第12話 Time Traveler(ベトナムの過去へ)

山田の滞在しているホテルへと到着した。ホテルのフロントへ僕とファンさんは向かった。僕はフロントのソファーに腰をかけている山田を確認した。


山田「酒井さん。おはようございます。今日はよろしくお願します。昨晩は、御馳走様でした。楽しい時間をありがとうございました。」


僕「おはようございます。昨晩は、どうもです。昨晩の料理はおいしかったよね。満足していただけましたか。山田君はもう朝食は済ませましたか。」


僕「山田君、こちらが本日のガイドをしていただくファンさんです。ファンさん、連れの山田君です。当日の参加でよろしくお願します。」


ファンさん「山田さん、おはようございます。今日のハロン湾のクルージングガイドをするファンです。よろしくおねがいします。当日参加ということで酒井さんからうかがっています。」


山田「こちらこそ、よろしくお願いします。朝食は済ませています。俺はベトナム初めてで、飛行機でたまたま席が隣だった酒井さんと、偶然にハロン湾へ行くことになり、すごく楽しみです。」


僕「僕もベトナムは初めてなんだよね。」


ファンさん「さぁ、酒井さん、山田さん、行きましょうか。今日は、天気もいいですから、ハロン湾の景色もキレイですよ。世界遺産の海の桂林を堪能してください。」


ドライバーも含めての4人のショートトリップが今から始まる。ファンさんのハロン湾がきれいというフレーズで、僕はわくわくしてきた。今日はいったいどんなアクシデントが起きるのか、楽しみの始まりだ。


ファンさんが、ハロン湾クルージングの本日のスケジュールと道のり、途中、トイレ休憩などのタイミングを説明してくれた。ハノイ市内からはチャンニャットズアット通りを走り、市外地へ向かう。


間もなくすると大きな川がある。紅河と言われる。この赤茶色は、水質に鉄分でも含んでいるのだろうかと思うぐらい、かなり赤茶色だった。この紅河を渡る橋は、日本の技術とODA支援で作られたものだという。すごくしっかりした橋に仕上がっていた。橋のデザインも洗礼されているような気がした。


その橋の名称は、チュンズオン橋とのことである。ベトナムの人たちの毎日の生活で大切な足になっているようだ。僕たち日本人の税金がこんな形で役立っていると思うと、なんだかうれしくなった。僕たちの車の横を、バイクに4人乗り5人乗りをしている人達が、どんどんとすごいスピードで通過していく。かなりスピードが出ているように思われる。思わず、僕は、乗車中の車の速度メーターへ目を向けた。自動車は70キロの表示であった。ということは、先ほどのバイクはそれ以上の速度で出会ったということだ。事故をしたときには、とんでもないことになる。目先のことよりも先のことを考えながら、どうして運転できないのかとつくづく思う。


どの国も朝は忙しいから、みんな急いでいるんだぁって思っていた。僕は今回ベトナムへ来て以来、東南アジアで気になっていることがある。それは大気汚染である。こんなにバイクや車などが行き来していると、排ガスもすごい量がでているはずだ。ハノイ旧市街地の空は、なんだかいついても霞んでいるような気がする。僕は、地球の大気は大丈夫なのかなって少々心配になった。


ハノイ市内から郊外へ出るとバイクの量も徐々に減ってきた。バイクは減っているが車は割と通っている。というよりは、ハロン湾へ行く外国人が乗車した車がほとんどだ。

この道は一本の直線の道となっている。両サイドには田んぼが連なっている。水牛を使って耕している様子も見受けられる。この風景、「あぁ」趣のあるなんだかいい感じである。やはり人間にはこういった時間の流れも必要だと感じた。昔ながらのアジアの風景を感じられてうれしく思った。


すると僕が車窓の景色に目をやっていると、僕の意識がまたまたタイムトラベルをしていく。ベトナム戦争時代かどうかはわからないが戦時中の風景が頭に浮かんできた。


母親と思われる20代女性と幼稚園ぐらいの子供(性別は不明)が手をつなぎ、小走りに道を進んでいる。まさに今、僕たちがハロン湾へ向かって走行している道である。車が走行しているのは現在だが、僕の意識にあるその同じ道は違う次元の世界だ。僕のインスピレーションからうかがえるその道は、両サイドには葦が人間の丈ほどの高さがある。その葦の中をかけ別けながら、乳飲み子を抱えた女性は一生懸命に走っている。その女性は裸足のままである。現代の道では舗装されているが、僕のインスピレーションの中の道は舗装などされておらず、乾燥しきった土埃がたっている。その二人の雰囲気からは、絶望を感じ取られる空気感を僕は感じた。インスピレーションでその物悲しさを感じていると、山田が僕へ話しかけてきた。


その瞬間、僕の意識は現在へ引き戻され、我に戻った。


山田「酒井さん。今日のハロン湾クルージング、俺、すごく楽しみなんですよ。昨晩、なんだかわくわくしちゃって、なかなか寝付けませんでしたよ。俺、なんだか幼稚園児みたいですよね。それにベトナムって、思ったほど外国外国してなくて、日本人の俺にとっては、風景も馴染みやすいで国です。なんだか俺、ベトナムのことをすごく好きになっちゃいました。海外旅行にはまっちゃいそうですよ。いろいろな出会いもあっていいですよね。」


僕は、山田が異国の空気感に感動して、わくわくしてきているのが、非常に伝わってきた。確かに自分の知らない国へきて、異国を感じていたら、若い感性には少々刺激的なのかもしれないなぁと思った。僕も初めてインドネシアへ行った時のことを思い出していた。


僕「僕もハロン湾、初めてだしハノイ近郊で唯一のパワースポットだしね。すごくわくわくしちゃいますよ。信号のない一本道なんか日本では、なかなか今ではお目にかからりませんからね。異国へ来たって感じちゃいますね。なんだかノスタルジックな感じですよね。この田園ののどかな風景もなんだか落ち着きますね。」


そんな会話を山田としていた。


ファンさん「酒井さん、山田さん、ハロン湾へ着くまでには、時間がありますのでハロン湾の紹介をしますね。お二人もご存知かと思いますが、ハロン湾の景色は世界遺産に登録されています。ベトナム北部、クアンニン省に位置するハロン湾は、434000ヘクタールにもわたる広大なエリアに、石灰岩からなる大小1600もの島々が奇峰の如くそそり立つ、神秘的な景観が特徴です。石灰岩でできていますので、もちろん鍾乳洞のある島も点在しています。ハロン湾の風景は、まさに自然の織りなす驚異であり、水墨画にも似た世界から「海の桂林」とも呼ばれています。1994年、ユネスコから世界自然遺産に指定されました。その美しい景観は、世界各地からの旅行者を魅了し続けています。本日のクルージングは、約5時間のコースとなります。途中、ランチの時間もあり、ランチは船内で新鮮な魚介類のイタリアンとなっています。」


山田「酒井さん、俺、ますます楽しみになっちゃいました。クルージングしながらイタリアンランチなんてお洒落ですよね。ハロン湾の景色を見ながらのランチ、とても楽しみです。」


僕「そうですね。ハロン湾は割と穏やかなようなのでデッキへ出て、景色を見ながらっていうのもいいですね。今回のクルージングは湾内なので、波も穏やかでしょうね。」


ファンさん「今日のスケジュール表を渡しますね。簡単に説明しますと、11:00ごろハロン湾への船着場へ到着します。そのまま、指定の客船へ乗船します。席へは、乗船したら、ボーイがエスコートします。乗船されたら、30分ぐらいするとランチタイムになります。客船には途中、海の上で生活している漁民たちによる海産物の即売会もあります。その新鮮な魚介類を購入し、船で調理して召し上がっていただきます。ちなみに魚介類はその日その日で取れるものが違うため、当日にならないとどんな食材かはわからないんですよね。そののち洞窟観光です。ハロン湾の大きな魅力は自然が織り成す奇観といえますが、そのひとつ、自然が長い年月をかけて生み出した洞窟(鍾乳洞)見学もハロン湾観光の大きな楽しみの一つなんです。スケジュールを一通りクルージングした後、16:00ぐらいに港へ戻り、車でハノイ市内へ戻るといった感じです。ハノイ到着は20:00ぐらいとなります。」


僕「そういえば山田君は、ベトナム語は話せるの?」


山田「俺はベトナム語は話せないですけど。英語は少々って感じですね。語学は勉強より慣れろって感じですね。ぶっつけ本番ですよ。割と本番には強いんですよ。」


僕「そうなんですね。語学は慣れですからね。それと山田君は、強運の持ち主なんですね。そうそうデジカメは持ってきましたか?」


山田「もちろんですとも。せっかくのハロン湾クルージングですからね。その時その時の俺が感じ取った画像を収めたいんで。過去には戻れないため、その瞬間が大切なんですよね、俺にとっては。」


僕は、そんな会話をしながら、とても山田に共感が持てた。と、同時にまたタイムトラベラーをしてしまった。僕がタイムトラベルするときは一瞬、気を失う感覚がある。気が付くと、別の次元の世界へと来ているといった感じだ。


ハロン湾へと続く一直線道路の走行中で、僕の夢の中で出てきたベトナム人親子が出てきた。異世界の道に佇んでいる僕の横をその親子は走り去っていく。空はきれいなブリリアントブルーの青空の中、何から逃げている必死さが伺える雰囲気であった。女性の腕の中には、男の子と幼子を抱えていた。その女性をアジア人風の外国人兵士が追ってきている様子が、僕の目も前で繰り広げられている。僕は、早く逃げてとその女性にインスピレーションを送った。路の傍らの小川には、彼女たちの必死さとは反比例し、澄切った水が流れていた。


最初は、その女性には僕の姿は見えてない様子だった。僕がそのインスピレーションを送ると彼女は振り返って、僕に「あなたも早く逃げてください。」と伝えてくれた。その女性の手の中にいる幼子も雰囲気を察してか、おびえている様子だった。小さな幼子の手が、その女性の手をしっかりと握っていた。僕が子供の時に、母親の指を握っている光景が思い浮かんだ。母親の手を握るその幼子の手が僕の脳裏に焼き付いてきた。その女性と子供を助けようと夫と思わしき男性が、その外国人の兵士の行く手を塞いだ。


すると、その外国人兵士は、容赦なく非人道的にその男へ何発も銃弾を発射し、射殺した。その銃声を聞いた女性は、振り返りベトナム語でなにか言っていた。おそらく「あなた」と言っていたように感じ取れた。その男性のおかげで女性と子供は助かったようだった。僕の姿は、女性以外には見えていないようだった。その惨たらしい光景を僕は目の当たりにした。ベトナムの過去を知ったといった感じだった。


僕が、こんな光景を目の当たりにしている時、山田が僕へ話しかけてきた。


山田「酒井さん、この景色すごくきれいですね。道路の両サイドの田舎のこんな景色が、ベトナムの雰囲気を醸し出していますね。なんだかのんびりとした空気感が何とも言えないですよね。現在はこんな景色ですが、昔は違っていたんでしょうけどね。」


と、なんだか僕が今目の当たりにした光景を知っているかのように、山田は僕へ問いかけてきた。


その問いかけに僕の意識は、現在へ引き戻された。僕がタイムトラベルしていた時間は、ほんの数分程度だった。僕の体感では、数時間に感じた。


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