第41話 手記 上

 「あのババアは老衰であっさりと死んだはずなのに、突如あのババアそっくりの口調で喋る男が出てきたのだ……そして己が神子であると言った……」若宮様は震えていた。

「神子は他人の体を乗っ取る術を心得ておりました。 ――本来ならば歴代の天皇陛下に取り憑きたかったのでしょうが、咄嗟に代宮家の当主が身代わりになって下さったと聞いております。 更に綾長季太郎が不老不死の研究をしていた事から、彼に関する人物に今度は取り憑きましたようで……それがあの男であったのです」東條英機が話し出す。「ヒトラーが不老不死になったとの情報はもうお持ちでしょう。 どうやら綾長季太郎がそれを実行せしめ、更にヒトラーのように不老不死の軍団が、間も無くこの大日本帝国の領土へ進軍を開始するとの火急の情報も入っております。 ナチス・ドイツは新兵器を多数用意、それが放たれた時が開戦の合図であるとも。 氷露宮殿下、ご多忙かとは思われますが、御前会議にご出席願えませぬでしょうか」

「……着替える。 5分だけ待ってくれ。 お冬!」とミハイルは立ち上がった。

「はい、旦那様」とお冬夫人も従った。


 「……綾長季太郎が、ナチス・ドイツに味方した……」

あの山口多聞が腑抜けのような顔をしていた。彼の中にあったのは、温厚な気質で青年らしい感傷持ちで、彼に厳めしい親愛を抱かせた思い出のあの姿だ。それが、今、現実に打ち砕かれようとしている。

「『リング・リンカーネイション・ロジック』とやらは良く分かりかねますが、綾長季太郎にしてみれば、人類が存続すればどちらが勝とうとどうでも良い――要するに圧倒的兵力でナチス・ドイツが大日本帝国を瞬く間に制圧してしまえば良いのだと考えられるであります」ミハイルは滅びたロマノフ帝国の軍服を着ていた。彼に威風堂々と似合っていた。「……その後は人類文明が続けば、大日本帝国の臣民がどうなろうと構わぬのでありましょう」

「相手の主力武器は何だ?」山本五十六提督が頭を抱えた。「そもそも、不老不死の兵士を相手にどうやって戦えと――!」

誰もが似たような有様であった。

ついに、独逸第三帝国から大日本帝国に最後通牒が叩きつけられたのである。内容は、全アメリカ合衆国の無条件譲渡及び全臨時米国統治軍の即時撤退。到底、大日本帝国が呑める条件では無かった。だが、呑まねば――。そして、血涙をこらえて呑んだとしても、それは時間稼ぎにすらならないのだ。

向こうとこちらの差は、たったの数ヶ月で、絶対的なのである。

「……ミハイル、その手に持っているのは何であるか?」

ここで一番の末席に座していた若宮様が気付いた。ミハイルが狼狽して、慌てて隠そうとしたが、

「もしやそれは、ここに来る途中で立ち寄った霊園の墓から引っ張り出していた……何であるか?」

「な、何でも無い!」

「ええい、手を開け!」

「ア!!」

ここで若宮様は怪訝に思った。ミハイルより奪い取ったのは、薄い手帳だったからである。

「何が書かれておるのだ……?」

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