第6話 手下たち

 圭太の夕飯は冷たいピザとなった。まあ、冷めても食える。敏郎からは帰れないとの連絡があった。年度末は殺人的な忙しさだぜヒャッハー、とのメッセージが届く。圭太はちょっとだけ同情した。そこまでして稼いだ金で食わしてもらっていると思えば頭は下がる。


 人は追い詰められるとアッチの欲求が強くなるらしい。どこかで読んだ知識が頭の片隅に浮かんだ。この家の構造ならまず聞こえることは無いはずではあったが、次回、母親が訪ねてきたときは、少々うるさくても我慢するかと圭太はぼんやり考える。


 炭酸飲料でピザを流し込みながら、圭太は昼間のご馳走を思い出した。食えりゃいいという食欲優先の高校生ではあるものの、お昼のお弁当が美味しかったのは否定できなかった。実はちょっとだけ夕飯のデリバリーもしてもらえるんじゃないかと期待してしまったのは事実である。


 圭太は食事中に続けて何度かくしゃみが出た。まだ、寒い時期なのに電子レンジで温めるのも億劫でそのまま食べたのがいけなかったかと反省する。やたらに眠くて体がだるく日中うたた寝をしてしまっていた。妙に体がふわふわした感覚もある。風邪ひいたかな?


 さて、モソモソ冷めたピザを圭太が食べる隣家では、お昼のお弁当の作成者がご機嫌ナナメだった。目の前に畏まる女性二人を前に不満を述べている。

「まったくもう。二人の言うとおりにしてみたのに効果がなかったじゃない。圭太にはどちらも通用しなかったじゃないのよ」


 収穫期の水田のような明るい黄金色の長い髪をした妖艶な女性が笑いをこらえながら言った。

「お嬢様、申し訳ありません。色仕掛けには少々早すぎたのかもしれません」

「山吹。私には色気が無いと言うんでしょう? もう聞き飽きました」


 山吹と呼ばれた女性は頭を下げた。くつくつと笑うたびに存在を主張する巨大な胸の膨らみが揺れる。宇嘉は自分への当てつけにわざわざ揺らすのかと思った。

「いえいえ。お嬢様は十分に魅力的であらせられます。早すぎたのは彼の方です。見事なまでの童子っぷり。まあ、よろしいではありませぬか、想い人が色狂いと分かるよりは」


「それは良いのですけれど、圭太に置き去りにされたときの私の気持ちを少しは考えなさい。あれはなかなかに堪えました」

「何度もいいますようにあれは単に驚いただけのこと、別にお嬢様のことを嫌ったわけではありませぬ。その証拠にちゃんと家の中にも入れてもらえたではありませんか」


 宇嘉は攻撃の矛先を変える。

「そうそう。石見。確かに料理は圭太には褒めてもらえましたけど、ちっとも距離が縮まったようには思えないのですが、あんな迂遠な方法で振り向かせることができるのですか?」

「間違いありません。きっと今頃は昼食を思い出し、さらにはお嬢様のことを想っているに違いありません」


「圭太が私の事を……」

 頬を染める宇嘉。その姿を見てちょろいなと思いながら、石見と呼ばれた女性は銀白色の髪を振り力説する。

「人の欲は突き詰めれば、色気か、食い気。お嬢様の料理なしには生きていけぬようにしてしまえばこっちのものです」


「石見。料理をするときに何か変なものを入れてないでしょうね?」

「さあ、なんのことでしょう? ああ、隠し味にケシの実を煎じたものを入れましたが」

「ちょっと、なんてことしてるのよ。それに目薬の空き容器が一杯ありましたがこれもあなたでしょう?」


「それは私です。お嬢様。一服盛って眠らしてから既成事実を作ってしまえばよろしいのです。2・3か月後に口を押えて洗面所に駆け込めば観念するほかありません」

 山吹が胸を張る。もともと大きいものがさらに強調された。

「いいですか。二人とも。今後は圭太の口にするものに怪しい物を入れることを禁止します」


「一応、純度が低いし体に害はないはずですが」

 石見が抗議する。

「ほんのちょっと眠くなるだけですわ」

 山吹も唇を尖らせた。


「いーわーみぃ。やーまーぶーきぃ」

 宇嘉の声の語尾が上がる。途端に二人はしゃきっとした。痩せても枯れても二人の主である。これ以上、機嫌を損ねるのは危険だった。

「はい。畏まりました」

「今後、重々気を付けます」


「そう。分かってくれたならいいのです」

 宇嘉は莞爾とほほ笑む。

「これからも二人には色々と教えてもらわなくてはなりません」

「はい。粉骨砕身させていただきます」

「全身全霊をもって取り組みます」


 たかが恋愛指南であるのに大仰な宣誓であった。もっとも石見と山吹にとってみれば宇嘉は生殺与奪の力を持つ主である。少々思い込みが激しく、突拍子もない行動を取るところがあるとはいえ、普段は物分かりの良い宇嘉だった。が、本気で怒らせると些かまずい。


「お嬢様。定められた期限はまだまだあります。そこまで焦らなくてもよろしゅうございましょう?」

「でも、1年しか時間がないのです。二人が必勝の策というので今日勝負をしたのに、この体たらくではのんびりもしていられません。圭太は今は家にいますが学校が始まってしまえば……」


「ちゃんとその為の手は打ってあります。お嬢様、お忘れですか?」

「もちろん、覚えています。圭太の転入先の高校を調べて、その高校に私も通うというのでしょう?」

「その通りですわ。お嬢様。恋とは戦い。戦いである以上、常に先を見据えなければなりません。この石見がいる限り、常に2手3手先を読んであります。ご安心くださいませ」


 山吹がまだるっこしいわね、という表情をする。

「学校に通ったからって何だっていうの? あの奥手な草食系男子では進展する要素が無いと思うのだけど」

 石見は舌をチッチッチと鳴らして指を振る。


「学校では同世代の男女が一杯います。中には既にカップルになった者もいるでしょう。いちゃいちゃラブラブ、そういう姿を目の当たりにすれば、圭太さまといえども焦りが生じるはず。その焦りに乗ずれば自ずと機会は訪れましょう」

「鳶に油揚げを攫われる可能性もあるけどね」

 山吹がまぜっかえし、宇嘉が眉をひそめる。


 石見はこれだから頭の分まで栄養が胸にいった奴は困ると思った。

「お嬢様ほどの美貌の持ち主はそうそうおりません。密かに観察しますに、圭太さまがお嬢様の容貌に惹かれたのは間違いなし。ましてや、お嬢様はお隣にお住まいです。学校と自宅、2カ所で迫ることができます。万が一にもこの作戦に死角はありませんっ」


 石見の勢いに押されるように宇嘉は頷く。

「分かったわ。とりあえず、学校が始まるまでは片付けなければならない仕事を済ませておきましょう。二人ともいいですね?」

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