第4話 交錯

小百合は眠りは浅い方だ。

夜中に、ちょっとした音で目が覚めてしまうことも良くあった。

その眠りの浅さ故か、目が覚める瞬間のまぶたが上がる感覚をいつも感じる。

そして、その感覚を感じ取った小百合は疑問を抱く。

――あれ?何で目が覚めたの?ここは病院かしら…いやいや、確実に死んだはず…

「おかしいな………ん………?」

自分の声に驚愕を隠しきれない小百合。

「え!?何!?何で男の子の声に…」

あまりに非現実的な状況に、やがて小百合はある一つの考えに至る。

――何だ…夢か…

だが、次の瞬間飛び起きる。

「いやそんなわけないじゃない!私死んだわよね!?もしかして死んでなかった!?だとしたら何でこの体に…」

そして、自分の体を確認するように、手のひらで胸から下半身にかけて撫で下ろしていく。

――無い……ある…!!

自分の元の体とは正反対の感触に、顔を赤らめながらも興味津々な小百合。

と、不意に、ドア越しに女性の声が聞こえた。

「巡~。そろそろ学校行かないと時間ヤバいんじゃない~?」

――この体の人のお母さんだろうか。

ジュンっていう名前なのか、と思いながら壁にかかっている時計を見た小百合。

その時計の指している時刻に、小百合は凍り付く。

「大変!寝すぎたわ!早く支度しないと!」

「ん?いつもと語尾が違くない?」

そんな母の言葉などいざ知らず、他人に対する口調で早口に捲し立てる小百合。

「お母様?で、いいですわよね。朝ごはんは出来ていますの?早く食べないと遅刻しそうですわ」

「う、うん。出来ているけど、何よそのしゃべり方…」

「あ!!」

だが、突如、小百合は何かに気付いたような大きな声を出す。

「わわっ、きゅ、急にどうしたのよ?びっくりするじゃない」

そして、静かな、消え入りそうな声で小百合は言った。

「…学校…どこだっけ…?」

後には、「は?」という、母と思われる人物の間の抜けた声しか、残らなかった。というか小百合は、現在体が入れ替わっているという事を完全に忘れているのだが…それは"遅刻してはいけない"という生真面目な性格のせいであって、単純に小百合が馬鹿なわけではないのだ。…多分。



◇  ◇  ◇



――う~ん…本当にどうなってんだこれ?こんなことって有り得るのか?

「あ、鏡…」

ベッド横にある鏡に気付いた巡は、ベッドから立ち上がり前に立つ。

「……!」

鏡に映った姿は、ただ美しかった。陶器のような肌に、腰まで伸びた純白の、光を反射して虹を浮かばせる髪。精緻に整った顔。雪の精と言われても何ら違和感も無い程、美しい少女だった。

――綺麗な人だなぁ…

そして、自分の体を見下ろす巡。女子特有の、胸部に位置している双丘に遮られて、足下は見えない。

何気無く、本当に何気無くその双丘に手を伸ばし、触れる巡。

「うわぁ…」

その何とも言えない感触に、感嘆詞以外の言葉が出てこない、

――何だこれ…なんというか…すごいな…

しばらく、我を忘れて、胸を揉みしだく巡。

と、その時、

「お姉ちゃ~ん!朝ごはん出来たって言ってるでしょ!お母さん怒ってる…よ…」

そんな声と共にドアが開き、目の前の光景に固まる星嶺小百合の妹かと思われる人物。

「…あ…」

当然、妹の目の前には、姉が自分の胸を揉んでいるという光景が広がっており――

「お母さ~ん!お姉ちゃんがおっぱい揉んでる~!!」

顔を赤らめて、物凄い勢いで階段を駆け降りていく妹。

「ちょっと待て!違うんだよぉ~!!」

そう言って、妹に続き巡も階段を駆け降りて行った。



――状況を整理しようか。まず、俺は今、星嶺小百合なる人物と入れ替わっている。そしてそいつはかなりの美少女でプロポーションも完璧なスタイル…いや、これはどうでもいいな。そいつには妹が居てその子も負けず劣らず美少女で…これも今はどうでもいいな。…ああもうっ!どうなってるんだ!

現在、巡は朝食を摂っていた。ぎりぎりの所で、妹を捕まえて母への情報漏洩を

阻止した巡。あの場面を母にばらされなかったのは良いものの、この体が入れ替わっているという状況は全く意味不明だった。

――朝食はこのやたらオシャレで豪華なパンケーキとスムージーか…もう少しがっつり系が良かったが…

と、そのパンケーキを器用にフォークで切り分け、口に運ぶ巡。滑らかなシロップが垂れ落ち、周りを彩るクリームや果物が一層輝きを増す。

「はむ…」

――…いやめっちゃ旨い!この人シェフでもやってんのか!?食レポが出来るほど語彙力が無い俺でもどんどん言葉が出てくるぞ!

「お母さん、でいいよな…このパンケーキめちゃくちゃ旨い!なんというか、生地がふわふわでクリームもふわふわで……とにかく旨い!」

全然無理でした。

「何言ってるのよ。週に一回は食べてるじゃないあなた。…ん?今しゃべり方おかしくなかった?」

その間にも、巡はどんどんパンケーキを食べ進め、母が言い終わる頃には完食していた。

「ご馳走様でした!さて、寝るか」

「いや何言ってるのお姉ちゃん。今から学校でしょ。ていうか後5分でバス停着かないと乗り遅れちゃうよ」

隣で食事をしていた妹が、呆れたように言う。

――そうだった。過去に戻ったから学校は行かなきゃいけないのか…。そもそもこの体は元は俺じゃないしな。って待てよ!?今、後5分とか言ってなかったか!?

「え!?後5分でバス来ちゃうの!?」

「うん。だってお姉ちゃんいつもより起きるの遅かったし。……まぁ、あんなことしてたからなんでしょうけど」

と、顔を赤らめて言う妹。

「それについては忘れてくれ!早く準備しないと!」

しかし、家の中のどこに何があるのかも理解出来ていない巡は、慌ただしく家の中を走り回るばかり。

そして、見かねた妹が意味の分からない行動をしている姉に向かって言う。

「ちょっとお姉ちゃん、何してるの!?洗面所はそこを真っ直ぐ行って左でしょ!?」

「え!?あ、ありがとう!」

――急げ急げ!

素早く歯磨きと顔を洗い終えた巡は、急いで二階の部屋へと戻る。

「鞄はどこだ…あ、あった!よし、行くか!」

学校鞄を見つけた巡は、直ぐ様バス停へと向かおうとするが―

――…あ

「服…着替えてない…!」

服を着替えていないという重大な事に気が付く。

――うぅ…これ、着替えていいのか…?怒られたりしない…?でも時間もヤバいし…やるしかない!

制服と体操服を引っ張り出して、何も見まいと目を閉じて着替える巡。

目を閉じているということと女性特有の下着を着用しなければならないことも相まって、どうしても時間がかかってしまう。

――何だこれ…どうやって着けるんだ?そもそもブラなんて着けた事がないんだから目を閉じて着けるなんて無理に決まってる…

…仕方無く、この時ばかりは目を開けて着用することにした。

だが、偶然か鏡台の前で着替えていた巡…

当然、目を開けた瞬間、目に映りこんできたのは――

「っ!うわああぁぁぁああ!!」

初めて見た、母以外の女性の裸体に思わず叫んでしまう。

そして、一拍置いて階段を駆け上って来る音が聞こえ――

「お姉ちゃんどうしたの!?強盗!?痴漢!?それと…も…」

妹の、そんな声とともにドアが開かれた。

当然、妹の目の前に広がるのは鏡台の前で自分の裸体をまじまじと見ている姉の姿で――

「お母さ~ん!お姉ちゃんが何か自分の体をなめ回すように見てるぅ!!」

そして妹は、凄い勢いで階段を駆け降りて行った。

「ちょっと待ってくれ!違うんだよぉ!ってか訂正しろ!俺は断じてなめ回すようになんか見てない!」

妹の後を追って、巡も階段を駆け降りて行った。

デジャヴ感漂うその光景に、『そんな事やってる内に遅刻するぞ』と、『今の服装で階下に降りたら大変だぞ』と…ツッコミを入れる事が可能な者は居るはずもなく、ただただ騒がしい声が家の中に響き渡っていた。

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