第15話 Tragedy (悲劇の伝承)

僕は、デッキでうとうとして、はじめは鳥のさえずりだけが聞こえてきていたが、ほかの音が混じり始める。僕には、ラジオのチューニングの時の音となって伝わってきた。


すると一瞬、僕の意識が落ちた感覚がした。柔道で首を羽交い絞めされて意識を失うような感覚を覚えた。ハロン湾までの途中で見たあの親子が、僕のイメージの中に現れてきた。僕に何かを訴えているが、何を言っているのか音声で伝わってこない。もの悲しい女の顔がうかがえた。子供は脅えきっている様子が伝わってきた。


僕がインスピレーションで「どうしたんですか」と話しかけてみた。そうすると女も僕のインスピレーションをキャッチできたようで時空を超え、インスピレーションの会話が始まった。ハロン湾への道の途中にあった村の出身だそうだ。ベトナム戦争の戦火の中、若い外国人兵に襲われそうになり、子供を連れて逃げている様子が、先ほどのインスピレーションで伝わってきた映像だったと伝えてきた。若い女と子供を助けようとし、撃たれた男性は、その女性の夫だったという。自宅で戦火から逃げる用意をしているときに、自宅にあの外国人兵が押し入ってきたという。


そこに夫がたまたま帰宅し、外国人兵と取っ組み合いになったという。夫の首を兵士が絞めて、女も夫を助けようとしていたが、夫が「子供を連れて逃げろ」と目で訴えたという。女は子供を抱きかかえ戦火の中、あの直線の道をひたすら走り逃げたという。


そのイメージが、先ほどハロン湾までの車の中で僕に伝わってきて画像がイメージされたようだった。夫の首を絞めていた外国人兵は、その手を止め、逃げる女と子供を追いかけ始めてきたという。それを見つけた夫は、その兵士を追いかけ、僕のイメージにあったように外国人兵に撃たれて亡くなったようだった。女は兵士からどうにか逃げ切れたらしく、途中、葦の草むらに隠れていた老女に助けられたという。


あのベトナム戦争では、そんな惨い死に方をした人たちがどれほどいたか、波長があった僕に伝えたかったと、インスピレーションで知らせてきたという。その後、女は子供を育て上げ人生を全うしたといっていた。夫が外国人兵に打たれた瞬間の光景は、今でも消え去れないと伝えてきた。あの時代の惨さ戦争の悲惨さを、現代へ伝え続けてほしいと言っていた。最後にその女性と子供たちの映像が僕へとインスピレーションが送られてきた。


僕の意識は、ふと人の気配を感じ、現在へ引き返させられた。隣の山田が、僕の体を心配そうにゆすっていた。その揺れのお陰で、僕は現在へ戻ってこられたようだった。


山田「酒井さん。酒井さん。大丈夫ですか?2分から3分意識がなかったようでした。今先ほどまで、意識が遠のいていましたよね。」


僕「そうかもしれない。実は、今、意識がなかった間、こんなインスピレーションで伝わってきた。」と話した。


ハロン湾に向かう途中の出来事を僕は山田へ伝えた。

山田「そうでしたか。実は、酒井さんと同じ時間帯だと思いますが、そんなインスピレーションが、俺にも伝わってきたんです。変なことを言って、雰囲気を壊しても悪いと思っていたので、言わずにいました。」


山田も僕と同じ光景を意識の中で感じ取っていたようだった。山田の場合は、意識が遠のくのではなく、千里眼のように目の前に景色が見えてくるといっていた。僕は人それぞれの伝わり方があるんだぁって感じた瞬間だった。


僕「ベトナムへ来る前の日に、デジャブーでその若い女と子供が夢に出てきたんだ。」と付け加えて僕は山田に伝えた。


山田「そうだったんですね。俺も実は、旅行へ行く前には、よくデジャブーを見るんですよ。今回のベトナム旅行の一週間前から飛行機の中の出来事や会話が夢で確認できていたなんです。酒井さんとの出合いも分かっていました。だから、人見知りの俺が、隣にいらっしゃった年上の酒井さんへボールペンをお借りできたんですよ。」


僕は山田の話を聞きながら、よくもこんなに似ている人が世の中にはいるもんだなっとつくづく感じた。


僕「そうだったんだ。もしかして僕と山田君ってソウルメイトかもしれないね。ちなみにソウルメイトってご存知ですか。」と続けた。


山田「もちろん、俺もソウルメイトの意味は知っています。俺も実は同じ印象を受け取っています。」と回答がった。


念のためにここで簡単に説明したいと思う。ソウルメイトとは、同じ魂を持つ魂の世界という意味。現世は、仮の姿でその修行をするために、別世界から現世へ赴いている。その別世界の中、別の次元で、同じくくりの空間にいるのが、ソウルメイトというわけだ。


山田「今、酒井さんが見ていた光景は、俺には今回は伝わってきませんでした。もしかしたら、その女性と子供は酒井さんへ何かを伝えたかったのかもしれませんね。」


僕「そうかもね。でも、いったい何を伝えたかったんだろうね。でも、ここで言えることは、本当に戦争は起こしていけないってことだよね。こんな残酷なことってありえないからね。それを僕の意識の中に出てくる女性は伝えたかったんだろうね。」


山田「彼女たちはベトナム戦争時代にも精一杯、頑張って生きていたってことじゃないんですかね。」


なかなか鋭いところを山田は突いてきた。僕もその通りだと思った。ただ、気になることがあった。その女性の子供が一番初めに僕のイメージに映った時には、確か2人いたはずだったが、2回目のイメージでは赤ちゃんの姿がなかったことだ。おそらく、乳飲み子は、戦争の犠牲になったのではないかと推測される。戦争ほど人間の手で多くの犠牲を出すものはないと痛感するところではあった。


最後にそのベトナム人の女性が僕に伝えてきた言葉があった。「頑張って」と。その意味はどういうことかは、今はわからないけれども。いつの日か、この意味が分かる時が来ると思う。

僕と山田が乗っているクルージング船は、ハロン湾の鍾乳洞の島であるタウゴー島へと到着した。僕と山田は、このタウゴー島へ上陸する。島の船着場は湾になっている。その湾にここぞとばかりに観光客船が停船している。僕はこの島へ上陸した第一歩で、なんだかこの島にもいいようのない何かがあるような気がしてきた。


島には鍾乳洞があり、この鍾乳洞の入口は観光地化されていた。いかにも外国人の観光客をターゲットにしていますといった印象を受けた。世界遺産の登録のロゴと概要の説明の看板がある。島へ上陸している他の観光客も看板の説明文を熱心に読んでいる。多国籍な観光客たちは、インスタ映えしそうなその景色をカシャカシャと画像に収めているようだった。自撮り棒もかなりのアジア人観光客たちが利用している。ただ、日本人は自撮り棒を利用している人は全くいなかった。僕と山田は、ここでもカルチャーのギャップを感じた。


このタウゴー島の鍾乳洞は1994年に世界遺産に登録され、それ以来、観光名所となり世界的にも有名になったようだ。鍾乳洞入り口には、世界遺産という看板があった。高台にある鍾乳洞入り口から見える湾の景色は、なんだか戦時中の上陸作戦のように思える光景だった。僕はなんだか複雑な気持ちになった。が、思わず、この世界遺産認定の看板の前で写真を撮ってしまった。僕は油断し、うかつにもミーハーなことをしてしまった。


山田「酒井さん。俺のカメラで撮ってもらえますか。」とミーハーぶりを出していた。


それと同時に、僕は違う次元の人とチューニングがあったようだった。また、僕の意識だけが、違う世界へ迷い込んでしまった。意識がうつろなまま鍾乳洞の入口までは、石段を登っていき、途中では、展望台のようなところがあった。そこからの眺めもハロン湾が一望でき、なかなかの立地条件だった。鍾乳洞の入口なだけに足元は湿っているところが多く、滑っており足を取られそうになった。


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