


「正直、どこがいいのかと思ってたけど、これはなかなか……」

 思わず独り言が漏れてしまう山吹であった。

「お嬢様の想い人でなければ頂いちゃうんだけどな」

「山吹。思考がダダもれよ。私だからいいけど、お嬢様に聞かれたらどうなっても知らないからね。それと、その口拭きなさいよ」


 じゅる。手ぬぐいを出して口元をぬぐいながら山吹は抗議の声をあげる。

「だって、しょうがないじゃない。ここんところ忙しくて、全然、ボーイハントできてないんだし」

「あー、はいはい。そうでしたね」

「ねえ。石見。あんたも体験すれば分かるって。アレはなかなかいいわよ」


 山吹の発言に石見は取り合わない。

「まあ、ほどほどにしておいてよ。今じゃ、あなたよりもお嬢様の方が実力は上なんだから。あなたを埋める穴とか掘りたくないから」

「はい? 縁起でもない台詞はやめてよ」


「それはこっちのセリフよ。ちょっとは辛抱したら? お嬢様の件が上手くいったらいくらでも相手は探せるんだから」

「ほら。なんか、あまり上手くいきそうにないから、刹那的にアバンチュールに身を任せちゃおうって」


 石見はため息をつく。

「そろそろ少しは学習したら? お嬢様に聞かれたらどうするのよ?」

「今はお風呂に入ってるから大丈夫よ」

「ねえ。この部屋にも録音装置があるって言わなかったっけ?」

「え?」

 みるみる青ざめる山吹を見て、石見は盛大なため息をついた。


 所変わって、檜の湯船に宇嘉がのんびりと浸かっていた。残念なことに窓を閉め切っているので湯気がもうもうと立ち込めており、宇嘉の裸身は全くと言っていいほど晒されていない。宇嘉はお湯の中の手足を大胆にお湯から出してチェックをした。すらりとした手足が湯気の中に見え隠れする。


 それより先の部分は、非常に大変申し訳ないことであるが、お湯の中なので描写することができない。透明なお湯であれば、屈折率に負けずに心眼の補整をかければいいのだが、あいにくと乳白色の入浴剤入りのお風呂であった。群馬県の万座温泉の素が入っている。


「減殺したつもりでしたが、そこそこ跡になっているようですね」

 冴子の突きや蹴りをブロックした時にできた打ち身の跡を見て宇嘉はつぶやく。

「2週間もすれば消えるでしょうけど、それまでは圭太に見せられないですね」

 染み一つない柔肌に付けられたものを見ながらそっと息を吐きだした。今日袖の長いメイド服を着てみせたのも、青黒く変色した肌を圭太に見せたくなかったというのも理由の一つになっていた。


 圭太に間接的に触れられた場所の辺りに手を当てると宇嘉はふうっと息を吐きだす。打ち身とはまた別の意味で、その記憶は宇嘉の肌に刻まれていた。滑かなお湯の中で宇嘉の手が何をどうしているのか。目をつむった宇嘉の呼吸が少し早くなっているようだが、単に長く浸かりすぎて湯あたりをしているのかもしれない。


 またまた、所変わって、AVルームでは山吹が涙目になって石見をかき口説いていた。

「ねえ。私たち親しい同僚でしょ。録音されたファイルがどこにあるか教えて。さっきのセリフを聞かれたら私もう生きていけない」


「心配しなくても陰陽術で活きのいい死体として操ってあげるから」

「ね、石見、冗談よね。ちょっと際どすぎるわよ」

「コントローラー埋めとくのにちょうどいい部分もあるしね」

 石見が山吹の膨らみを指さす。


 絶望の表情を浮かべる山吹に石見がしれっと告げた。

「嘘よ」

「え?」

「録音装置があるってのはウソ。さすがにお嬢様も私たちの漫才を聞いているほど暇じゃないわ」

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