第16話 Memories of the Past(過去の記憶)

僕と山田は、ガイドのファンさんに連れられながら、入口へ入っていく。鍾乳洞内は一方通行になっているようで、進行方向を示す看板がところどころたっている。観光客が通る通路は、鍾乳洞が直接触れることができないように策がしてある。観光客たちは、鍾乳洞の中でも、画像をカシャカシャと音を立てている。その画像収集に熱中している観光客たちが、鍾乳洞の自然の美を感じ取っているのだろうかと疑問を感じた。せっかくの世界遺産なのになんだか訪れる目的が違う方向に行っているのではないかと思う。世界遺産の鍾乳洞の美しさにもっと感動を持ってほしいと思った。


入口を通り経路の看板に沿って僕と山田、ファンさんは歩いていく。僕は、ここまでの鍾乳洞のできるまでの時間を考えると、なんだか感動して鳥肌が立った。


僕は、なんとなく鍾乳洞の入口で別次元の気配を感じた。観光客がたくさんいるので、人の気配を感じるのは当たり前のようだが、この世の空気感とは違う気配だった。


ファンさん「酒井さん、山田さん、足元には注意してくださいね。鍾乳洞中は、足元がぬめっていますので、滑る可能性があります。」


僕「了解です。洞窟の中は湿っていますからね。山田君も気を付けてくださいね。」


山田「了解です。酒井さん、タウゴー島のこの鍾乳洞も世界遺産なんですね。なんだか貴重な経験を次から次へとできて、俺、本当にうれしいです。こういう体験って本当に貴重ですよね。」


僕「若いうちにいろんな体験をすることって、とても今後の人生に役立つと思うよ。山田君にそう言っていていただけると、一緒にハロン湾へ来てよかったと思うよ。ありがとう。」


僕はそんな会話をしている中、徐々に意識が別次元へタイムトラベラーしそうになってきた。最初は、僕の目の前の空気が霧がかかったようになってきた。その靄のような塊でだんだんと濃くなっていき人の影になってきた。これは霧の塊というよりは、もしかして魂なのかもしれない。今まさに、僕に伝わってくるインスピレーションが出来上がる。


僕へ伝わったイメージは、服がボロボロになり、水でびっしょりと濡れたTシャツを着たベトナム人の少年が、鍾乳洞を覗き込むように佇んでいた。そのベトナム人の少年の魂の塊は、すごく憎しみと怒りを持っているように僕には感じとれた。その怒りの元の中には、悲しみからのもののようなインスピレーションが伝わってきた。その怒りと憎しみを感じ取ってしまった以上、僕はどんな悲しみがあったのかを確認したくなった。

僕は、さらに意識を集中させ、ベトナム人の少年の意識へとアプローチをした。


その少年が生きた年代は、今から何年前ほどか具体的な年代はわからないが、昔々に生き抜いた人ではなく、ここ一世紀以内ほど前のように雰囲気は感じ取れた。ハロン湾の湾内を中心に住んでいた海上民族の出身者のようだった。その少年は、両親と祖父母、兄弟8人でその井下田のような昔ながらの独特の住まいに家族で住んでいたと訴えてきた。その少年は、「あの日。。。。」と訴えてきた。


僕は「あの日って?」とその少年に尋ねてみた。


少年「今日のようなすごく風も穏やかですがすがしい朝の日に、突然、頭上に外国兵の戦闘機が通過した。耳を引き裂くようなそのときの音は、今でも忘れられない。」と僕へインスピレーションを送ってきた。


少年「そのけたたましい音が聞こえてくるのと同時に、その外国兵の戦闘機から焼夷弾が雨のように落ちてき、気が付くと一気にあたり一面火の海となった。周りから悲鳴と叫び声が聞こえてきたため、その声で気が付いた。」と伝えてきた。


むろん、彼の家族の住居を構えていた木造の船とうこともありあっという間に、火の海に飲み込まれていったという。周りの船船も木でできた住まいの船であったため、あっという間に、火の手が周り、あたりにはすごい勢いで火柱がたっていったという。穏やかなハロン湾の景色が、一周にして地獄絵図へと変わっていったという。彼の親戚、近所のおじさん、おばさんの自宅の船も、中から人を助ける間もなく燃え続けていったという。兄弟と一緒に通っていた学校も、火柱が立つほど激しく燃え上がっていという。


仲の良い友達の自宅の船も、火柱が立っていたという。その火柱の中から、友達の姿が見え、少年へ逃げろって言っていたという。あちらこちらから悲鳴や叫び声も聞こえていたという。


その少年の父親は、祖父母の年齢から泳げないと判断し、祖父母と一緒に船に残ったという。海面がまさに日の海の様子だったという。母親とそのほかの兄弟姉妹は海へ飛び込んだ。また、妹とその少年は、手を取り合って海へ飛び込んだ。


その少年はどうにか難を逃れることができ、気が付いたら今回の鍾乳洞のあるタウゴー島の岸辺に、少年だけは打ち上げられていたという。その砂浜は、今まさに僕たちが乗船していた客船が停まっている港の白浜であったという。


しばらくすると少年の意識が戻り、一緒に海に飛び込んだ妹を見つけるため、あたりを探し続けたという。一緒に海へ飛び込んだ妹の姿は、どれくらいの時間が経ったかわからないが、いくら探し続けても見つけることはできなかったという。


少年「ニャンチャン。ニャンチャン。と妹の名前を声がかれるまで叫び続け、姿を探し続けた。」という。


妹を探し続けたが、結局、探し当てることはできなかったという。いまでもその悲しみが消えなという。彼の家族はというと、おそらく住居船ともに海の藻屑となったといっていった。


僕はその少年からそんな話をインスピレーションで受け取り、どれだけの悲しみに暮れたことだろうと、もらい泣きをしそうになった。少年の無念の思いからこの鍾乳洞の入口で今でも妹を、家族を探し続けているという。僕は、人が人を思うその思うというのは、時空を超えて伝わってくるものなんだぁと思った。


ふと気が付くと、僕の隣で山田がなんだか涙ぐんでいることに気が付いた。僕は声をかけるのも悪いなぁって思い、僕と山田は二人黙って歩いていた。


鍾乳洞の中ほどには、鍾乳洞の天井に穴が開いており、そこからの光が鍾乳洞内に入ってきている箇所があるんだが、その光の柱がまるで天からの神々しい光の柱のように思えた。この光の柱を伝って、先ほどの少年や家族の魂が天へ召され、成仏していただきたいと願った。


僕が思いにふけっていたら、山田から話しかけてきた。


山田「酒井さんも気が付かれていたと思うんですが、鍾乳洞の入口にベトナム人の少年の魂が、こちらに思いを伝えてきていました。それを感じ取っていたら、俺、悲しくなり涙が出てきちゃいましたよ。」


僕「そうだったんですね。ぼくにもその少年の魂が伝わってき、もの悲しくなってきちゃったよ。俺と同時に戦争の残酷さを目の当たりにした感じだったよ。本当、人の幸せを誰しも壊す権利なんかないんだよ。どれだけ無念の死を遂げた方がいたことか、そう思うと今でも僕は涙がでそうだよ。こんな感情を一人でも多くの人が持ってくれると戦争はなくなるんだろうけどね。なかなかそうもいかないよね。現代ですら。」


山田「戦争って残酷ですね。俺も酒井さんと同感ですよ。今、俺と酒井さんが感じ取ったこの思いを一人でも多くの人たちが、共有できたたらって思っちゃいますよ。」


僕「本当にそうですね。今、伝わってきた思いは一人の少年の思いだけだったけれど、実際は、まだまだ残酷な出来事が多くあったんだろうね。そんなふうに思うと、更に悲しくなるね。」


僕「山田くん、それはそうと先ほどの鍾乳洞の光の柱は、絶景だったよね。なんだか天からの会だという感じだったよ。どう思った?」


山田「でも、残念なのが、鍾乳洞の中のライティングが、すごくアンマッチだったのが少々、興ざめしちゃいました。なんだか繁華街のネオンって感じで、俺は受け取っちゃいましたよ。」


確かに山田の言う通り、鍾乳洞のライティングが原色すぎて、ナチュラルさが感じ取れなかったのは残念だったと思う。そういった感覚って日本人とはちょっと違った感じだった。それがまさにカルチャーショックなんだと思うけど。


僕は山田と他愛のない話をしているうちに、鍾乳洞の出口へとたどり着いた。鍾乳洞の出口から見た景色も少々高めからの景色で湾が一望ができ、さわやかな海風も吹いて印象深い景色となった。


山田「酒井さん、すごくきれいな湾の景色ですね。俺と記念写真を撮ってもらっていいですか。」


僕「いいよ。僕でよければ。」


透明度の高い海の色、青空のブリリアントブルーのコントラストが何とも言えない景色を作っている。さらに沖合に目を向けると、岩山が海の中から突き出ているが、その岩山に生えている木もまた、まさに海の桂林と言われるほどの絶景だった。


ガイドのファンさん「酒井さん、山田さん、客船に戻りますよ。」と誘導してくれた。


ファンさん「実は、この辺りはベトナム戦争時代には、海上住民の住宅の船が外国兵の焼夷弾でほぼ沈没させられ、たくさんの人の命が、失われたところなんです。この鍾乳洞のタウゴー島の海岸にも遺体がたどり着いていたといわれています。本当に悲しい過去もあったんですよ。今ではたくさんの観光客が楽しそうに訪れていますけどね。」


僕「そうだったんですね。そんな過去があるとは、今この島にいる人たちは誰も知らないんでしょうね。なんだかもどかしいです。」


山田「なんだか悲しい気持ちになりますね。」


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