第7話 旧友

 4月7日。圭太は真新しい制服に袖を通して学校へ向かう。昨日までは妙に気だるくほとんど寝て過ごしていたが、今日は大丈夫だ。希望に胸を膨らませ電車で数駅乗って降りたホームには同じ制服に身を包んだ多くの高校生がいた。スカート姿の生徒がいることに圭太は感動を覚える。胸胸胸。今まではむさくるしい詰襟姿の野郎しか居なかったことを考えると天国のようだった。


 校門をくぐり事前に通知のあったように職員室に行った。

「転入してきた前川っす」

 名前を告げると浅黒い顔で髪の毛を短く刈り込んだ男性が手を挙げる。

「おう、前川か。担任の岡野だ。ちょっと待っとれ」


 言われるがまま、隅っこで立って待つ間、壁の予定表に見るとはなしに視線を向けると英語の教科主任の欄に岡野の名前があることを発見する。圭太は秘かに焦った。ちぇ、担任が英語の教師とかツイてない。こりゃ、また三者面談コースかもしれんな、とため息をつく。


 昨年度、前の高校で圭太の母親と三者面談に呼び出されていた。学年で上位3分の1には余裕で入る成績なのに英語だけがずば抜けて悪かったためだ。担任が英語教師だというのが痛い。もっとも、まだ若い担任は、面談中遥香の胸に釘付けで、少々上の空気味であった。まあ、教師も人の子である。


「おう。待たせたな」

 岡野がやって来て教室まで連れていかれる。スーツを着ているのに足元はサンダル履きというアンバランスさがおかしい。そういう、どうでもいいことが気になるのは圭太は緊張していたからだった。


 本人が望んだこととはいえ、転校生というものはなかなかにストレスフルな立場である。前回の中学の転校の時も苦労した。概ねサルレベルの中学生と比べ、多少は人に近づいてきた高校生だとしても、一度その立場の経験がある圭太としては緊張せざるを得ない。初動を誤ると希望に満ち溢れたはずの高校生活が味気ないものになってしまう。


 岡野に連れられて2Cの教室に入った圭太に好奇の視線が注がれる。教室の一角から声があがった。

「圭太じゃねえか。なんだ転校生ってお前かよ」

 そちらを見ると藤井涼介が満面の笑みを浮かべていた。


「なんだ。お前ら知り合いか? つーか、勝手にしゃべんじゃねえ。藤井」

 涼介がサーセンといった風に首をすくめる。中学の時に圭太の同級生だった藤井は黙っていればまあ悪くない風貌をしていた。しかし、言動が残念なのでクラスの女子の評価は今一つ。要は涼介も圭太以上の巨乳スキーだったのである。


 熱く巨乳への賛辞を語る涼介についたあだ名は巨乳王子。天性のカンで圭太の資質を見抜いた涼介が圭太とつるむようになったのは必然だったのかもしれない。そのために圭太は巨乳男爵という有難くない綽名をつけられていた。そんな涼介との再会は定めだったのかもしれない。


 あっけらかんと自らの性癖を開陳して憚らないオープンな性格の涼介は男子の受けは良かった。それと反比例するように女子の反応はイマイチだったが。その傾向は3年経った今でも変わらないようで、涼介のソウルメイトとしてのポジションで紹介された圭太はクラスにすぐに溶け込むことができそうだ。


「なあ、圭太。今までいたところはどうだった?」

 中休みに圭太の席にやって来た涼介は自らの手を胸から浮かすような位置で留めて質問する。

「男子校だったんだ」


 それを聞いた涼介は衝撃を受けたような表情をする。

「なんだ。そりゃお気の毒だったな。よし、マブダチのケイタの為だ。俺の秘蔵ファイルを見せてやる」

 小脇に抱えていたノートを圭太の方に押しやった。


 圭太はノートをめくり、目を見開いた。そこには在学生の女子150名の全データが記録されている。78C、84D、88C……。

「こ、これは……」

「俺が昨年1年間をかけて整理したデータだ。まあ、お前なら分かっている通り、大きさだけなら大した意味はない。俺は見ただけで1センチ以内の誤差で当てられるからな」


 さすがは巨乳王子である。伊達に二つ名はついていなかった。

「大切なのは経年変化だ。この1年間での成長の記録もついている。そこからの今後のポテンシャルも予測済みだ。さらに現時点での彼氏の有り無し、経験済みかどうかも記載してある。こっちの信ぴょう性はちょっと落ちるがな」


 真剣な表情で語る涼介。はっきり言って能力と情熱の無駄遣い感がすごい。

「ちなみに、3Bの前川さやかだが、これだけはお前でも情報は非開示だ」

 一行だけ黒塗りされている。

「ま、まさか……」

「そうだ。まあ、サイズぐらいはどうせお前の目で計測されてしまうだろうから公開してもいいんだがな」


「ということはつまり」

「ああ。前川先輩と俺は付き合っている。ちなみに最後までは行ってないが、それ以外は色々としてもらってるぞ」

 非開示といいながら色々とダダ漏れである。大人の表情を浮かべる涼介。対する圭太は胸の内を嵐が吹き荒れていた。色々ってなんだよ?


「悪いな。先に大人の階段を登っちまって。前川先輩はこの学校では最強だ。あの凶悪なサイズとそれでいて形の良さを兼ね備える人材はいない」

 そう言って爽やかに語る涼介だったが、その表情と話す内容の落差が大きいように圭太には思われた。そりゃ、彼女の胸自慢をされる身になってみれば誰だってそうだろう。


 それでも圭太は迷いなく祝いの言葉を述べることができた。

「リョウスケ良かったな」

「ああ。ありがとう。お前ならそう言ってくれると思っていたよ。ケイタ。お前もこのファイルを使ってベストパートナーをゲットしてくれ」

「ありがとう」


 固く握手を交わす二人。青春の1ページであった。熱い友情が交錯する。

「なお、当然だが、新入生のデータは入っていないからな。もちろん近いうちに新入生のデータも収集して新しいデータブックを作るつもりだ」

「リョースケにはカノジョがいるのだろう?」


「ああ、それがどうかしたか?」

「いや。なら、もうデータブックを作る必要はないかな、とか思ったんだが」

「甘いな。巨乳は触っても良いものだが見るだけでも心が満たされるじゃないか。日々溜まるストレスを見るだけで発散できるのだぞ。そんな心のエリキサーを数多く知っておくことは現代を生きる戦士にとって必要不可欠な知識だとは思わないかね」


 晴れやかに笑う涼介。

「愚問だったよ。忘れてくれ」

「ああ。お前なら分かってくれると思っていた。友よ」

 再び友情を新たに誓う二人に対しクラスの女子が眉をひそめていたことに圭太は幸せにも気づかなかった。

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