第43話 平和で、優しい世界を、どうか

 若宮様は反射的に顔を上げた。

「季太郎は、死ぬつもりなのか!?」

「――読ませていただこう!」山口多聞が若宮様から手帳をもぎ取った。急いで目を通して、絶句する。「そんな……!」

「……俺が殺してやろうと思っていたんだがな」ミハイルが嘆息した。「読まれちまったらしょうがねえ。 東條閣下、独逸第三帝国からの最後通牒の通告を持ってきてくれねえか?」

「殿下、何をなさるおつもりだ?」東條英機は怪訝そうに言った。

「俺の勘が正しかったら、そこに綾長季太郎は何か裏の文章メッセージを込めているはずだ。 アイツが進化させたコンピューターで解析させてみる」


 ミナサマ ドウカゴアンシンクダサイ

 フロウフシナド タダノイツワリデス

 ヤクヒトツキノアイダノシンボウデス

 シンヘイキモ キノウシナクナリマス

 ボクモ ヒトラーモ イナクナリマス

 ソノアトハ ダレトモナカマニナレル

 ドウカ ヘイワデ ヤサシイセカイヲ

 ココロカラ オネガイモウシアゲマス

 フショウ アヤナガ キタロウ ヨリ


 大日本帝国はユダヤ人の悲痛な哀訴を無視して、アメリカ合衆国を独逸第三帝国に譲渡した。独逸第三帝国はそれをきっかけに、次々と大日本帝国の領土を要求していく。大日本帝国は政府内での調整や軍隊の撤退に時間がかかる等々の説明をして、数ヶ月の猶予を貰った。

 「今日で、あれから一ヶ月、か……」

ミハイルは曇天を見上げつつ、呟いた。

「ケイちゃんは……間に合っているでしょうか」側の夫人が不安そうに言う。

今日はお冬夫人やミハイルのも宮中の御前会議に特別に招かれていた。

「季太郎は一度頑固になりやがったら理ではどうしようもねえ。 とすると、情で説得するしかねえ。 それができるのはケイだけだ。 グェンとロロが最高速度でベルリンまでケイを連れていっている。 ……どうなるか」

「……あ、皆様がいらっしゃいましたわ」

 お冬夫人やコレクションは窓際の別の席に座った。

「キタローは、今頃ケイに逢えているのかしら」

アイリーンが呟く。クリフが悔しそうに、

「何で俺達、あの時キタローをどこまでも信じなかったんだろうな」

『季太郎は善人のふりをしている時は大嫌いな悪人なのに、どうして悪人のふりをすると自己犠牲的な善人になるんだ!』

「……ケイちゃんだけが彼の本性をいつも見抜いていたのね」お冬夫人が悲しそうに言った。「ケイちゃんだけが、彼のことを真実、見つめていたのよ」

 ブラウン管から、ヒトラーが演説している映像が実況中継で流れ出す。

ヒトラーが演説台に登壇して万雷の拍手を浴びた。

――『諸君、』と彼が口を開いたら、砂になって崩壊した。文字通り、砂の山になってしまったのだ。続いて、護衛の親衛隊が、ゲッベルスに代表される重鎮達が、次々と砂になって消えていく。聴衆の凄まじい悲鳴と絶叫が入り乱れ、やがてブラウン管は何も映さなくなった……。

同時刻、アメリカ合衆国に駐屯していたナチス・ドイツの不死身の軍隊が一斉に同じ現象を起こす。

世界各地で同じ現象が発生し、そしてそれはナチス・ドイツに新配備された兵器にも移った。

一斉に自爆したのだ。生物兵器は死滅し、生体兵器はいきなり無力化した。

ほんの一瞬の間に、ナチス・ドイツの新たに得た全ての力が、崩壊していった。

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