第18話 勝ち負けの賭け
月曜日に学校に行こうと家の門を出ようとした圭太は、宇嘉と鉢合わせをして驚きの声をあげる。実は相手は門のところで待ち伏せをしていたのだが圭太は知らない。
「うわ」
「お早う。圭太」
爽やかに挨拶をすると宇嘉はさっと圭太の腕を掴んで歩きはじめる。宇嘉の肩からは大きなバッグが下がっていた。土曜日に友達宣言をしたがちっとも聞いていなかったかのような態度だ。私は圭太のカノジョなんですからね。全身でそう主張していた。
「えーと」
「圭太。4月中はカップルってことでいいって約束を忘れたわけじゃないよね?」
「ああ、うん」
「じゃあ、いいわ。さ、行きましょう」
高校の最寄り駅に着けば、周囲には同じ学校の生徒で一杯だ。二人並んで仲良く歩く姿は相変わらず注目の的になる。昇降口で上履きに履き替えると宇嘉は軽く手を振る。学年が違うので方向が別なためだ。
「じゃ、お昼休みにね」
宇嘉の姿が視界から消えると同時に圭太の側に涼介が寄ってくる。抜け忍を見つけた追っ手のような声だった。
「やはり裏切ったな」
「なんだよ。朝から」
「証拠はあがってるんだ。正直に認めろ」
「いや。今でも俺はあくまで巨乳派だ」
朝っぱらから、しかも授業前からする話ではないが、本人たちのとっては至って真面目な会話だった。男同士の友情の問題である。
「ただ、もう俺の好みとか嗜好とか、全然問題にならない状況じゃないか? 俺はどうしたらいいんだ?」
圭太は暗い目をする。
「確かに、あの娘は強敵だな。下手な対応をすれば、この学校でのお前の居場所はなくなるだろう。しかし……」
「はっきり言えよ」
「がっつり腰に手を回して、うつ伏せでひざ枕をしてもらっているというのがな。お前もイヤじゃないんだろう?」
「あれは気づいたら、ああいう格好になっていたんだ」
「それから、Aクラスの市川さんがお前を賭けて深草さんに決闘を申し込んだそうじゃないか?」
「なんだ、その話? かなり話が変に伝わっていないか?」
「そうか。そういう話でもちきりだったのだがな」
二人は教室に入る。すぐにクラスメートが押し寄せてきた。宇嘉の際どい場所に顔を埋めて寝ていた話を糾弾される。涼介にしたのと同じ話をするがあまり納得は得られないまま、本日の決闘の話になった。なんでも、広報委員会と写真部が手を組んで情報を広めて回っているらしい。
圭太も見せてもらったが、世紀の対決という見出しが躍っていた。恋のさや当てが原因か、との小見出しも目に痛い。登場人物の相関関係図も添えられている。明らかに圭太の部分だけ扱いがぞんざいだ。圭太は頭を抱えた。どうしてこうなった? まあ、原因の90%ぐらいは宇嘉にあるのだが、優柔不断な態度で過ごしてきた圭太にも責任がないわけじゃない。
授業の内容が全く頭に入らないまま昼休みになり、圭太が逃げ出す間もなく宇嘉にランチルームに拉致される。周囲の視線など全く意に介さず宇嘉はお弁当を広げた。今日のメニューはカツ丼だった。この辺りのメンタリティは誰かさんにそっくりである。
冷めたカツ丼だというのに、これはこれで美味しかった。衣がふやけてしまっているが、卵がうまく絡めとり、辛うじてカツとしての原形を留めている。もうすっかり餌付けが当たり前になってしまい、パクパクと食べながら圭太は質問をした。
「やっぱり、今日は市川さんと対決するの?」
「もちろんよ。応援してね」
「やめておいた方がいいんじゃ……」
圭太のセリフを聞いていた宇嘉が目を輝かせる。
「私の事を心配してくれているのね」
ポッ。透き通った宇嘉の頬が赤く染まる。ガタッ。ランチルームの入口から覗いていた男子生徒が鼻を押さえながらどこかへ走って行った。入学式にも鼻血を出してしまいブラッディ後藤との綽名がついた1年生だった。
「そんな優しい言葉をかけられてしまうと、私……血が滾って参りました」
「へ?」
「そんな素敵な圭太の事を悪し様に言う女など叩きのめしてみせますわ。圭太に詫びを入れさせますので期待しててくださいね」
圭太はぼーっとカツ丼を口に運ぶ。確かに体の心配はしたけれど、どうしてそういう発想になるのだろうか。ぼんやりしているので口の端にご飯粒が付いていることに気が付かない。宇嘉が箸を下ろし、手をスッと伸ばすと圭太の口元に付いていたご飯粒をつまんだ。それをそのまま宇嘉は自分の口の中に入れる。
周囲のどよめきの声があがる。もう恋人ではなくて夫婦という感じであった。ダメ夫と献身的な妻の図である。そこへ市川冴子がやってきて、向かい合う二人の脇に立った。少し身をかがめて言う。
「新婚ごっこに忙しいところ、悪いんだが、今日の件で話をしておきたくてね」
「ごっこじゃありませんわ。予行練習です。それで、なんでしょうか?」
「せっかくだから勝った方が負けた方の言うことを聞くってことでどうだろうか?」
「いいですわ。私は圭太への謝罪してもらいます」
「いいだろう。私は……二人に別れてもらおうか」
「なんですって?」
「聞いての通りさ。私が勝ったら二人は別れる。そうしたら、私が交際を申し込むってことさ」
「断じて認められません」
きりりと眉を上げる宇嘉だったが、努めて平静な声を出した。
「まあいいでしょう。私が勝てばいいことですから」
「凄い自信だな。では……頑張ってくれたまえ」
二人が火花を散らすのを見ながら、圭太は唖然とする。まさか、市川さんがそんな条件を出すとは思ってもいなかった。涼介のファイルで圭太がピックアップしたうちの一人からの意外な発言に圭太の顔が緩む。これは思わぬ僥倖じゃないのか。宇嘉が負ければ俺は解放されるうえに、ビッグな彼女ができる。この思考には巨大な穴があるのだが圭太は分かっていないのであった。
そんな邪な思いを胸に圭太は宇嘉を改めて見た。どうみても市川さんに勝てそうになかった。細い華奢な手足に胴回りも一回りは小さい。胸は言うまでも無かった。胸が戦いに影響があるとは思えないが、圭太にとっては大問題である。そんな圭太の考えを知ってか知らずか宇嘉は言った。
「ということなので、ちゃんと私の応援をしてくださいね」
「ああ、うん」
「気が無い返事ですわね。ひょっとして私が負けた方がいいのかしら?」
宇嘉の声音の気圧が下がる。
「いや、そんなことはないよ」
圭太は反射的に否定してしまう。
「そうですね。そうした方が圭太のためですよ。今カノの負けを願うなんて最低だと思われますから」
確かにそうだった。冷静に考えれば、圭太は宇嘉を応援しておく方が自然だし、どういう結果になっても損はない。いや。充実した弁当ライフが無くなるのは少々痛いかもしれないな。カレシでもないのに毎日お弁当を作ってのはさすがに変だろう。それにこれだけの美人が何くれと自分の世話をしてくれるのは悪い気はしなかった。
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