第27話 Last dinner in Hanoi(ハノイ最後の夕食)
そのレストランは、ベトナム風カフェという印象だった。カフェだけではなく、食事もとれるようだ。僕と山田は入口でボーイを待った。
僕と山田は、中央のホアンキエム湖が見える席へ通された。BGMはベトナムのレゲイっぽい曲が流れていた。案内された席に着くとハノイの夜風が、さっと僕と山田の頬をかすった。よくよく見るとその店は、カフェを装った洋食屋さんって感じだった。インテリアで置いてある観葉植物が、夜風になびいている。置いてある植物は、ケンチャンヤシの木やココナッツヤシの木。色とりどりのハイビスカス・ブーゲンビリヤなど定番の植物であった。風も強くなく、丁度いいそよ風って感じだった。地上から離れているため、南国の暑さも感じない。ブーゲンビリアのピンクの花びらがひらりと風に乗って、僕の足元に運ばれてきた。
この店って、日本でいうところの夏のビアガーデンって印象を受けた。ホアンキエム湖のライティングは、上から見ると湖の周辺に万遍なく照らされている。クリスマスツリーのライトのような明かりは、妖艶な世界へ導くような印象であった。
車やバイク、人込みが混じり合って地上は、東南アジアって感じの景色が映っていた。上空から見る地上の景色もなかなか良いものだと思った。湖の側の通りで少林寺拳法のような動きをしている集団もいる。ヨガかなにかなんだろうか。日本でいうところのラジオ体操をしている人たちもいた。ランニングしている人も多くいる。外国人に交じってベトナムの人たちもランニングしている。どの国も健康維持に励んでいるもんだなぁと思った。東京でいうと皇居の外苑を走っているランナーのようだ。日本のようにスポーツ自転車でのサイクリングをしている人はさすがにいな様子だった。
山田「酒井さん、なかないいい席でよかったですね。ホアンキエム湖が見えて、夜のライティングがすごくきれいですよ。湖の周りのライティングが、なんだかこの世とあの世の境を示しているような感じですね。それと、酒井さんとデートしてる感じです。」
僕「またまた、山田君、デートだって。でも本当だ。きれいですね。山田君のいうとおり、現世との境って感じも受けるよね。」
間もなくすると、店のボーイが水と英語のメニューを持ってきた。
山田「この水、飲んでも大丈夫ですかね。酒井さん、どう思いますか。」
僕「山田君、この水を飲むのはやめといたのがいいと思います。ドリンクは別で注文したものがいいと思いますよ。」
山田「そうですよね、やはり。そうします。じゃ、ドリンク何にしますか。俺はマンゴージュースにしますよ。」
僕「僕は、ウォーターメロンジュースにします。バリ島でもよくウォーターメロンジュースはよく飲むんですよ。日本語でいうと、スイカのジュースなんですけど。南国って感じがするのが好きなんです。僕はスイカの味が大好きなんですよ。」
山田「酒井さん、スイカのジュースですか、いいですね。夏って感じですね。マンゴーもそんな感じですよね。」
僕「メインディッシュはどれにしますか。サラダと僕はポークジンジャー、それにコーンポタージュにしますよ。フランスパンもね。山田君はどうしますか。」
山田「俺、チキンのソテーとサラダ、パスタ、スープはオニオンスープですね。」
僕「了解です。ベトナム春巻きも頼んじゃいますね。」
山田「そうですね。せっかくのベトナムですからね。」
今回は山田が、ボーイを呼びオーダーをしてくれた。
僕「今日は、いろいろ連れまわしちゃいましたね。アクシデントもあり、面白い一日でしたよ。ところで、山田君にとっての今回の初めての海外旅行はいかがでしたか?いろいろな体験ができて日本とのGAPも感じたんじゃないですか?」
山田「そうですね。ノイバイ国際空港に到着し入国した時は、それほど海外へ来たって感じはしなかったんですけど。ただ、通りの看板などを見ると日本語じゃないから、ここは外国なんだぁって感じたぐらいでした。物価の安さにはびっくりしましたね。今まで日本以外のことは知らなかったのでびっくりでしたよ。日本よりかなり安くものが買えましたから。治安も日本と違うんだなぁって思いましたけどね。」
僕「そうでしたか。それは貴重な体験ができてよかったですね。僕も入国しホテルまでの送迎車の中からみた街並みは思ったほど東南アジアしてなく、少々興ざめしちゃましたけど。実際、ホテルに着いてから路地を散歩していると、日本では感じ取れない臭いがあったり、屋台などもおもしろかったですね。また、いろんな体験もし、こうして山田君ともまた出会えて、ここハノイで一緒に食事をとっているなんて不思議ですよ。今回のハノイ紀行は今までになくいい思い出になりましたよ。」
山田「行きの飛行機の中で、酒井さんの隣が席だったってことが、今回の旅の始まりでしたから。なんだか、人の出会いって面白いなって感じちゃいました。面白いっていうか不思議だなっておもっちゃいました。原因と結果がいつも一対になっているんですよね。飛行機の席が酒井さんの隣じゃなかったら、二人の存在にはお互い気が付かずってことですもんね。そう考えると本当に不思議です。」
僕「山田君の言う通りですね。本当に人の出会いって面白いですね。」
そんなたわいのない会話をしていたところ、ボーイが料理を運んできてくれた。
僕「山田君、料理が先にきましたね。ボーイさん、先ほどオーダーしたドリンクを早くお願いできますか。ドリンクのマンゴージュースは山田君ですね。ウォーターメロンジュースはこちらです。よろしくお願いしますね。」
ボーイ「はい、かしこまりました。」
僕「それではよろしくお願いしますね。」
料理が次から次へと運ばれてきた。不思議なのが日本では通常ドリンクが先に来るともうのだが、ドリンクがなかなか来ない。食事がのどに詰まっちゃうんですけどと、僕は思った。まぁそういうところも日本と違うカルチャーギャップだと思った。
ボーイ「オニオンスープはどちら様ですか。コーンポタージュは?」
僕「オニオンスープはそちらへ。コーンポタージュはこちらです。」
スープは、丁度いい温度だった。南国のオープンテラスであったかいスープに舌づつみをうつのもなんだかおつなもんだと思った。お互いのスープの味はというと、コーンポタージュは日本のものより濃厚な味であった。オニオンスープもオニオンからの甘みが出ており、山田の口に合っていたようで、お互いにほっこりした感じであった。
山田「酒井さん。俺のオニオンスープ、野菜のうまみが出ていてすごくうまいですよ。酒井さんのコーンポタージュはいかがですか。」
僕「僕のコーンポタージュも、コーンの味が濃厚でおいしいですよ。」
山田「酒井さんに喜んでいただけると、ホントよかったです。」
お互い、しばらくそれぞれのスープに舌包みをうっていた。
夜空とそよ風が、僕と山田の二人を包み込んでいる。僕たちの隣の席は、日本人の会社員のグループであった。出向か転勤でハノイに駐在しているようなグループであった。そのグループは日本語で会話していた。久しぶりに聞く日本語の会話だった。ハノイに来て以来、日本語は山田としかほとんど話していない。
山田「酒井さん。隣は日本人の会社の人たちですね。現地駐在の方たちでしょうね。なんだか俺あこがれちゃいます。なんだかかっこいいですね。」
僕「そうみたいですね。なんだか日本語って懐かし感じですよね。日本を離れてほんの数日しか経っていないんですけどね。」
山田「そうですよね。俺も同感です。ハノイへ来て以来、日本語は酒井さんとしか話しませんからね。」
僕は、ふと夜空を見上げたが、相変わらず、霞がかかった空であった。コウモリか鳥かわからないが飛んでいる。夜だからコウモリだとは思うが。
再度、僕たちが座っている席から、地上を眺めた。人と人とが行きかい混じり合う光景がなんとも言えずアジアの空気感が伝わってくる。生きているっていう生命感が伝わってくる。その場所にいたら、ごった返した人込みにもまれ、暑さに包まれ景色を楽しむどころではないと思った。人間、客観的に見るって大切だなって感じた瞬間だった。
山田「酒井さん、明日、帰国ですよね?俺、明日、ホテルまで見送りに行ってもいいですか。」
僕「もちろん、いいですよ。13時頃の便なので、ガイドのファンさんが10時にホテルのロビーへ迎えに来ますよ。」
山田「わかりました。それまでには酒井さんのホテルまで行きます。」
僕「ありがとうございます。それはそうと、山田君は、明日からどうするんですか。そういえば、僕の知り合いの女の子が彼氏とハノイでバイクを購入し、ホーチミンまでバイクでベトナムを横断した人もいましたよ。」
山田「そうなんですか。それも面白そうですね。女の子ですか。なかなか度胸がありますね。俺は飛行機でハノイからダナンへ行き、ホーチミンへ寄って日本へ帰国します。後、2週間ぐらいはベトナムへ滞在します。ホーチミンからラオスへ行けたら、行ってみたいんですよね。」
僕「ラオス?あのラオスですか?」
あ
山田「そうです。あのラオスです。」
僕「ラオスって有名な遺跡とかあるんですか?山田君、どうしてラオスなんですか。」
あまりの意外性に、僕は機関銃のように山田へ質問をした。
山田「特にないんですけど、なんとなく立ち寄れたら、立ち寄ってみたいとインスピレーションを受けただけです。」
僕「そうなんですね。ラオスって、今まで行きたいといった人には、僕は初めて会いましたよ。ラオスに行ってみると、またまた人生観が変わっちゃたりするかもですよ。」
山田「そうですか。俺もなんでラオスって、思うときがあるんですよね。ただ、なんだか気になるんですよね。」
僕「そうですか。それはなんにかに呼ばれているのかもしれませんね。呼ばれているっていうよりは、導かれているのかもしれませんけどね。時間があれば、是非、行ってみるといいですよ。何か貴重な体験ができるかもしれませんね。」
山田「俺もそう思うんですよね。何か貴重な経験ができる感じがしますよ。」
僕「そういえば、僕の名刺って渡していましたっけ?」
山田「まだ、いただいていませんね。」
僕「了解です。じゃ。これが僕の名刺です。日本に帰国したら連絡をいただければ、食事でもしながら、山田君の明日からの旅行記を聞かせてくださいね。」
山田「わかりました。絶対、俺、帰国したら酒井さんへ連絡しますね。」
僕「僕も楽しみに待っていますね。」
山田「俺にとって、今回初めての海外旅行なんですけど。国内旅行と違って、すっごく面白いですね。日本は日本での良さってあるんですけど。海外の方がカルチャーショックもあり、すごく勉強になりますよ。明日は一日、ハノイをぶらぶらしちゃいます。明日の夕方から移動開始ですよ。ベトナム横断です。まずは、航空チケットをハノイからダナンまで購入しなければって感じです。市内のトラベルエージェントによって決めます。バスとかじゃ、なんだか移動時間がもったいない感じですからね。時間も限られていますから。」
僕「そうですね。時間があればバスや電車などの地元の交通機関を利用すると面白いんでしょうけどね。スリなどには気を付けないとですね。」
山田「はい、わかりました。海外の一人旅のときってトイレとか、外出先ではどうされていますか。」
僕「荷物は手放すとなくなっちゃいますからね。すべて持って移動ですよ。そうしないと危なくて仕方ないですからね。ここは日本ではないですからね。日本のような治安の良さの国ではないですから。」
山田「そうでしょうね。自分の身は自分で守るしかないですからね。日本のように治安はよくないでしょうから。」
僕「日本でもね、最近は治安がいいとはいいと言えませんよね。地域によってですけどね。昔ながらの日本人の感謝の気持ちややさしさがなくなってきたんでしょうね。」
僕は、明日の今頃は日本に帰国している。明後日からは、日本でいつものデイリーのタスクの追われる生活に戻っていると考えるとなんだか切ないというか、まだ、ハノイにしばらくいたい気分になった。ふと、山田を見るとなんだか物思いにふけっている様子だった。
僕「そうそう。山田君。ホーチミンに行くんなら、病気には気を付けて下さいね。蚊に刺されると厄介な病気に感染する可能性が高くになりますからね。それと動物を触るのは極力避けたのがいいですよ。デング熱やマラリアなどの伝染病など結構保有している動物がいますからね。後、野良犬には注意ですよ。まだまだ狂犬病に感染している犬が世界にはいますからね。」
山田「そうなんですね。蚊取り線香は手離せませんね。というよりは、気を抜くなって感じですよね。」
僕「そうですよ。後、虫よけスプレーが必須ですね。明日、僕が使っていた残りの虫よけスプレーが、まだ残っているのでお渡ししますね。使ってください。」
山田「酒井さん、ありがとうございます。ホント助かります。日本製のか使い方と変わりますからね。外国産のものって、英語とか現地語での説明なので、俺、いまいち不安ななんですよね。」
僕と山田は明日からのお互いの予定やら何やらと話しつつ、一通りの食事を済ませた。なんだか、デザートって気分になってきた。
僕「ボーイさん。デザートのメニューをよろしくお願いします。山田君も何かデザート頼みますか。」
山田「そうですね。俺もちょうど甘い口直しのデザートがほしいなって思っていましたよ。」
ボーイがデザートメニューを持ってきてくれた。メニューのデザートは、南国チックな物からベトナムのデザート、定番のアイスクリームなど様々なものが掲載されていた。
ここでちょこっとベトナムのスィーツデザートの定番を紹介したい。まずは、ベトナムプリンのバインフランです。日本でいうところのカスタードプリンである。次は、ケムチャイユアである。ココナッツの味わいが南国らしいアイスクリームである。バニラ風味だ。フレッシュフルーツも付け合わせであるものである。イメージでいうと、古津パフェを少し小さくした感じだ。
山田「酒井さんは何にされますか。俺は、ベトナムのスィーツのケムチャイユアにします。」
僕「僕も折角だから、ベトナムのプリンのバインフランにします。」
山田「ボーイさん。ケムチャイユアとバインフランを一つずつお願いします。」
ボーイ「かしこまりました。」
山田「食後の口直しのデザートって大切ですよね。」
僕「デザートがないと一通りの食事が終わったって感じがしませんよ。」
何気なく僕と山田は、レストランのテーブル越しのヤシの樹々の間からホアンキエム湖を眺めていた。一瞬、なんだかわからなかったが靄がホアンキエム湖の上空を覆ってきた。僕は、雨雲かなって思ったのだがそうではない。靄の塊が、湖を覆っていたのだ。こんなワンポイントでの雨雲はおかしいと思った。
山田「酒井さん、このホアンキエム湖のあの上空のモヤって何ですかね。」
僕「何だろうね。一瞬、雨雲かと思いましたが、こんなワンポイントでの雨雲はどう考えても変だしね。でも、靄を眺めていると、なんだか違う景色が見えてくるよ。」
山田「何ですか?酒井さん、何が見えますか?」と、山田は少々困惑していた様子だった。
僕「そうだな。あれは、どこかの田園風景が見えてくるんだよね。あたり一面に黄金のじゅうたんのような稲穂というか、そんな感じのイメージが伝わってくるんだよね。」
山田「ちょっと待ってください。俺も意識を集中させて見てみます。そうですね。なんだか山間部の田園風景のように思えます。」
僕「そうだよね。おそらくアジアで山間部の地域だと思うよ。例えば、ベトナムの山間部の少数民族が住んでいる地域だったり、ミャンマーだったり、ネパールって感じだよね。そんなインスピレーションが伝わってきますね。もしかしてブルネイの田園風景かもしれませんね。」
こんな会話を山田としていた。すると次の瞬間、その靄の中から手のようなものが何かをつかむように隙間から伸びてきた。その手のようなものは、ホアンキエム湖をランニングしていた人のうち、一人をつかみその靄の中へ連れて行ってしまった。周りにいたランナーは全く気が付いていない。山田もその光景に気が付いたようで、僕に話しかけてきた。
山田「えっ。酒井さん、今の見ましたか?ランナーが一人、靄の中へ連れていかれちゃいました。まるでつむじ風に連れていかれた神隠しのようですよね。」
僕「山田君も見えたんですね。その瞬間、地上では何が起きていたんだろうね。でも、周りの人は騒いでいる様子はないですよね。突然、前に走っている人が消えたらパニックになるよね。でも、いまパニックにはなってないよね。ところで、山田君、神隠しってことばをよく知っていましたね。」
山田「さすがにこんな若造の俺でも知っていますよ。」
僕「山田君ぐらいの若い人で、この言葉を知っているんなんて珍しいなぁって思っちゃいましたよ。」
山田「今の俺の感じたことを言ってもいいですか。」
僕「いいですよ。どんなことを感じ取ったんですか。ぜひ、聞かせて下さい。」
山田「俺が感じたことは、あの神の手?につかまれた人って実は、この世に未練を残している亡くなった人じゃないかと思うんです。だから、目の前から消えても、周りの人には気が付かれなかったんじゃないかって思うんですよね。」
山田は僕と同じことを感じていた。僕も山田が今言ったことをそのまま伝えようと思っていたことだった。まず、この世の人であったら、先ほどのことが起こったら、事件になってしまう。しかし、誰も驚かずというか、気が付いていないって感じだった。ということは、周りには、その手に連れ去られた人が見えていなかったということである。
それに、ホアンキエム湖の上に見えた靄の中の田園風景ってもしかして、あの世?ってことなのかなって思った。天国かなっとも思った。だから、あんなに安らぎを感じる景色だったんではないかと、僕は思った。
そういえば、僕がホアンキエム湖を初めて訪れたとき、なんだか安らぎを感じる印象を持ったことを思い出した。その印象は、湖だから安らぐというのではなく、それとは違った感じだったんだと今、気が付かされた感じだ。ストレスから解放され体が軽くなる感じに陥った。
山田「酒井さん。そういえば、俺が、一番最初にホアンキエム湖へ訪れたときには、なんだかすべてのものから解放された感覚になったのを思い出しました。」
僕「そうなんですね。」
僕「山田君、ベトナムデザートがそろそろ運ばれてきそうだよ。」
ボーイがこちらに向かってくる。トレーに二人がオーダーしたベトナムスィーツを乗せて来た。
ボーイ「遅くなりました。ご注文のベトナムスィーツです。ごゆっくりとお召し上がりください。ベトナムで人気のものなので、きっとお口に合うかと思います。」
僕「ありがとうございます。さぁ、山田君、ベトナムスィーツを食べましょうか。」
ボーイに運ばれた僕と山田のスィーツはギンギンに冷えていた。食後のお口直しには丁度いいといった感じだ。
山田「はい。このココナッツがいいアクセントになっていますよ。バニラアイスをベースにココナッツの果肉が入っています。」
僕「こちらは、プリンはカスタードプリンですね。このカスタードはかなり僕の好きな味ですよ。」
山田「食後のデザートって、やはり大切ですね。食事の締めくくりって感じが必要ですよね。」
僕「デザートがおいしかったら、食事も満足に終わるんですけど、デザートがはずれるとなんだか折角の食事が台無しって感じですよね。」
山田「それはそうと、先ほどの話に戻るんですが、ホアンキエム湖ってなんだか現世と来世の入口のような感じがします。」
僕「現世と来世っていうよりは、この世とあの世の入口って感じですよね。」
山田「酒井さんまさにその通りです。俺もそれが言いたかったんですよ。」
二人はそんな会話を交わしながら、デザートをそれぞれ食べ続けた。
僕「あぁ。おいしかった。ごちそうさまでした。」
山田「ごちそうさまでした。」
僕と山田は、デザートまで完食し、ようやく今晩のディナーが終了した満足感で満たされた。
僕「さぁ、山田君、そろそろお店を出ましょうか。今晩も夜市をやっているみたいなんで、寄ってから帰りましょうかね。」
山田「そうしましょう。ここは俺が出しますから。」
僕「いやいや。だめですよ。最終日なので僕が支払いますよ。デザートまで頼んじゃったんで。」
僕は、ボーイを呼び会計を済ませた。
山田「俺が誘ったんで全額、酒井さんのお支払いじゃ、俺の立場がないですよ。それじゃ。俺の分だけは最低でも支払いますから。払わしてくださいよ。」
僕「じゃ、そうしましょうか。」
僕「日本でお会いした時に御馳走しますよ。」
山田「お願いします。楽しみにしています。」
僕と山田はそんな会話をしながら、店を後にした。地上に降りたら、人々の熱気とバイクや車のクラクションの音、排ガスがまとわりついてきた。
僕と山田は、パンダオ通りを進んでいった。ちょうどパンダオ通りとカウゴー通りの交差点がホアンキエム湖の中で最も交通量が多い交差点のようだった。
山田「排ガスでやはり空気が悪いですね。」
僕「その通りですよ。空気が悪すぎですよ。早く、夜市へ行きましょう。」
夜市に近づくにつれ爆音に近い音楽が流れてきた。ベトナムのPOP曲なんだろうか。なかなか心わくわくする曲であった。夜市の露店を見学しながら、先日黒いモヤが若い男女を包んだ通りが見えてきた。今晩は、特に何も感じない。もしかしてこの通りが、霊道になっているのか、もしくは物の怪の行き来をする道になっているのか、いったいどちらなのだろうかと考えていた。
ふと僕のIPHONEを久しぶりに見てみたら、留守電やメッセージがかなりの量きていた。メールを確認すると、仕事のメールが立て続けに来ていた。そういえば、ハノイへ来ていることを知らせたつもりだったが、前日までの仕事でバタバタしながらハノイへ来たため、その仕事関係の人にはお知らせしてなかった。明日、ノイバイ国際空港から連絡を取らねばと思った。
山田「メールですか。かなり来ていますか。」
僕「かなり、受信件数がたまっていますよ。仕事関係の人からメールがかなり入っています。明日、ノイバイ国際空港から電話入れときますよ。直近で必要な人には、日本を不在にすると伝えていたんですけどね。」
山田「酒井さん、ビジネスマンって感じですね。かっこいいですよ。俺、なんだかあこがれちゃいますよ。」
僕「そうですか。そんなことないですよ。まぁ、仕事ですからね。」
山田「今回のハノイで、いい仕事のアイデアは浮かびましたか。」
僕「もちろんです。日本に帰ったら、早速、仕事ですよ。いい作品ができそうで楽しみです。」
ホテルに帰ってからは、PCで少しは仕事をしていたんだけどと思った。最近はほとんどの国ではインターネットがアクセスできる環境が整っているから、PC一台あれば、世界中で仕事はできるんだよなって思った。そうなると日本に定住するこだわりも必要なくなってくる。本当、文明の利器には、感謝しても足りないぐらいだ。
山田「明日、酒井さんが帰国されるので、それから一人と考えるとなんだか不安になっちゃいますよ。泣いちゃいそうです。」
僕「山田君、男の子なんだから大丈夫ですよ。それに僕と同じ感覚をもっているから、危険はキャッチできますよ。大丈夫。でも、外国なのでパスポートと現金だけが頼りですからね。」
山田の不安もわかるなぁって思った。ほんの数日しかまだ一緒にいなんだが、ずいぶん昔からの知り合いのような感じに思った。
そういえば、大学時代にはほとんど一人で海外へ行っていた僕は、一人の時は不安というよりは、好奇心からわくわくする心の高鳴りが先に立っていたような感じがする。山田にも若い情熱的な好奇心をもっともっと楽しんでもらいたいと思った。
僕「山田君、明日からもまた面白い体験ができますね。若いうちにいろいろ体験し、いろいろな感情を体感したのが、後々いい経験として生きてきますよ。人生ってそういうものですから。」
山田「そういうもんなんですかね。俺には、今はまだなんだかイメージがわきませんけどね。」
僕「僕も大学時代には海外へよく出かけていましたね。いろいろなカルチャーショックを受けたりしていました。その経験が仕事でも生きていますから。僕も明日は、明日でまた新しい経験をすると思うと楽しみですよ。」
山田「酒井さんのそういう前向きなところは見習わなければって思っちゃいますよ。」
僕と山田はこんな他愛もない話をしながら、歩いていった。昨晩も寄っていた夜市の通りまで辿りついた。今日でこの夜市に来るもの最後かと思うと少々寂しくなってきた。山田とは、日本で会えるだろうけれども、このハノイですれ違った人、ハノイで会話を交わした人々とは、もう二度と会うこともないかもしれない。なんだか寂しい。これが旅情ってものだ。
山田「酒井さん。やっぱ、夜市は活気がありますね。ベトナムの人たちって何時まで夜市で楽しんでいるんでしょうね。」
僕「夜の12時近くまでいるんじゃないかな。」
ハンドゥオンハ通りの人込みの中、二人はホテルへ向かって歩いて行った。僕と山田のホテルは、近いようだった。夜道を歩いていると、必ず客引きの男たちが寄ってくる。今日は、断っても断ってもしつこくついてきた。
僕「山田君。今日の客引きはしつこいよね。」
山田「そうですね。うざって感じですよ。今日は、彼らのノルマが達してないんでしょうかね。」
僕「じゃ、この通りでお別れですね。明日は朝、お待ちしてますね。10時にはホテルを出ますので。ハノイは明日までですが、日本へ山田君も帰国したらメールしてみてくださいね。明日以降の旅行記を伺いたいので。」
山田「わかりました。それじゃ、明日、朝、伺いますのでよろしくお願いします。おやすみなさい。」と、二人はそれぞれのホテルへ向かって歩いて行った。
山田と別れた僕は、一人でハンバック通りの夜道を歩いていた。生暖かい風が僕にまとわりついてくる。それと同時に耳鳴りのような金属音も聞こえてきた。僕は直感でこのままでは、また違う次元に引きずり込まれると悟った。心の中から「おばあちゃん。おじいちゃん 助けて。」と念じた。そうしたところ、先ほどまでの不快感がさっと風とともに消え去っていった。
今回のものは、今まで以上に邪悪な感じを受けた。危険を感じたのが本音だった。間もなくするとどうにか滞在ホテルへと到着した。フロントでルームキーを受け取りエレベーターで6Fまで乗車した。
僕は部屋へ入るなり靴を脱ぎ、ベッドの上に横たわった。今日は、かなり歩いたから足の脹脛がパンパンに張っていた。思わず、「あぁ 疲れた。」と声が漏れてしまった。
早速、湯船にお湯を入れる。湯船にお湯がたまるまでの時間は、ベッドで足のマッサージをした。テレビをつけ、ベトナム語の番組を流し、意味は分からないがなんとなく聞き流していた。部屋のBGMって感じだ。
今日、一日の出来事を思い出していた。タクシーでぼられた件、ドンスアン市場であった日本人のおばちゃんなど、いろいろと思い出していた。それと山田と別れてホテルへ帰る途中の出来事も思い出していた。このハノイへ来て以来、毎日のように異次元のものを出くわしていたり、トランスポーテーションしたりといったことの原因が、僕はなんとなくわかった気がした。
今日の夕食時のホアンキエム湖の靄などから考えると、ハノイ一帯の磁場がゆがみ始めているのではないかと思った。そうじゃないと、こんなにもいろいろな不思議な体験をするとはおかしすぎる。磁場のゆがみからあの世とこの世の境界線があいまいになり、この世のものでない輩が、ハノイの街を徘徊し始めているように思えた。
最初は山田と僕の感性が刺激し合って、このような現象を起こしているのかと思った。二人の感性の刺激でここまでいろいろなことが起きるとは、到底思えない。僕の意見を山田に伝えたなら、どう回答するのかと少々気になった。
そういえば、山田のホテルがある通りは、ハンクアット通りにある。僕の滞在のホテルのすぐ近くだった。ホテルまで山田は無事に帰れただろうかとふと不安に思えた。彼も僕と同じように感覚が鋭いから、危険を察知して回避できるはずである。
明日は、いよいよ帰国の日となる。今回のハノイ渡航は、三泊四日と短い期間ではあったが、貴重な体験ができた期間だった。こんな体験も僕の一生の中で何回あることだろうかと思った。そう考えるとなんだかさ虚しさを感じてしまった。
そろそろ湯船にお湯がたまったころかなって思い、お風呂を覗いてみた。いい感じでお湯がたまっている。さぁ、今日の疲れを取りましょうかと思い、僕は湯船につかり、足を思いっきり延ばしくつろいだ。バスルームの扉は開けたままで、テレビから流れるベトナム語のBGMを聞きながら湯船に体を沈めた。外国で現地の言葉のテレビを見ると国によって番組構成の特徴があり、面白いものだ。日本語だったら、情報が伝わってくるが現地の言語の場合、情報までは伝わってこないから、BGMにもってつけの音である。湯船つかっていたところ、思い出したことがあった。
そういえば、僕が大学時代に一人でバンコクへ行った時のことだ、僕が地球の歩き方を持ってバンコク市内のお寺を巡っていたら、暁のお寺で有名なワット・アルンで日本人の大学生に声をかけられたことを思い出した。その人は、信州大学の医学部在籍と言っていた。話が合い二人でバンコクの街を巡ったことを思い出した。今回の山田との出合いもこんな思い出になるんだろうなって思った。
旅での人の出会いって本当に偶然が重なった結果だなと思う。この出会いが、今後の僕の人生にどんな影響が出るのかと考えると、また面白くわくわくしてくる。人の出会ってある意味、運命なのかもしれない。ほんのちょっとでも時間のずれや空間のずれがあったら、二人は全く出会うことがなっただろうし、お互いの存在自体に気が付く余地がないと思う。
世界中にたくさんの人たちがいる中で、偶然出会えたことへ感謝したいとおもった。僕はくつろぎながら旅情に浸っていたら、あっという間に12時超えていた。そろそろ寝なければと思いベッドに横たわった。日本での仕事でもそうだが、一緒に仕事をする人たちは、何か縁があって僕と一緒に仕事をしているんだろうと思うと、非常に大切な存在だと実感する。明日はいよいよ日本への帰国の日である。今回の日程は、ある意味弾丸ではあったが、非常に充実したネタ集めの旅となった。人生である意味大切な時間の一つになることは間違いない。そう考えていると、僕は急にうとうとと睡魔に襲われてきた。
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