第3話 宴の終わり

2020年夏


半世紀ぶりの東京五輪は、党代表任期満了を控えた現職総理と、五輪中の選挙は不都合であると主張し特措法で任期を伸ばしてもらった不人気な都知事にとって甘美なフィナーレとなるはずだった。


しかし、前年から導入された10%消費税、東京五輪に向けた建設ラッシュの終了で、日本経済は完全に失速していた。


五輪を機に爆増すると思われた外国人観光客は、ホテル不足に加えて、政府が民泊を制限したことから、単に観光目的の外国人がスポーツ目的の外国人におきかわっただけであった。そもそも、過去のオリンピックでも景気のピークは建設ラッシュが一巡する開催年にはとっくに終わっていた。


五輪がすぎると、日本国民の目の前には絶望が広がった。

少子化、高齢化、低成長、年金危機、介護危機、医療危機、五輪はなにひとつ解決しなかった。


西田から久しぶりに呼び出されたのは、残暑が厳しい夏の朝だった。

「すみません。休日に呼び出しちゃって」

飯波は独身だった。土曜日の朝にやることはない。いえいえというように首をふった。

「都知事選があるじゃないですか。」

西田がふいに真顔になった。

「出ようと思ってるんです。手伝ってくれませんか。」

「なぜ私に?」

「飯波さんって40でしたよね」

「ええ。そうですけど。」

「氷河期世代で、就職難、リーマンショック、大震災、ずっと苦労してきた。景気がよくなって若手の待遇改善が叫ばれるころにいは、『若手』じゃなくなってた。むしろ不条理に中高年男性を叩く『おじさんヘイト』のターゲットだ。賃金を下げられ、リストラされ、セクハラ予備軍として冷たい目で見られ、そういう世代こそ立ち上がるべきだと思うんですよ」

飯波が何を言おうか迷っていると西田は続けた。

「ビラ配り、ポスター貼りだけでいいんで、お願いします。明日事務所開きします。」

そういうと西田は名刺を渡してきた。

『東京都知事候補 西田明』

とゴシック体で記されている。


明日は日曜日か。独身の俺にやることはないな。

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