第42話 手記 下

 ……僕はこの子が生まれる時に取り憑いた精神寄生体です。この子は死産の予定だったので、丁度良いと思って取り憑きました。僕がここに生まれた年は1921年、第二次世界大戦前です。神子がいなければ、第二次世界大戦で、大日本帝国が敗北する歴史になるはずでした。でも、僕はこの国や、この国にいる人々や、父や、色んな人を好きになってしまいました。彼らが空襲で焼かれ、原爆で蒸発し、悲惨な目にいずれは遭うのだと考えるのが、本当に辛くなってしまいました。

……僕の使命は『リング・リインカーネイション・ロジック』を死守し、転生する前の世界の人類文明の滅亡を防ぐ事。つまり神子の殺害と歴史改変の阻止が目的です。僕が失敗すれば一つの世界で人類が滅びます。なのに……。

……綾長季太郎として、僕は全てに嘘をついて生きてきました。いつでもどこでも気弱で温厚な人間を演じてきました。最初は演技のつもりでした。されど演技だと分かっていながら、僕は綾長季太郎の仮面が心地良かった。騙されている父が、僕の無限発電炉を発明した時や大学に受かった時、泣いて喜んで下さいました。いけません、いけません、僕には重大な使命があるのです!

……父が死にました。ミッドウェーで、戦死しました。本来ミッドウェーでは大日本帝国の主力空母の赤城、加賀、飛龍、蒼龍が全て沈み、大敗北するのが本来のあちらの世界の歴史でした。されど大勝利したことに、僕は許されないと知りつつも、寂しさとひとつかみの嬉しさがあるのです。こんな有様で、僕は人類を救う使命を果たせるのでしょうか……?

……医学部のD教授から、731部隊へ行く事を薦められました。学費や将来のためだそうです。僕は731部隊が極悪非道の人体実験の研究を行っていることを知っています。ナチス・ドイツに匹敵する悪事をやっていると知っていて、僕はそれでも行くつもりです。幾つか、この世界をこのまま変える術を思いついたのです。同時にそれが、人体実験無しでは絶対に実現できないと分かったからです。731部隊は僕が全滅させましょう。僕の計画が終わる頃に発動する、形なき時限爆弾によって。

……父さん、僕は大悪人にならねばなりません。この世界で一番のペテン師、詐欺師にならねばなりません。騙すのです。ナチス・ドイツをも騙すのです。ヒトラーをも神子をも騙すのです。この国のためです。この世界のためです。あの世界のためです。今ここにいる人類と、未来の人類のために、父さん、僕はやります。でも、もし――もし、万が一にでも僕の本性を見抜く人が現れたら、僕はきっと揺らいでしまうでしょう。どうか、そのような事がありませんように……。

ここに僕が書いたことを読まれた方がいましたら、何もかも終わった後に――僕が決して生きていないように、どうか僕を殺して下さい。その頃には僕は大犯罪者となっているはずです。慈悲の欠片も無く、ためらわずに、お願い致します。

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