第2話 麦と米と玉米
あれ、麦穂が刈られてしまった。
裏道を走っていましたら、穂を垂れていた麦がすっかりと刈られてしまっていたのです。
実ったら、刈り取り、それを売って収入を得るのは、農家の大事な仕事です。
「麦秋」だなんて、感慨に浸るのは、文学好きのおっちゃんの得意技だと、そう思いながら麦わらの香りがまだ残るアグリロードを走ったのです。
あの麦が刈り取られたとなると、新粉のうどんを食いにいこうと、ご近所から誘いが来る頃だと、そんなことを思いながら、麦穂のなくなったアグリロードを疾走し、まだ、か弱い苗が辺りを埋め尽くす田んぼのある方へと進んでいったのです。
日本人の主食は、米に他ならない。
しかも、ねっとりした米だ。パサパサの細長いタイ米は好まない。なぜなら、あれではおにぎりができなからだ、なんて無教養なことを考えたりするのです。
だから、タイでは、米を潰して、ライスペーパーを作り、それに野菜や肉やエビを入れて巻いて食べる食文化が生まれたに違いないと、これまた勝手に思ったりするのです。
麦は、麦粒のまま食べれば、口の中で、あっちに行き、こっちに行き、困ったことになるから、きっと、それを粉にして、食べやすくしたに違いないと、ペダルを踏みながら、そう思うのです。
発酵させて、オーブンで焼けば、それはパンになります。
フライパンで焼けば、ナン。
蒸せば、マントウ。
揚げれば、ドーナツです。
発酵させないで、そのままオーブンで焼けば、それはスコーンになり、フライパンで焼けば、ホットケーキだなんて、即座に私の頭の中に、よだれの出そうなパンの数々が出てくるのです。
それに比べれば、日本人は、米一筋だなんて思いに至るのです。
炊きたてのご飯に、生卵、納豆、それに海苔、そんな朝ごはん、思っただけでも、生唾を吞み込むのです。
昔、玄米ブームがあって、幾分太り気味だった私は、体に良いという玄米を食べるようにしていました。
あのつぶつぶ感が新しい食感で、しばらくは、好んでそれを食していました。
しかし、父は、それをたいそう嫌いました。
戦争の時代を経験していたからです。
それにロシアに捕虜になって、ひもじい思いを散々にしてきたからです。
日本人の食べる米は、真っ白な、粘りがあり、口の中にいっぱいに含んで、そのひと粒ひと粒を感じて、食べるものでなくてはならなかったのです。
玄米など、米がないときに、そこに大根を入れて、ごまかして食べるまやかしの食べ物であったのです。
父の世代の後の若い世代の私たちは、戦争も、飢餓も、まして、今即座に食べるものがないということをつゆほども知りません。
腹が減ったと思えば、冷蔵庫の中に何かしらあります。
なければ、ちょっとコンビニに行けば、最高の米で握られたおにぎりが売られているのです。
平和だ、豊かだって、そんなときに、しみじみと感じるのです。
でも、私、ご飯よりも、きっと、パンの方が好きに違いないと思う時があるんです。
どんな時、そんなことを思うのかっていうのですか。
できあがったときの香りの違いからなのです。
米を炊いた時の香りは、もちろん、良い香りですが、パンは、それを数段上回る良さを持っていると思っているのです。
パンは、小麦に練り込まれたバターの香りが強烈に香ってきます。だから、パン屋さんに入って、その香りをかぐと、最高の幸せを感じるのです。
それに、つくばは、パンの街ででもあります。
ちょっと、出かけたついでに、有名な店のパンを気軽に、手軽に、食べることができるのです。
でも、私が最も好むパンは、さように高級で、著名なパンではないのです。
マーケットの一角にある、ほとんどが百円のパン、それはつくばのどの著名店にも負けない味であり、ふっくらとしたパンなのです。
大学で、中国語を勉強したころのことです。
「油条」という言葉が出てきました。
これがよくわからないのです。
漢字から、油を使ったもので、細長いものということは想像がつくのですが、辞書では、それは粥と一緒に朝食に食べられると書いてあります。
香港で、初めて、それを食した時の感動は、今も、覚えています。
細長い、これでもかって大きい、揚げパンです。それを粥に浸して、おかずとして食べるのです。油は活力源になりますから、中国の人たちも、きっと、それを狙って、お粥と一緒に食べているんだと思ったりしたものです。
もう一つ、玉米という言葉にも、感心をしました。
玉の米って、なるほどそうか、米粒を何十倍にもした宝玉のような米粒といえば、それは何を隠そうトウモロコシのことです。
米よりも、麦よりも、トウモロコシこそが世界で最も栽培されている主食となる穀物だと言います。
そんなことを考えながら、私は、その日、裏道のアグリロードを走ったのです。
家に帰ったら、玉米ののったパンを買いに、コンビニに行こうって。
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