第3話 刺殺
一時間は国語ね。今日は何かの物語について学ぶんだったかしら。まぁ、何にせよいつも通りにしていれば何も問題は無いわね。
――ガチャリ、と。心の中に鍵をかけた。
「ではここを…星嶺さん、読んで下さい」
「はい」
いつも通り、教師に指名された小百合は音読を始める。
「――アリスは言いました。これから先もずっと、あなた様のお側に居させて下さい。あなた様は私に言ってくださりました。年の差も、身分の差も関係ない。共に愛し合おうと。あなた様に、永遠の愛を誓いま――」
「良い…!良いよ小百合さん…!!何というか…とても良い…!」
「…?先生?何かおっしゃいましたか?」
「い、いや何も!続けてくれ」
どうやらこの教師、密かに小百合に対して恋愛感情を抱いているようだった。
だが、お姫様モードの小百合に、そんな事は知る由もない。
「――こうして、ジャックはアリスに殺害され、復讐を果たしたアリスも自殺してしまい、もう
「いや全然めでたくないんだけど!何そのバッドエンドは!普通なら二人は結婚して幸せになりました。めでたしめでたしだろ!」
あんまりな終幕の仕方に思わず取り乱す教師。だが、小百合は淡々と答える。
「いえ、これは夫のジャックに浮気され、一度は許すアリスですが二回目のジャックの浮気にとうとう我慢出来なくなり、ジャックを刺殺してアリス自らも首かっ切って自殺するという悲劇の物語ですわ。学習目標にも書いてありましたわよ。"愛の偉大さを知れ"と」
「何だそれ初耳なんだけど!というか学習目標おかしくない!?何か名言みたいなんだけど!」
――キーンコーンカーンコーン~~
そして、一時間目が終わった。
終わりの挨拶と共に、小百合の周りに生徒が集まってくる。生徒と言っても女子高なので女生徒しか居ないが。
「小百合ぃ、今日の国語大変だったねぇ。主にあの教師がキモくて」
「そうよそうよ。あの教師、小百合の声が綺麗だからっていつも小百合に読ませるのよね」
「今日は特にヤバかったわね。あの、良い…良いよ…!ってところが本当にヤバかった!」
と、口々に国語教師の不満を言い合う女生徒たち。しかし、小百合はそれらを宥めるように、
「皆さん。そんなことを言ってはあの方に失礼ですわ。あの方も一生懸命に教えて下さっているんですから」
「「「小百合さんマジ天使」」」
女生徒たちの声が、寸分違わず重なった。
◇ ◇ ◇
その後も、数学教師に隣に付かれ、簡単な基本問題の解説を延々リピートされたり、体育の水泳の授業で、体育教師に胸を凝視されたり、社会の歴史の授業で歴史的出来事の一場面を無理矢理演じさせられたり、色々あったがいつも通りだ。
――そして放課後。
一日の中で、一番憂鬱な時間がやって来る。
「あ!星嶺さんだぞ!」
「本当だ!今日も何と麗しいのか」
「お前らどけ!ここは俺の特等席だぞ!!」
そう、放課後になると他校の男子生徒達がやってくるのだ。
「キャーーー!小百合様ーーーー!!」
……訂正しよう。他校の生徒達が小百合を見たいがために校門に集まってくるのだ。
その中には、こんな無謀な輩も――
と、小百合の目の前に、一人の男が躍り出た。
その男は金髪で、誰が見てもイケメンだと言う程整った顔立ちの男で、モデルをやっいてもおかしくないようだった。
そして、その男は口を開く。
「実はさー、俺、モデルやってんだけどさー」
……訂正しよう。モデルをやっていてもおかしくない男ではなく、モデルをやっている男だった。
「俺と君ってちょー相性抜群だと思うんだよねー。付き合わない?」
さすがの小百合もこの男には落ちたなと、絶望の表情を見せる野次馬共。
「小百合ちゃ~ん!そんな男に負けるな~!!」
中には叫び出す男も居た。
「小百合様ーー!私達も愛してーーー!!」
……訂正しよう以下略
だが、小百合は全く動じない。今の小百合は心に鍵をかけているため、目の前の男を振るなど造作も無い事だった。しかし、それでは皆の理想では無くなってしまう。目の前の男の理想にもならないと…
そして、小百合は口を開く。
「きゅ、急に恥ずかしいですわ…!そんなすぐにお答え出来ませんわ…!…だから、その、お友達からでも…いかがですか…?」
と、演技をしながら上目遣いで甘えるように言う小百合。
その姿に、金髪男も耐えかねたのか、
「お、おう…分かった…だが、いずれは恋人どうしになることを俺は宣言するからな」
そうかっこよく締めくくり、金髪男は去っていった。
「良いぞ小百合ちゃん!信じてたぞ小百合ちゃん!!」
「キャーーー!小百合様ーーー!!」
途端に騒がしくなる他校の生徒達。
だがすぐに、携帯を取り出した小百合の姿に、顔を青くする。
「もしもし。星嶺小百合でございます。はい。いつもの件ですわ。はい。よろしくお願いしますわね」
と、電話を切った瞬間、
「逃げろおおお!!」
他校の生徒達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
◇ ◇ ◇
――はぁ、今日も疲れたわね。早く家に帰りましょう。
先程、他校の生徒達を突破した小百合は、一人で帰路についていた。
バスは行きのみしか通ってこないため、帰りは徒歩なのだ。
――まぁ、それほど遠くないし、多少暗いだけで問題無いけどね。
しばらく歩いた小百合は、やがて暗い路地に入って行く。
――何でこんなところ通っていかないといけないのよ。暗い場所は怖くて嫌いなのに…ま、まぁ、いつも通ってるから怖くは…ない…わ…
怖いようである。
その時、小百合は妙案を思い付く。
「そうよ!一気に走り抜ければいいのよ!何で今まで思い付かなかったのかしら!」
そして、暗い路地から少し離れて助走をつけ、一気に走り出した。
――いい調子ね…!これからはここは思いっきり走り抜けよう…!
小百合が路地の真ん中までやって来たとき、運命は動き出す。
その時、突如、走っている小百合の右側から、ナイフが突き出された。
「え!?」
反射的に、立ち止まる小百合。そして、姿を現したのは、
「ぐふふふ…綺麗だねぇ…美しいねぇ…ぐふふふ…殺したいねぇ!」
全身、黒で染めた服装をした男で、夏にも関わらずフード付きの厚い大きなコートを羽織っていた。
そして、次の瞬間襲い掛かってきた。
「きゅ、急に何よ!!」
――グシャ
心の鍵が、壊れて落ちた。
小百合は、持ち前の運動神経を生かして、男のナイフをかわすが、男はずっと暗所に居たため、目が慣れているのか恐ろしい程正確な場所にナイフを振るってくる。
「っく!」
前髪が何本か斬られた。
だが、と、小百合は男を見る。
ナイフを持った腕が伸びきって、間合いの内側ががら空きだ。
そして、小百合は大きく前に踏み出し、動揺する男に向けて渾身の前蹴りを喰らわせた。
「っうう…ぐふふふ…やるじゃないか…ぐふふふ…こちらも本気を出さねば君に失礼だ…」
そう言うと、男はナイフを逆手に持ち、まるで本物の暗殺者のように暗闇に紛れた。
「あなたは誰なの!?何で私を狙うの!?」
小百合の必死の問いに、だが男は答えない。
「ぐふふふ…勝負の合間に喋るのも野暮な事だ…ぐふふふ…殺してやるぅ!」
そして、声がした方向とは逆の方向から、男のナイフが降り下ろされる。
「なめるな!!」
だが、小百合はそのナイフを軸をずらし、半身になることで避け、そのままの流れで回し蹴りを放つ。
「ぐほぁっ!」
その蹴りは男にクリーンヒットしたものの、倒れはしなかった。
その姿に、小百合は内心驚愕する。自分で言うのもなんだが、格闘技に関してはめっぽう強いと思う。小百合の実力は柔道、剣道、空手の全国大会で優勝するほどのものであった。つまり、並の男なら既に動けなくなっているはずなのだ。
「あなた…何者なの!?」
「ぐふ!ぐふふふ!面白い!楽しい!ぐふふふ…さぁ、もっと殺しあおう!」
そう言って、男は凄絶な踏み込みでこちらに向かって来た。
――和解は無理なようね…なら…!
「私も全力でいかせてもらう!!」
小百合は、得意とする回し蹴りで応戦する。だが、
――低いっ!
男の体勢を暗闇のせいか見誤り、間合いの内側に入られてしまった。
咄嗟に、バク転で回避するが、頬に走った焼けるような痛みに、小百合は顔をしかめる。
飛び散った鮮血が、その白髪の一部分を深紅に染める。
「…うぅ…痛っ」
だが、間髪入れずに男は迫ってくる。
――こうなったら、少しの怪我は覚悟しないと!
そして、小百合も思い切り踏み込んだ。
一瞬の内に、二人の距離は縮まる。
――この距離なら、男がナイフを振るうのにも腕を縮めなければならず間が生まれる。…なら、先に仕掛ける!
「喰らえっ!」
小百合は、回し蹴りと同じモーションで足払いを放ち、相手を罠にかけようとした。
だが、
「…えっ」
男は、小百合の蹴りに合わせて全力でバックスッテップすることで、蹴りをかわしていた。
――ヤバいヤバいヤバい!すぐに足を戻せない!体勢も悪い!これは…
「ぐふふふ…殺してやるぅ!」
男は、その機を見逃さず踏み込んできた。
――死んだ…わね…
小百合は死を確信した。
妙に、時間がゆっくりと感じられた。ナイフの先が、ゆっくりと、自分の腹に刺さっていくのを視認した。
「…うぅ…」
そして、小百合はその場に倒れこむ。痛みで声も出ない。もう、助からない。
頭の中には何も浮かばない。思い出もたくさんあったはずなのに、走馬灯すら流れない。
「ぐふっ…ぐふふふ!殺した!また殺した!ぐふふふ…」
男の、また、という言葉に小百合は反応する。
「…ま…た…?」
そして、男は熱に浮かされたような表情で言った。
「君で五人目だよ!ぐふっ、ぐふふふ!殺す事は気分がいいねぇ!ぐふふふ!」
そのまま、小百合の元へ歩みより、
「さぁ…もっと痛くしてあげるよぉ!ぐふふふ…ぐふふふ…ぐふふふ!!」
「…っか…はっ」
――誰か…誰か助けてよぉ…
ナイフの先で、小百合の傷口をえぐり始めた。
想像を絶する痛みで気を失いかける。
――いつもいつも、私は助けてあげてるのに…
「もっと痛がれよぉ!ぐふふふ!…あれ?ねぇ、もう死んじゃうの?ねぇ、ねぇ!死なないでよ!ねぇ!」
だんだんと、意識が遠退いていく。
男の最後の言葉を聞く限り、なるほど狂っている。どんな環境があんな化け物を生み出したのかは分からない。
――くだらない…本当に…くだらない人生…
次に生まれてくるときは、せめて、どんなささやかなものでもいいから…幸せを…
そして、小百合の意識は闇の中へと沈んでいった。
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