第2話 彼

その日の夜。深夜、人気がなく波の音のする滑らかで真っ黒な道を、私は死体を引きずりながら歩いていた。

いつも、殺した人は海に沈めている。こんな人の少ない小さな島の海の底を船がさらって行ったりすることなんてなかなかないだろうし。小さな舟がいくつかとまってい所から少し離れ、堤防の先までゆっくりと歩く。海の、月の光を反射して濃く光る黒に自分も飲み込まれてしまいそうになる。やっとついた。死体は大きめの石と一緒に寝袋に入っている。今私がこの手を離せば、確かにこの世にいたこの人はいなくなるんだ。それは不思議な感覚で。もし6日後、私さえいなくなったら、この人がいたというの記憶さえ消えて、今私が持っているこれはまっさらになる、なんてことを考えながら死体を水につける。



とぽっ、という音とともに、それは深い群青に飲み込まれていった。人の命はなんてあっけない。彼の最後の残像である小さないくつもの泡が表面に浮いてくる。

それを見終わってから私は、彼のことなんてなかったかのように顔を上げる。と、


ふと目を凝らす。音が聞こえるのだ、ざぷっとかばしゃっといった音が。それも意外と近くから。こんな時間にこの島の人は出歩かないし船は勝手に動かない。ばれたのか、と周りを見渡す。



ふと右前に視線を動かすと、ボートが近づいてきていた。まだ少し距離はあるが、そんなに遠くないところ、誰か一人、男の人が乗っていてすごく疲れている様子だ。

ふと、その人は顔を上げた。目があった瞬間に驚いたのか、ちゃぷっという音がする。

あまり大きくもないボートの上でそんなに驚いたら落ちるんじゃないのかと思いつつ凝視する。私と同じぐらいか、もう少し年上、まだ若くて、私よりも軽いんじゃないかと思うぐらい細い男の人だった。どうやってここに来たんだろう、あまり本土から近いわけではないし。もう目の前まで来た彼が、必死に上がろうとしていたのでなんとなく手を貸して引っ張り上げる。

真っ暗な海に囲まれた中で、月の光に照らされた彼だけやけに白く、淡く光って見えた。

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